注意!
・『日帝の苦難(第二話)』『親バカ日本の苦難(第六話)』を読んでから今回の話を読むことを推奨。
・今回はコミケにサークル参加したにゃぽんと日帝さんのお話。
途中から某USAも参戦いたします。
・日帝がコスプレするお話。
・にゃぽんついでに海も空も根っからのオタクです。
・にゃぽんは韓国と付き合っているわけではありません。
地雷さんはご自衛ください。
それでは本編Go。
コミックマーケット━━━…通称コミケ。
それは全世界のマンガ・アニメ等々、古今東西全てのオタクの憧れ。オタクの、オタクによる、オタクの為のイベントである。
夏と冬に行われるそれは毎回凄まじい人が集まるが、それは日本家も例外ではなく━━━…
「ねぇ、日帝。コミケ行こうか」
「…は?」
時刻は夜8時。
突然にゃぽんの部屋に呼び出されたかと思えば、真剣な表情をしたにゃぽんがそう言った。
にゃぽんは漫画を描いていた途中だったらしく回転式の椅子に座り、私はカーペットの敷かれたもこもこの床の上に正座していた。
「…すまん、もう一度言ってもらえるか」
「だから、日帝。一緒にコミケ行こうかって」
「はぁ…?」
いぶかし気ににゃぽんを睨むと、にゃぽんは神妙な面持ちで一冊の冊子を取り出した。
淡いピンク色の背景に、とあるアニメだか漫画だかのキャラクターが二人所狭しと並んでポーズを取っている冊子。
「日帝。これなんだと思う?」
「…漫画か?」
表紙を見るからに色々とアブナイ内容なのだと容易に予測がつくほど攻めた表紙。右下にはしっかりと18禁のマークがついている。
…嗚呼、BL…と呼ばれる類の漫画か。
「私、これを新刊としてコミケに出すんだけど…どうしても私一人じゃ売り子もレジも出来ないからさ。お手伝いの人が欲しくってね、日帝に頼めないかな?」
「いや、それは私でなくても…ほら、例えば韓国とかに頼めばいいだろう。仲良いだろう?」
にゃぽんの物言いに呆れつつそう言うと、にゃぽんはあからさまに顔を赤くしてバタバタと手を振りながら必死に首を振った。
「絶対ダメだよ!!かっ、韓国にこんな…こんな内容見せられないって!!」
「逆に私なら良いのか…」
深いため息が一つ。
にゃぽんは椅子から降りて床に座ると、深々と土下座まで始めてしまった。
「お願いっ、日帝!!海も空も自衛隊のお仕事入っちゃってて、お兄ちゃん…日本兄さんは毎日社畜極めてるからコミケの日くらい休んでほしいし…私が頼めるの、もう君だけなんだよ…!!」
「えぇ…」
本格的に呆れてきた。
…でも、すぐにそう思ったことを後悔した。
深々と土下座をするにゃぽんの背が、かすかに震えていたから。
私はフッと考えにふけった。
(…確かに、お遊びってレベルのものじゃないものな…にゃぽんの同人活動は)
昔、にゃぽんの描いた漫画を読ませてもらった覚えがある。
全年齢対象の健全な漫画だったのだが、その圧倒的な画力とストーリー性、読みやすい様に工夫が重ねられたコマ割りに感動したのが鮮明に記憶に残っている。
最高の漫画を描き上げるために徹夜したり、時には描けない悔しさから涙を流す姿もたびたび目にした。
それくらい、にゃぽんは漫画制作に全力なのだ。
(…だったら、それを応援するのが…私の役目じゃないか)
私としては、日本も、にゃぽんも。
海も空も、全員等しくやりたいことを全力で応援してやりたいのだ。
第二次世界大戦中、私は全員にたくさんたくさん迷惑をかけて…各々のやりたいことすら、満足にさせてやれなかったから。
私は大きく溜息を吐いた。
そして、にゃぽんの震えている頭にそっと手を乗せて、撫でた。
「…?」
にゃぽんは、ほんの少しだけ潤んだ目を私に向けた。
私は、意識して口角を上げる。
撫で続けたまま、私は言った。
「…そこまで言うなら…仕方ない。
コミケ、とやらに私も一緒に行こう」
「…本当?」
目の下に濃く黒い隈を作ったにゃぽんが首を傾げた。
私は頷いた。
「それが今お前の本当にやりたいことなら、私は応援する。やりたいことの為に私が必要なら、いくらでも協力する」
…そう、言った。
言ったは良い。
あの言葉は私の本心であり、にゃぽんの幸せが私の幸せなのだから。
…だが、だが………
「…なんでコスプレを…ッ!!」
「えー、何言ってんの日帝~。コミケなんかコスプレイベントも同然だよ、売り子は大抵コスプレしてるし!」
「私は日本男児だ!!なッ…なぜ、」
「なぜロリィタファッションなぞ…!!!!」
…そう。
あの日、にゃぽんの同人活動を応援するため売り子として動くことを決めた私だったのだが…
『日帝日帝!当日何の服で行くの?』
『当日…?嗚呼、軍服ででも行こうかと…』
とある日の夜。
にゃぽんにそう問われたので、それがどうしたと答えたらにゃぽんは目を見開いて大げさに驚いたのだ。
『ぐっ、軍服ぅ!?確かにミリタリーコスだけど…!!
