初対面から印象最悪でピッチの上で激しくぶつかり合い、顔を合わせるたびに言い争いをしていたカイザーと世一。
そんな二人だったが紆余曲折あり想いが通じ合い、晴れて恋人同士という間柄になっていた。
新英雄大戦もついに終幕を迎え、ゲストとして招かれていた海外勢もそれぞれ自国に帰る日取りが決定した。
カイザーとてもちろん例外ではなく、ドイツ勢が帰国する日になり無情にも二人に別れの時が訪れた。
***
「……じゃあな、世一」
「う゛ん…」
目と鼻を真っ赤にしてぐすぐすと泣く世一にカイザーは苦笑する。
これがあの魔王とまで言わしめミヒャエル・カイザーという存在を食いフットボーラーとしてのプライドを粉々にし、
全てを奪ったエゴイストと同一人物だとは思えなかった。
ピッチ上での傍若無人なエゴ全開さと、普段の生活での穏やかな様子とのギャップが凄すぎだよなホント。
まあ、そんなとこも好ましいと思えるほどにカイザーは世一に惚れ込んでしまっていた。
今カイザーの目の前にいるのは、恋人との別れを惜しむただの十六歳の高校生の潔世一だった。
「ふはっ、クッソ不細工な顔ねぇ世一くんは」
「う、うっせぇ…!クソが…ッ」
不細工なんて嘘だ。可愛くて仕方がなかった。だってあの世一が自分との別れを惜しんで泣いてくれるのだ。
カイザーの口元がゆるゆると緩んでいく。
正式オファーを受けた世一はカイザーと同じBMに所属することを選択し、十八歳を迎えたら世一もドイツへとやってくる。
しかし、想い合う恋人同士にとっては二年という時間は気が遠くなるほど長く感じるものだった。
その間に互いに成長した姿で再び対峙するという楽しみはあったが、
離れてしまう寂しさはそう簡単に拭いきれるものではなかった。
「……持ってきた荷物をボール以外は全部置いていって、
代わりにお前をトランクに詰めようかと思ったんだがな……クソマスターに阻止された」
「ふはっ、なんだよそれ」
あまりにも荒唐無稽で無茶苦茶なことを言い出したカイザーに、世一が泣きながらクスクスと笑い声を上げている。
世一は冗談だと思っているようだが実際のところガチで行動に移そうとしていて、
珍しく本気モードのノアに全力で止められたしなんなら絵心にも説教された。
人の恋路を邪魔すんなクソが。
「……浮気、すんじゃねぇぞ」
「お前こそな……このクソモテ皇帝」
「俺にはお前しか見えてねぇよ。クソエゴイスト」
「……ッ、」
ポッと頬を染めている目の前のあどけない顔をした人物は、
無自覚に周りを翻弄し己へと激重感情を向けさせる天才であった。
まさしく天性の魔性だ。危なかっしくてこちらの胃が痛くなりそうだ。
焦がれ欲してようやく手に入れたんだ。他にかっ攫われるとか冗談じゃねぇし、クソ許し難い。
けれど自分はこれから遠く離れた地へと旅立ってしまう。
さてどうしたものか……カイザーは優秀な頭脳で思考する。
「───世一、右手を出せ」
「…?うん……」
言われた通りに世一は素直に右手を出してくる。カイザーは自分よりも、
一回りは小さなその手を取りスルッと愛おしげに撫でる。
ゆっくりと唇を寄せていき、カイザーは世一の手の甲に恭しく口付けを贈った。
王子様のように端麗な容姿をしたカイザーのその行動は、
まるで映画のワンシーンのように美しく世一は思わず見惚れ目を奪われてしまっていた。
だが次の瞬間、カイザーは世一の薬指にガブリと思いっきり噛み付いた。
「……ッ!ぃ、い゛ってぇ!!」
あまりにも予測不可能なカイザーの行動と突然の痛みに、世一は悲鳴を上げ顔を顰めている。
「な、何すんのお前!?…うわ、ガッツリ歯型ついてんじゃん!!」
世一の右手の薬指にはクッキリと歯型がついてしまっていた。それを見たカイザーは美しく微笑み、
至極満足気な表情を浮かべている。
「ふはっ、」
「なぁ、マジでなんなの!?」
顔を真っ赤にしてまるで猫のように毛を逆立てながらぎゃんぎゃんと騒ぐ世一に、
カイザーの口元はますます緩んでいく。
スゥッと目を細め、目の前の最愛の恋人の姿をジッと見つめる。
その澄んだアイスブルーの瞳には愛おしさとともに、隠しきれない独占欲が見え隠れしていた。
「───次に再会するまでの予約だ……クソ世一ぃ♡」
「はぁ?意味わかんねぇんだけど!?」
どこか不服そうにぷくっと膨らませている世一のまろい頬に、チュッと音を立ててキスをする。
涙で潤んだサファイアの瞳で、うるうると上目遣いで見つめてくる世一をこのまま抱き寄せ押し倒したい衝動に駆られたが、
カイザーはグッと我慢し自分を律する。
ハァッ…マジでクソあざと可愛すぎんだろこの生き物……
「……じゃあな、俺の子ネズミちゃん♡」
艶やかな黒髪をぽんぽんと撫で、名残惜しさを感じながらもカイザーは空港に向かうバスとへ乗り込んだ。
後日。
氷織にクスクスと笑いながら、ドイツでは結婚指輪を右手の薬指にするのが一般的と教えて貰った世一は、驚きで目を見開き顔から火を噴きそうな勢いだった。
カイザーの言わんとしたことを時間差で理解した世一は、耳まで真っ赤に染めてキャパオーバーでへなへなとへたり込んでしまうのだった。
コメント
1件