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次の日、小夏は朝からなんとなく落ち着かなかった。昨日の奈子とのやり取りが頭に残っていて、「佐野くんが気になる」という自分の気持ちを意識しすぎてしまう。今まで通りに話せるのか、それともぎこちなくなってしまうのか——そんなことを考えながら、学校へ向かった。
教室に入ると、佐野くんはいつも通り席に座って本を読んでいた。昨日と変わらない風景のはずなのに、小夏の中では少し違って見えた。
「…おはよう。」
できるだけ自然に声をかけたつもりだったが、自分でもぎこちないと感じる。佐野くんは本から顔を上げ、いつも通りの落ち着いた声で返した。
「おはよう。…なんか、緊張してる?」
「えっ⁉」
図星すぎて、思わず大きな声が出てしまった。周りのクラスメートがちらっとこちらを見てくるのがわかる。
「べ、別に!全然普通やし!」
「そうか?」
じっと見つめられて、ますます心臓がバクバクしてくる。何これ、昨日までは普通に話せてたのに、意識し始めた途端にこんなに動揺するなんて…。
「あっ、そや!今日って放課後ヒマ?」
慌てて話題を変えようとして、思いつきで聞いてしまった。
「んー、特に予定はないけど。」
「じゃあ、ちょっと付き合ってほしいとこあるんやけど…。」
「どこ?」
「それは…行ってからのお楽しみ!」
自分でも何を言ってるんだろうと思いながらも、とりあえず誘うことに成功した。佐野くんは少し考えたあと、「まあ、いいけど」と軽く返してくれた。
放課後、小夏は佐野くんを連れて、駅前のカフェに向かった。実はここ、小夏が前から気になっていた場所で、でも一人で入る勇気がなかったお店だった。
「へぇ、こんなとこあったんやな。」
店内に入ると、落ち着いた雰囲気のカフェで、BGMにはピアノの音が流れていた。
「なんか、落ち着く場所やろ?」
「…ああ、悪くないな。」
二人で席に着き、それぞれドリンクを注文する。小夏はカフェラテ、佐野くんはブラックコーヒー。
「苦くないん?」
「慣れたら平気や。」
そう言ってコーヒーを一口飲む佐野くんの仕草が、なんとなく大人っぽく見えて、小夏はまたドキッとしてしまった。
「で、なんでここに来たかったん?」
「うち、ずっと気になってたんやけど、一人で入る勇気なくて…。誰かと来たいなって思ってたん。」
「ふーん。そんで、俺を誘ったん?」
「…なんか、気を使わんでいいかなって思って。」
素直にそう言うと、佐野くんは少し驚いたような顔をした後、ふっと笑った。
「俺とおると気を使わんでええんや。」
「えっ、なんか変?」
「いや、まあ…悪くない。」
その言葉に、小夏の心臓はまた跳ねた。佐野くんの「悪くない」って言葉、なんだか特別な意味に聞こえてしまう。
「…佐野くんって、前に言ってたやん。『気にしてる人には気を使う』って。」
「うん。」
「それって…どういう意味なん?」
思い切って聞いてみると、佐野くんは少しだけ目を伏せて、コーヒーを飲んだ。
「そのままの意味やけど。」
「そのままって…じゃあ、うちのこと気にしてるってこと?」
佐野くんはしばらく黙っていた。でも、やがてゆっくりと口を開いた。
「…お前、転校してきてから、ずっと頑張ってるの見てたからな。」
「えっ…?」
「慣れようとして、周りに合わせようとして、でも無理してるのも分かってた。だから、なんか放っとけへんかった。」
「……。」
思わず言葉を失った。佐野くんは、ずっと小夏のことを見てくれていたのだ。気にかけてくれていたのだ。
「お前が『小夏のままでいい』って言われて嬉しそうにしてたの、ちゃんと分かってたし。」
「そ、そんなこと…!」
恥ずかしくて顔を赤くしていると、佐野くんは少しだけ笑って続けた。
「だから、これからも無理せんでええよ。」
その言葉が、胸に優しく響く。佐野くんの気遣いは、ただの社交辞令じゃない。ちゃんと、小夏のことを見てくれているからこその言葉だった。
「…ありがと。」
小さく呟くと、佐野くんは「別に」と言って、またコーヒーを一口飲んだ。その横顔が、なんだか今までよりもずっと近くに感じられた。