流石にコミケじゃガチの軍服じゃダメでしょ!!海外の人も来るんだよ!?』
『え、せ、正装じゃダメなのか!?』
『あったりまえでしょ!!しかも日帝の軍服って大日本帝国時代のやつじゃん!!
ヘイト買いまくるに決まってるでしょぉ!?』
『た、確かに…?』
にゃぽんの勢いに押され、私はこくこくと頷いてしまった。
にゃぽんは深いため息をついた後、呆れたように視線をズラした。
『仕方ないなぁ…当日までに服、準備しとくよ。
流石に血迷ってガチ軍服はヤヴァイからね…』
『…助かる…』
…と、そういうわけだ。
「にゃぽん!!他の服はないのか!?」
「あるわけないでしょ!っていうか日帝その服めっちゃ似合ってるし大丈夫!絶対日帝ってバレないから!」
「だ、だからと言って…!!」
「ほら、もう始まるから!早くブース立って!…あ、声女の子っぽくするの忘れないでね!!あとほら、さっき女の子の仕草教えたでしょ!心に刻んで、絶対忘れないように!!」
「なんって無茶ぶりなんだ…!!!」
頭を抱えたものの、もう時はすでに遅し。
私の思惑など一切無視で、無慈悲に開幕のアラートが鳴り、そして女性の声でコミケ開始が告げられる。
「あぁぁぁ嫌だぁぁぁぁ…!!!」
「日本男児なんでしょ!腹くくりなさい!!」
「痛゛っだ!!」
バシン!!とかなり強めに背中を叩かれ、否が応でも背筋が伸びた。
(…仕方あるまい)
これがにゃぽんのやりたいことであるならば、それを応援するのが私の役目。
(一度やると決めたんだ…)
(全力でやってやる!!!)
私はぐっとこぶしを握り締めた。
そういったはいいものの。
「いっ、いらっしゃいませぇ…ぜ、ぜひサンプルだけでもお手に取って見てください…!」
女のふりをしながら物を売るという行為がどれだけ鬼畜かを私は現在進行形で思い知っていた。
隣ではにゃぽんが笑顔で会計や品出しなどを行っているが、おそらく…いや、絶対にコミケが楽しいからという理由だけの笑みではない。
(面白がられている…!!!!)
日本刀がここにあれば間違いなく今すぐ切腹していたところだろう。日本に銃刀法違反という法律があって良かったと心から思った。
それでもこの羞恥心を忘れるために心を殺す思いでひたすらに女声とコミケ開催前にしこたまにゃぽんに仕込まれたカワイイ仕草を繰り返し続ける。
その苦労の甲斐あってか、壁際にスペースを作りその後ろに段ボール箱を積んでいたものがどんどんと無くなっていった。
こういう光景を見ると、やはりにゃぽんの努力はきちんと評価されていると実感できてどことなく嬉しくなるのだ。
(…まぁ、にゃぽんが楽しいなら…私が女装する程度、どうということはないか…)
そう、思い始めていた時のことだった。
「Hey、にゃぽん!来たぜー!!」
「……!?」
一番聞きたくない声が耳に届いた。
(ま、まさか……)
ギギギ、と音がしそうなほど動かない首をなんとか動かし、にゃぽんの方を見た。
そこに居たのは……
「おー!!しっかり新刊じゃねぇか!結構楽しみにしてたんだよなー」
ラフな服装をした、米帝の姿だった。
「やっほーアメリカさん!今回も来てくれたんだね!!やっぱりアメリカさんでもBL好きなんだなぁ…!」
「いや、BL好きというよりかは…にゃぽんの描くMangaが好きなだけなんだよ!面白いし、日本の文化に触れられるし!!」
「…………」
私はそちらの方をしっかり2秒ほど凝視してから、再び自分のやるべき仕事に向き直った。
米帝が来たところで自分のやる仕事は変わらん。
なら気分に影響する米帝など視界に映さなければ何ら問題はない!!!!!
