伊織と円香がこれから先、二人一緒に生きていくと決めてから暫くして、伊織の怪我もだいぶ回復して日常生活を送るのに支障がなくなった事もあり、事務所で世話になっていた円香が自宅に帰る事になった。
「すみません、長い間お世話になりました」
「いや、寧ろ俺たちの方が世話になりっぱなしだったよ。家事もほとんど任せきりだったし、何より伊織の事では本当に助かったさ」
「円香ちゃんの料理美味しかったよ。またいつでも遊びに来てね」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃあ俺、円香を送ってくるんで」
「ああ、折角だ、きちんと挨拶して来いよ」
「そうそう、手土産も忘れずにね~」
「うるせぇな、ただ送ってくるだけだっつーの! 行くぞ、円香」
「は、はい。それでは、失礼します」
忠臣や雷斗に挨拶を済ませた円香は二人に見送られて事務所を後にする。
からかわれた伊織はそっぽを向いてしまい、不機嫌な彼に声を掛けていいか円香は迷ってしまうも、
「……なぁ、円香」
その呼び掛けで円香の不安は杞憂に終わる。
「え? な、何ですか?」
「……どうせ話すなら、早い方がいいか?」
「え? は、話すって?」
「決まってんだろ? 俺らの事をお前の親御さんに話すって話だよ」
「あ、そ、そうですよね。えっと、はい……その、早い方がいい……かも?」
「あー、けどそれならこんな格好じゃまずいよな。やっぱ挨拶ってなると、スーツ着るべきか?」
伊織の今日の服装は白地のTシャツの上に黒いシャツを羽織り、ジーンズ姿という極めてラフな服装で雪城家の両親に挨拶をするには少々似つかわしくない格好だった。
「そんな、格好なんて気にしません! お父様もお母様も伊織さんには感謝していますから大丈夫ですよ、格好なんて何でも!」
「いや、けどなぁ……」
江南家や榊原の件で円香が危険な目に遭った事を知った彼女の両親は助けた伊織に深く感謝をしていて、彼の印象はものすごく良いので円香からすれば格好なんてどうでもいいと思うのだけど、伊織本人からすれば、やはり気になるところで何とも煮え切らない様子だった。
「初めまして、伏見 伊織です」
「君が伏見くんかね。警察の方から話は聞いているよ」
「あらあら、なかなかの好青年じゃないの。円香、貴方隅に置けないわね」
「もう、お母様ったら……」
雪城家に着くと客間へ案内された伊織は円香が両親を引き連れて来るなり珍しく緊張した様子を見せている。
(なんて言うか、円香から話を聞いてた程厳しそうにも見えねぇし、堅物かと思えば母親の方は案外話しやすそうだな)
「まあ座りたまえ」
「あ、はい、失礼します」
伊織は思う、まさか自分にこんな日が来るなんてと。
依頼遂行の為にこういう場面に立ち会った事はあるものの、それはあくまでも依頼だから緊張なんてしなかった。けれど今は自分と円香の将来がかかっているので話は変わってくる。
「伏見くんも、一時は大変だったらしいね? もう怪我の方はいいのかね?」
「あ、はい。お陰様で」
「そうか、それなら良かった。しかし、命を懸けてうちの娘を守ってくれて、本当に感謝してもし切れないよ。どうお礼をすればいいものか……」
「いえ、そんな礼なんて……」
「謙虚なところも実に良いな、君は」
「そうですよ、伊織さんはすごく素敵な方なんです」
「円香は余程彼の事が好きなのね」
「はい!」
「お、おい……」
やはり大切な相手の両親を前にすると本調子にはなれないようで、伊織は終始戸惑い気味だった。
「――それで、円香から大切な話があると聞いていたんだが、何かな?」
暫くして、円香の父親が本題に入ってほしそうな雰囲気を出して話を切り出してきたので、伊織はいよいよだと心の中で気合いを入れる。
「……急な話で驚かれる事と思いますが、僕は円香さんとこれからの人生を共にしたいと思っています。どんな危険からも守り抜いて必ず大切に幸せにしますので、どうか円香さんとの結婚のお許しを頂けないでしょうか?」
何度か頭の中でシュミレーションをしていた言葉を繋げ合わせて、円香の両親に自分の気持ちを伝えた伊織。
その言葉に円香も、
「お父様、お母様、私は伊織さんの事が大好きです。この人となら、一生を添い遂げられると思っています。どうか、お願いします」
自分の気持ちを両親に伝え、伊織共に頭を下げた。
コメント
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きっと大丈夫👌