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休む、という行為に罪悪感を覚えつつ、俺は会社に電話した。
電話に出たのは部長ではなく、下拂だった。
どうやら部長は会議中らしく、彼は「うまく言っておくから大丈夫」と言ってくれた。
そんな下拂にすら更なる罪悪感を覚えつつ、けれど休んだところで何をして良いかも解らなくて、深い深いため息が漏れた。
周囲は通勤通学のラッシュで人通りが激しく、なんとなく彼らに置いていかれているような錯覚に陥り、ずきりと胸が痛む。
「暗いなぁ」
ふと隣に目を向ければ、先ほどの少女がまだそこにいた。
「……君は、学校は?」
「私も休んじゃおうと思って」
「そんな軽々しく休むべきじゃないと思うけど」
「軽くはないですよ。心の休息のためです」
「君も、なんかあるの?」
「特に何も? 私は基本、元気です」
少女はにやりと笑む。
「なんだそりゃ。サボりじゃないか」
「だから、心の休息だって言ってるじゃないですかー」
「親御さんが怒るんじゃないか?」
「うちの両親は、そこのところ自由なので」
「どういうこと?」
「疲れたなら、いつでも休んで良いよって言われてるんで」
「ずいぶん寛容なご両親なんだな」
「それで心がダメになったら元も子もない、っていつも言ってます」
「羨ましいかぎりだよ。俺は休むって電話だけで心が折れそうだった」
「それ、すでに重症な気もしますけどね、心が」
「……そうかもな」
言って、俺はもう一度ため息を吐いた。
さて、しかし、本当にこれからどうしようか。
家に帰って寝直す――というのも性に合わない。
かといって、どこかに出かけるほどの元気もありはしない。
なにより、こんなことで仕事を休んでしまったことへの罪悪感がある。
どこかに遊びに行く、なんてこと、どうしても考えられなかった。
こんなことなら、この子に乗せられて休むなんて言わなきゃよかった。
「シュミとかないんです?」
「え? なんだって?」
「趣味ですよ、趣味。映画観るとか、ゲーセンに行くとか、何でもいいです」
「昔はよく行ってたけど、最近は仕事が忙しくて行ってない。そもそも趣味ってほどでもないし、何よりズル休みしてんのに行く気になれない」
「だから、言ってるじゃないですか。ズル休みじゃなくて、心の休息ですよ」
「どっちも同じだよ」
「え~? 全然違いますって」
「俺にはわからんよ」
どっちも同じだろう、勝手に休んでることにかわりはない。
皆に迷惑をかけてまで休むだなんて、今からでも撤回して仕事に――
「じゃぁ、私とデートしませんか?」
「……は?」
「いやほら、こんな可愛い子と突然のデート。お兄さんツイてますね!」
「なに言ってんだ、君は」
「あぁ、でも変な意味は一切ないんで。一応、彼氏がいるから」
「なおさらダメだろ」
「いいからいいから!」
さぁ、行きますよ! と少女は俺の腕を掴むと、無理やり引っ張る。
「お、おい、どこへ連れて行く気だ!」
そんな俺の質問に答えることなく、少女は逆に訊ねてくる。
「お兄さん、名前は?」
「聞いてどうする」
「いや、ずっとお兄さんって呼ぶのもどうかと思って。偽名でもいいですよ」
俺は渋々、彼女に答える。
「シブヤシンジ――渋谷真路だ」
「じゃぁ、渋谷さんで」
呼ばれてから、これが何かの詐欺じゃなかろうかと不安になってくる。
あり得る。こうやってどこかに連れ込まれて金をせびられるんじゃぁ……
「私はアカネです。ナユタアカネ」
「ナユタ?」
那由他? 那由多? アカネは茜だろうか、朱音だろうか。
どちらにしても変わった苗字だ、と俺は思った。
確か、数字の単位か何かだったと思うけれども。
「ほら、渋谷さん! ちゃんと歩いて!」
「あ、あぁ、わかった……」
手を離した少女の隣を、俺は素直に並んで歩く。
「……で、どこへ連れて行く気? 金なんてないからな?」
「あぁ、安心してください。たぶん、お金はいらないんで」
「どういうこと?」
「知り合いのお店に行くんで、ちょっとくらいサービスしてくれるでしょ」
「知り合いのお店って、いったい何の?」
するとアカネは再びにやりと笑んでから、
「――魔法のお店です」