そう思って、再びぞろぞろとやってきていたお客さんに笑顔でサンプルを勧める。
「さ、サンプルだけでもどうぞ~!」
いつもの通りそう声を出す。
しかし、声を出してしまったのが米帝の目についてしまったらしい。
「おいにゃぽん、あんな子お前のサークルに居たか?」
「えぇ!?え、あ、う、うん!!居るよ!!」
「そうなのか…?俺数年お前のサークル通ってるけど見たことねぇぞ?」
「あ、え、えっとね、最近入った子なんだよ!」
「へぇ…そうなのか」
横でそんな会話がしっかりと耳に入ってくる。
おかげさまで今自分が何を言っているか全くわからない。
いわゆる、パニック状態だった。
だが幸いなことに私の所では客が殺到し、そして米帝の話もそこで途切れたのでそれ以上私の心がかき乱されることもなかった。
しばらくした後、お客の波が引いていった。
もう部数もかなり少なくなり、最早完売目前。
少しばかり空いてきたので水を飲もうとにゃぽんに断ってからスペースを出た時のことだった。
「なぁ、今良い?」
私に突然声をかけてくる輩が現れた。
その人物は━━━…
「今時間空いて暇なんだけどよ、一緒にちょっと歩かないか?」
まさかの米帝だった。
「あ、えっと、はい…大丈夫ですよ…!」
笑顔で答えたはいいものの、というやつだ。
ロリータファッションをしてBL誌の売り子をしているのが私だと、もし米帝にバレてしまっては……
『え゛ッ、お前そういう趣味あったの!?帝国軍人なのに…』
と米帝に呆れられるところから始まり。
『日帝さん、ロリィタファッションでBL誌売ってたらしいですよ』
『え、に、日帝が!?うわー…流石に引くアルな、こればっかりは西側諸国に同情するアルよ、イギリス…』
西側も東側もこればっかりは一致した意見を持ち。
『な、ナイチ…女の子の格好してたってほんと…?』
パラオに不審者のような目で見られることは確実。
つまり━━━…
(こいつに正体がバレたら私の社会的面子がオワる!!)
私はそこで深呼吸をした。
こうなればもう本気で腹をくくるしかない。
(仕方あるまい━━━…)
(こいつ相手に最後まで乗り切ってやる!!)
米帝の満足いくまで話に付き合ってやれば、この後絡まれることはもう無いだろう。
ここを乗り切ればあとは安泰。自分の仕事に思う存分打ち込める。そう思えばこの程度どうということはない。
そう決意したところを待っていたように米帝は話を振ってきた。
「今何してたの?休憩中?」
「あ、はい…飲み物でも買おうかなって思って…」
「そうなのか?じゃあ俺にゃぽんにも世話になってるし奢るぜ」
「そ、それは駄目ですよ!自分で買いますって!」
「良いんだってば。これからもお世話になるんだし」
そういいつつ、米帝は自販機━━━…ではなく、向かい側にあったス〇バへと歩いて行った。
流石にこれは引き止めねばヤバい、と確信して服の裾を思いきりつかんだ。
「ちょっ、な、なんでそっち行くんですか!?自販機こっちですよ!?」
「だって朝からずっと立ちっぱなしなんだろ?最近新フレーバー出たしちょうどいいから俺も飲みたくてさー」
そういいながらも米帝はス〇バの中へと入ってしまった。
仕方がないので一緒に入ると、一瞬だけ店内の数人の視線がこちらへと向いた。
当たり前だ。ロリィタなのだから。
だが幸いだったのがここはコミケ会場で、ほかにもコスプレイヤーなどが居た事。
(あんまり目立たなくてよかった……)
ふぅと気づかれないようにため息をつき、注文へと進んでいる米帝の斜め後ろに立つ。
丁度米帝が振り返った。
「なぁ、おんなじ限定のやつでいい?サイズはトール?ベンティー?」
「あ、大丈夫です…えっと、トールでお願いします」
「わかった!
すいません、ロイヤルアールグレイブーケフラペチーノのトール2つで。追加は何もなしで大丈夫です」
すらすらと一切噛まずに注文するあたりが流石ス〇バの本場の国の人らしかった。
「席丁度空いてるし、あそこ座ろうか。時間大丈夫か?」
「あ、えっと…ちょっと待ってくださいね」
スマホを取り出すと、丁度液晶が点灯した。
見るとにゃぽんからの連絡。
『丁度完売したから今日の分はもうおしまいだよ~!!
今日手伝ってくれてありがとうね♪
一旦今日の分はサークル閉めて他のところ見てくるから、そっちも好きなように見た後帰るってなったら連絡頂戴~!』
きゃぴきゃぴとした文章で、今にゃぽんがどれだけ舞い上がっているかがよくわかる。
(もう完売したのか…)
壁際に寄せられていた大量の同人誌の段ボール箱。つまりあれが全部無くなったわけか。
にゃぽんの人気、恐るべしである。
「…大丈夫?」
「あ、す、すいません、大丈夫です!!にゃぽんちゃんのやつ、丁度完売したみたいで…いつでも帰っておいでって」
「そうか。なら大丈夫そうだな」
にかっと米帝は笑った。
思わず目をそらした。
「え、っと…ス〇バ、ありがとうございます、本当に」
「良いって良いって。流石、礼儀を忘れないところが日本人らしいな」
「いえ、当たり前のことですし…」
昔は殺しあった仲だとしても、今は自衛隊関連でかなりお世話になっている相手だ。流石に昔の事ばかりで無下には出来ないのが現状。というか、あれだけコテンパンにやられたのだから負け際も潔くいかなくては道義に合わないというのが事実だ。
「今日な、俺にゃぽんの新刊欲しくてアメリカから一昨日くらいに訪日したんだ」
「へぇ、アメリカから…随分遠いし、時差もあるのにすごいですね」
「にゃぽんの新刊買えるのなんて年に数回だけだしな」
米帝は話すのが楽しいらしい。現にすごく笑顔でわくわくとして話している。
これは私も、色々と興味深いことを聞けるかもしれない。
なんとなくそんな期待が過ったので、折角だしこの話をもっと掘り下げてみることにした。
「…でも、にゃぽんちゃんとは知り合いなのでしょう?言えば郵便とかで送ってもらえるんじゃないんですか?」
「嗚呼、そうなんだよ。初めはにゃぽんもそう言ってくれてた。でも、色々考えた末にやっぱり訪日して現地で見たいって思ったんだ」
「…それは、どうして?」
首を傾げると、アメリカは少し照れくさそうに頭をかいた。
「…俺さ、にゃぽんの描く物語が全部好きなんだよ。
いっつも毎回めちゃくちゃに悩んで、悩んで、時には上手く描けないことで思い詰めて泣いて。
そんな風に全力で描き切って、こういうコミケとかで売るときのあいつがすっげぇきらっきらして輝いててさ。
それを見たいから…ってのも、多分…俺が来日する理由にあるんだと思うな」
一切別の感情も持たず、私はただ純粋に驚いた。
別に米帝がそこまで考えているとは思っていなかったとか、そういう驚きではない。
私と同じことを考えていたという事に、純粋に驚いたのだ。
「…って、ごめん、興味なかったよな…」
無言で見つめていたのが悪かったようで、米帝は面白くなかったと勘違いしてしまったらしい。
私は慌てて首を振った。
「いえ、とても興味深かったですよ。
…その、私もにゃぽんちゃんの作ってるところ見てきたので…おんなじ考えの人に出会えたのが初めてで、すごく驚いただけです」
自然と笑顔が浮かんだ。
立場は一時期全く逆だったのに、こうして意見が合致するところがあるのが嬉しかったからだろうか。
言い終えるとアメリカは一瞬驚いたような表情を浮かべてから、照れたように笑った。
昔から随分ころころと表情の変わるやつだった。
「そ、そうか…?そういわれると、俺も嬉しい…」
そう言って、互いに笑う。
この時間はこういう場でなければ決して生まれなかっただろうし、そう思えば今回のこの服装も悪いものではなかったかもしれない。
しばらくして、アメリカが飲み物を受け取って渡してくれた。
一口ストローで口に含むと、アールグレイの豊かな香りが鼻を突く。
(…アールグレイ、美味しい)
ス〇バなんて久しぶりに飲んだけれど、美味しさは変わらない。
やっぱり帝国軍人でも、甘くて冷たい嗜好を満たしてくれる飲み物が好きなのだ。
思えば戦時中も氷砂糖を配給でもらったときは大変に気分が上がって、数日にわけてじっくりとおやつに味わっていたような覚えがある。
ふと昔のことに思いをはせていると、米帝が首を傾げた。
「美味いか?」
「えぇ、とても美味しいです」
「なら良かった…」
それからも短い会話をぽつぽつと交わし、段々と陽が西へと落ちていく。
段々と店も混んできたし、私たちも帰りの荷物を纏めなければならない。
どちらかからはわからなかったけれど、そろそろ帰ろうという空気が米帝との間に流れた。
「…そろそろ、帰りますか?」
「ん、そうだな…それ、急いで飲まなくていいから帰り際にでも飲んでくれな」
「はい、わかりました…ありがとうございます」
アメリカが立ち上がったのと同時に私も立ち上がり、店を出た。
眩しい夕日が目を差し、一瞬だけ視界が眩む。
米帝の方を向くと丁度目が合った。米帝はにこりと微笑んだ。
「今日ありがとうな、楽しかった」
「いえ、こちらこそとても楽しかったです。飲み物もありがとうございました」
「良いって良いって、また今度奢るわ」
「え!?つ、次は私が奢りますから!!」
流石に二度連続奢ってもらうなど出来やしない。
思わずそう思って叫んでしまったは、良いが…
(…でも、)
(もう、私はこの格好で米帝に会うことはないだろうし…)
米帝は恐らく、『ロリィタファッションをしたにゃぽんのサークル仲間』という目で私を見ているはずだ。
なら、『本来の私』にはきっと飲み物は奢らないだろうし、きっとここまで長く話したりもしない。
(…これで、もう米帝と沢山話すことも無くなるな)
ふと、心が痛んだ。
けれど、きちんとお別れはしなくては。
「…では、これで私は…」
「ん、本当にありがとうな。じゃあ、またな━━━…」
「…は?」
思わず米帝のことを凝視した。
米帝の表情はどこからどう見ても普通で、私をからかっているわけではないとわかる。
けれど、なぜ『日帝』などと言ったのか。
…もしや。
「…お前、な、なんで日帝って…」
「エ?お前日帝だろ?」
「な、なんでバレた!?」
もう声を偽る余力もない。
米帝はあっけらかんと言い放った。
「いくら恰好が変わろうと、お前とはもう200年くらいの付き合いだぞ。
見間違えるわけがないだろ」
「い…いつから気づいてた…?」
「んー…サークルでにゃぽんに『あそこのロリータ誰?』って聞いたんだけど…聞いてすぐに『あ、日帝だ』って気づいたんだよな。恰好がいつもと違ったから少し認識はしづらかったけど、動きとか仕草とか、細かいところが日帝そのままだった。ていうか顔でバレないとでも思ったのか?」
「うわぁぁぁぁぁ……」
私は思わずしゃがみこんで頭を抱えた。
「お、おい、大丈夫か…?」
「全く大丈夫じゃない…この格好バレないようにしようって思ってたのに……」
「あー…だから声高くして敬語だったのか。バレバレだぞ、ああいうの」
「なら最初っから言えよ……」
目を合わせずに言うと、米帝は軽く笑った。
「あのさぁ日帝、俺が見ず知らずのやつにス〇バなんか奢ると思うか?」
「…え?」
顔を上げた。
米帝は無垢な笑みを浮かべていた。
「お前も知っているだろうが、俺は結構用心深くて簡単には他人に自分の事を明かさない。
俺は相手がお前だったからス〇バを奢ったし、色々と自分の心情を語ったんだよ」
「ぁ……」
ぱちぱちと瞬きをして、米帝の顔を見つめる。
その表情は楽しげで━━━…けれど、どこか寂しそうで。
サングラスの奥に見える瞳は様々な感情を孕んで揺れていた。
「…だからさ、俺今日すっげぇ楽しかったぜ。
コミケ来てにゃぽんの新刊買って、日帝とも話せて。
今まで来たコミケの、どの年よりもずっと楽しかった!」
夕日を背に、米帝は両手を広げて笑った。
心より楽しんだという表情を満面にたたえて、普段誰にも見せないような感情を全身で表していた。
「…ま、次日帝が参加するのかは知らないけどさ。
また会えたら、いろんなこと話せたら良いな」
その発言は多分、他の人から見ればアメリカがただそうなれば良いなと話しているだけに聞こえるのだと思う。
けれど、一度殺しあった私だからこそわかった。
米帝は、そんな軽い気持ちで願い事など言わない。
本当はずっとこの時間が続いてほしいと心の底では思っていることなんて、すぐにわかってしまった。
そう感じてしまったのが最後だった。
「ッ、アメリカ!!」
「…!?ど、どうした日帝!?」
私は考える間もなく米帝の腕を握っていた。
「ッ、私、絶対、絶対次もにゃぽんのサークルの手伝いで参加するから…だから、」
「絶対次も来いよ!!」
そう叫ぶと、米帝は━━━…
「………っ、はは……」
「当たり前だろ、馬鹿…」
米帝は、ただ笑っていた。
そのあと私達は写真を一枚撮って別れた。
米帝はもう目的のものは買えたからと言ってアメリカ本土へ帰るそうで、次回会えるのはG7会議の時になりそうだ。
更衣室でロリィタから着物へと着替えているとき、ふと今日のことを思い出した。
確かに、売り子をしている間は死にそうになるほど忙しくて、すごく大変だったが…
(…楽しかったな)
また次回も参加していいかもな、なんて思ってしまった。
…女装はもう勘弁だが。
その日の夜、アメリカ宅。
アメリカは今日撮った写真を印刷してから、一冊の分厚いファイルを取り出した。
題名は、『Memories』。思い出、という安直なネーミング。いわゆるアルバムだ。
アメリカは愛おしそうに箔押しされたその文字を撫でてから、ゆっくりと中を開いた。
「…懐かしいな」
一番初めのページ。
そこにはカナダとアメリカ、そしてイギリスの姿が映されたとても古い絵があった。
これはまだアメリカとカナダがイギリスの息子として家に住んでいたころの絵。自分もカナダも、とても小さな幼子の姿で生き生きと描かれている。そういえば、まだ当時は写真の技術はなかったから、何か風景を残したかったら絵を描くしかなかったんだったか。
その次には、青空を背に星条旗を掲げ、太陽のような笑顔でアメリカが映る写真。
これは、イギリスからの独立戦争時の写真。
勝利を勝ち取り、たった1人の弟を置いて家を出たあの日。
『…アメリカ…
…いつの間に、そんなに強く…』
雨に打たれ、傷だらけの顔で困ったように微笑むイギリスの表情はあの時から忘れたことはない。
「……」
さらに次をめくると、今度は江戸と撮ったモノクロ写真。ここからようやく、写真が貼られだした。
あっちは固い笑みを浮かべながらも、土地神である大阪と手をつないで必死に笑っていた。
昔の日本家はみんな『写真なんか撮られたら魂を抜かれる!!』と言って怖がっていたのも懐かしい。
その間はいくつか日本家の写真を挟みつつも、世界情勢を映した写真が大量だった。
「…、ぁ…」
写真を眺めていると、ふと目に入る白黒の写真。
「…日帝たちか…」
まだ、あの世界中を巻き込んだ…第二次世界大戦よりも被害を出したとされる、第一次世界大戦の前の写真。
現役時代、笑顔なんかほとんど浮かべなかった日帝がこの写真ではびっくりするほど自然に笑っている。
その両隣には、陸にくっつくようにして笑う海と空の姿。
大日本帝国というのは不思議な国で、1つの国に1人しか生まれない筈の国の化身が大日本帝国ではなぜか3人も生まれた。
1人分の力を、3人で分け合って存在している。
だからだろうか。
あの3人の間には、絶対に誰も入れないと本能的に思わせられるのは。
「………」
これ以上今日は見ていられなくて、さらにアルバムをめくった。
現れたのは、もうカラー写真ばかり。第二次世界大戦、太平洋戦争の写真は量があまりにも膨大すぎるために別のファイルにまとめてあるので、第一次世界大戦の写真が終わればこのアルバムの記録は一気に40年以上進む。
今アメリカの視線の先にあるのは、にゃぽんと初めて出会った日に撮った写真。セーラーを着て、眩しいほどの笑顔で笑っている。こっちは、イギリスから独立したカナダと一緒に撮った写真。なんだったら一緒に記念切手だとかも貼ってある。
しばらくパラパラとめくると、白紙のページにたどり着く。ここにたどり着くまでに30分以上かかっただなんて誰にも言えない。
アメリカはすぐそばに置いてあった印刷したばかりの今日のコミケの写真を取り出し、テープのりで白紙の個所に写真を貼り付けた。
そのすぐ下に今日の日付をサインペンでさらりと書き、改めて写真をじっくり見る。
これは、新幹線から撮った写真。途中で買った駅弁が死ぬほど美味しかった。
これは、東京ビッグサイトの建物の全体像。
こっちはサークルで販売や品出しをしている途中に撮らせてもらったにゃぽんとの写真。
…最後に、日帝と撮った写真。
「………」
ぎゅ、と心臓が痛むような気がした。
なぜ、自分がこんな風に思い出を細かく形に残していくのか。
(…失うときが、怖いから)
いつかは必ず来る、世界の終わる日。
その日に自分の思い出がもし、すべてなかったら?
そう考えると、ただただ恐怖でしかないのだ。
だから、アメリカはずっとこうして何百年にもわたって記憶を残し続ける。
いつか来る、世界の破滅の時まで。
(…まぁ、考えても仕方ないか)
一時そこで思考を中断した。
そして、再び今日のことを思い返す。
本が売れた時のにゃぽんの笑顔。
買って行った人の、満足そうな顔。
そして、恥ずかしそうにしながらも必死に自分のやるべきことをこなしていた日帝の姿。
それら全部、眩しいものだった。
「…また夏も行かないとな」
声に出してそう呟くと、無意識に頬が緩んだ。
所変わって、日本家。
「いやー、ほんとありがとう日帝!
おかげで完売だよ~!」
「私のおかげというわけでもないだろうけど…それよりも、あの漫画一体何部刷ったんだ。壁際サークルで、大量に段ボール箱積んでいただろう」
「えぇっとねぇ…たしか3000部だったはずだけど…」
「3000部も売れたのか…」
きょとんとしながら首をかしげるにゃぽんに、私は呆れたため息が出た。
まぁ、コミケ前のあの追い込みまくったにゃぽんの労力を思えばこれくらい売れなければ釣り合わないというのも確かだろう。現にこだわりまくったあの同人誌は素人の私から見ても大変に完成度が高いものであったし。
戸棚から適当に見繕った菓子をにゃぽんの前へと出すと、彼は嬉しそうに笑った。
「…でさ、日帝。
君が良ければ、なんだけど…また次回も参加してくれたり、しないかな…?」
「……!」
「いや、あのね!?その、購入した人たちから、『あの売り子の子誰!?』『めっちゃ可愛かった!!』『次回も来るの!?』って連絡がいっぱいあって…それに、私もあの場で1人は慣れてるとはいえ…流石に怖いからさ。
今日、家族みたいな存在である日帝がコミケの時そばにいてくれたからすごく心強くて」
…駄目かな?と、にゃぽんが首を傾げた。
私は腕を組み、しばし考えた。
でも、私はにゃぽんや日本のやりたいことは、全力で応援したいと決めている。
それに…
『ッ、私、絶対、絶対次もにゃぽんのサークルの手伝いで参加するから…だから、絶対次も来いよ!!』
アメリカと、また次も会うと約束したから。
私はぎゅぅと自分の腕を握り締めながら、声を振り絞った。
「………女装は、勘弁だが……また次回、参加しても構わん」
「本当ッ!?」
「い、勢いがすごいな…」
答えた途端に机の上に身を乗り出し、目を輝かせるにゃぽんが少し怖かった。
しかし、しぶしぶながら頷くと満足したように笑顔を浮かべた。
「やったー!!
ありがとう日帝、また次回も楽しみにしてる!!!次回はもっと頑張るね!!!」
「あ、嗚呼…体調は崩さないようにな……」
「そうと決まれば早速次回に向けて新刊の案練らなきゃ!ありがとうね日帝!!」
「うぉぉ……」
一気にやる気が上がったのか、にゃぽんはお菓子をしっかり味わって食べた後部屋へと猛スピードで戻っていった。おそらく、すぐにでも次の新刊を書き上げるつもりなのだろう。
「…やると決めたことにまっすぐだな」
にゃぽんの部屋の扉を眺めながら、ぽつりとそう呟いた。
「やっぱり陸兄、妹思いだね~!」
明るい声と共にどんっと体に衝撃。
いつからか居たらしい空が抱き着いてきていた。
「そ、空…いつから…」
「え?隣の仏間でずっと居たけど?」
「ならもっとわかりやすいところへ居ろ!驚くだろうが!」
「だって陸兄、にゃぽんと会話してたんだもーん」
ひょうひょうとしたように言う空の感情を、昔から私はうまく掴めない。
空はひとしきり可笑しそうに笑った後、フッと微笑みを零した。
「…でも、良かったねぇ陸兄」
「何がだ…」
「自分の気持ちを、自分の言葉で伝えられるようになって」
声が出なかった。
空は椅子に座り、にこにこと話した。
「昔はさ、僕らの事第一で全ッ然自分のやりたいこととか言わなかったじゃん。
でも、今は女装コスしてから『嫌だ』とか『自分はもっとこうしたい』って伝えてくれるようになってさ。
陸兄としては心情を話すきっかけが女装だっていうのは不服かもしれないけど、僕たちからしたらありがたいんだよね。陸兄が、ようやく自分の気持ちを話してくれるようになったから」
空がそう言った時、彼の表情はどこか切ないように見えた。
それほどまでに、自身の身を案じてくれていたのかもしれない。
そう思うと、やはり後ろめたさや申し訳なさといった感情が心を締め付ける。
何も言えないまま黙っていると、空はにかっと笑った。
「だからさ、良ければこれからもコス続けてほしい!
ようやく陸兄が、自分の意見をちゃぁんと言えるようになったんだし!」
「空………」
空はあくまでも、自分の意見が言えないままだった私のことを考えて『続けてほしい』と言っているらしい。
その心遣いに、胸を打たれた。
「……ありがとう、空。…お前たちのやりたいことを全力で応援するのが私の役目だから、…嬉しい」
「そっか!陸兄が喜んでくれるなら良かった!」
お礼にわしわしと空の頭を撫でてやった。空はフライト帽がずれて少しばかり不服そうでもあったが。
ひとしきり会話し終わり、お茶を淹れて座った時。
空があっ、と不意に声を上げた。
「そうだ、陸兄。今日僕とってもいい写真持ってるんだよね」
「…良い写真?…まさか……」
「それがこれー!」
そういって、取り出したのは…
今日私が働いているところの写真だった。
勿論ばっちりロリィタ服。
「なんで空がその写真!!!!!」
「え~?にゃぽんからもらったけど?」
「あんの馬鹿!!勝手に流すな!!」
思わず拳を机にたたきつけそうになった。
だが昔、戦争中に苛立ちのあまりトタンの壁を殴ったところすごい音がして思いっきり壁がへこんでしまったので、殴りたい衝動は流石に抑えた。
そうしている間にも、空はニマニマしながらその写真をひらりと揺らした。
「いや~、陸兄可愛いねぇ。ロリィタ服着て売り子してるのすっごい可愛い」
「……………」
その心情は形となり、私は思いっきり叫んだ。
Fin.
…ようやく、完結した…このコスプレシリーズ……
実は以前に『コミケ回欲しい!』とのコメントを頂いたので数か月ぶりに着手してみたものの…
うん、難しい!!!
コミケ自体行ったことがないので色々試行錯誤しながら書きました…いつか行ってみたい…
ともあれなんとか完成いたしましたのでこれにてコスプレシリーズは完結です。
今進んでいるのは…あれですかね、監禁日帝のBadEndバージョンと『記憶は〇〇の奥深く(彼方)まで』のシリーズですかね。監禁日帝に関しては一体何か月寝かせるんだって感じですが実は一文字もかけてません。半年放置です。誰か私を殺してください()
受験終わったらとりあえず一気にまとめて全部更新します。
転生日帝も短編集もその他もろもろも。
あと、1月30日はナチのお誕生日だったらしいですね。一切小説書けてなくて申し訳ない…
けれども次、2月11日は建国記念日なので祖国のお誕生日小説は書こうと思ってます。
実はその日私立受験の面接の日なんですけどね。ははは(((
というわけで長々とお話しさせていただきましたがこれにて締めたいと思います。長いこと書かなかったので文章力が阿呆みたいに落ちてて申し訳ありませんでした。
ではまた次回、お会いできる機会を楽しみにしております。
2025.02.02(Sun)
天原彗
コメント
14件
ロリィタ日帝見たい
片っ端から日帝に似合いそうなロリータ探してくるわε≡(*ノ`>ω<´)ノ
最高でしたありがとうございましたぁぁぁ ~ !!!! 日帝さんのロリィタ見たすぎる…!!絶対可愛い…!! 🇺🇸さんやっぱ声が変わっても服が変わっても気づくのね…。流石の仲よ…てぇてぇ…。