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「斬り戻せ――『陰光カゲミツ』」
俺が見たのは世界の主が横一文字に刀を振った姿だった。
とはいえ、いまや立っているのがやっとの身体だ。
刀を振るのが精一杯だと言っても過言じゃない。
そんな状態で、雷公童子とも、俺とも、当然、化野晴永とも距離があるような位置で、刀を振った。その場所で振ったって届くはずがない。届かないから、刀を振ることに意味など無いのだ。
だから自棄やけになったのかと一瞬思った。
だが、そんな考えをすぐに否定する。
ここまで戦ってきて、世界の主が急に自暴自棄になり何もないところに刀を振るような人間には、とてもじゃないが見えなかった。
だとすれば、何の意味が――?
そうやって不可思議な行動の意味を考えていると、ごう、と風が渦巻いた。いや、違う。これは渦巻いたんじゃない。
逆・巻・い・て・い・る・んだ。
俺が黒煙を散らすために使った風の魔法が、戻ってきているのだ。
戻ってきたのは風だけではない。黒煙も、爆炎も、合わせて戻ってきている。まるで、ビデオの逆再生でも見させられているかのように、時・間・が・巻・き・戻・っ・て・い・く・。
そんな摩訶不思議な光景の中、鍛冶師の言った言葉が思い返された。
あれは俺たちが初めて妖刀鍛冶師のところに行った時、鍛冶師が父親に語った妖刀――その中に、確かあった。いま、世界の主が使っているものと全く同じ名前のものが。
曰く、源氏が平家を追う時――追っていた源氏が時を斬り、巻き戻したのだと。
時間の逆行。
もし、それが本当なのだとして。
どうして俺は時間の逆再生に巻き込まれていないんだ?
なんで俺だけが普通に世界を見ているんだ。
正解の分からない疑問が頭の中を駆け抜けた瞬間、声が聞こえた。
「かつて、刻公童子きみどうじという鬼がいてな」
ああ、そうか。
逆行を見ているのは俺だけじゃない
世界の主も、そうなのだ。
「こいつは俺オレがそいつを祓った時に打たせた妖刀。一度斬れば、戻・し・た・い・も・の・だ・け・の時間を戻すことができる」
爆炎が『形代カタシロ』へと遡さかのぼる。
遡さかのぼって化野あだしの晴永はるながの元へと戻っていく。
接近戦をしかけていた雷公童子の身体が後ろに下がっていく。
当然、世界の主の身体も治っていく。
「先の水を纏わせた爆撃の一撃、大変良かった。目も冴える魔法だった。あの術、名をなんという」
「さっき使ったばっかりだから名前は無い、けど……」
「む? それはいかんな。名前は呪まじないぞ。術には名を付けねばならぬ。聞くだけで“魔”どもが震え上がるような恐ろしい名前がいるのだ」
そう言いながらやけに上機嫌になっている世界の主は、大きく身体を伸ばした。
「ああ、すこぶる身体の調子が良い。こんなに身体が動くのは天保てんぽうの餓鬼ガキを祓った時以来かもしれん。いや、これはこれは……楽しいな」
そうして完全に傷を癒やした世界の主が、俺の前に立つ。
先ほどと違い眼の前にいるだけでビリビリと皮膚が震えるほどの濃・い・魔力が放たれる。
こんなに濃い魔力を出されたなら『妖精魔法』は使えない。
1つの手札を封じた世界の主は、再び妖刀――陰光カゲミツを振るった。
その瞬間、時間の逆行が止まる。流れが元に戻る。
雷公童子は距離が離れたままで、化野晴永あだしのはるながは森の中に潜んで隠れたまま。ただ、その代わり俺が投げ捨てた1つ目のモンスターがすぐ側にいた。
世界の主は、彼をちらりと見てから遥か後ろにいる雷公童子に向かって手を伸ばした。
『ほう?』
「男と男の一騎撃ちよ、邪魔をするな」
『ふむ。そうであるなら、仕方あるまい』
その瞬間、雷公童子は両腕をがっしりと組んでその場で静止。
おいッ! 説得されるな!!
という俺の苦情が届くよりも先に、世界の主が口を開いた。
「坊主相手とはいえ、名も名乗らずに失礼したな。我こそは甲種の法師。乙津紀光おづののりみつという」
堂々と、これまで何度もそうしてきたと思われる態度で世界の主――いや乙津紀光おづののりみつはそう叫んだ。
「名乗れ。こちらが名乗ったのであれば、お前が稚児であろうと名乗るのだ」
「……イツキ。如月イツキ」
「良い名前だ」
そういうと、彼はまっすぐ俺を見ながら『導糸シルベイト』を垂らした。
「うだうだとした魔法の撃ち合いも、こまごまとした殴り合いも、どれも甲種の戦いにふさわしくない。俺オレたちの戦いといえば、やはり避けぬ魔法の撃ち合いこそよ。坊主もそう思うだろう? ン?」
そう言った瞬間、ふ、と空が暗くなった。
ぱっと視線を持ち上げると、そこには空を埋め尽くすほど巨大な岩塊が落ちてきていて、
「……ッ!」
『隕星ながれぼし』を純粋に拡大すれば、そうなるだろうか。
空に広がる光景に一瞬息を飲んで、それを打ち砕くべく俺は『導糸シルベイト』を編んだ。
編むと同時に、声が放たれた。
「では、防ぐ前にこうして魔法を封じてやればどうだ?」
紀光のりみつが笑いながら、俺にそっと手を向ける。
そこから生みだされるのは、鉄砲水。
「わぷ!」
まるで洪水のように溢れた水が俺の身体を一瞬で飲み込んで、無理やり押し流していく。
やっていることは単純な魔法。なのだが、魔力にものを言わせて無茶苦茶なことをやっている!
俺はとっさに地面に向かって『導糸シルベイト』を撃ち込むと流れていく自分の身体を固定。糸を使ってその場にとどまると、俺は『導糸シルベイト』を水の中に隠して後・ろ・に・伸・ば・し・た・。
「良いぞ。次は、何を魅せてくれる?」
首を横に振る。空は暗く染まる。
溢れかえった水は森にあったあらゆるものを押し流していく。
その魔法が生み出す天災の中で、俺は紀光のりみつを見た。
「……ううん」
下手な魔法は使えない。
時間を巻き戻して傷を治してくるのであれば、治せないくらいの一撃を叩き込む必要がある。だが、中途半端な魔法では一撃で葬ほうむり去るほどの威力なんて出ないし『朧月おぼろづき』は撃つ前に見抜かれる。
だとすれば。
そうだとするのなら。
――威力と不可視を両立する魔法がいる。
「もう終わりだよ」
俺はそれだけ告げて、魔・法・を・使・っ・た・。
『朧月おぼろづき』をはじめとする『複合属性変化:夜』は、消費魔力にさえ目をつむれば強い魔法だ。いや、その効果範囲を考えると強すぎると過言ではない。何しろ巻き込んだ相手の魔法を封じ、粉微塵にしてしまうのだから。
だが、そんな使い勝手の良い魔法にも当然ながら欠陥が存在する。
それは自・分・も・巻・き・込・ま・れ・る・ということだ。だから、距離を取らなければ使えない。なのに『導糸シルベイト』を相手に巻き付けなければ発動しないため、俺のように『真眼しんがん』を持っている相手だと『導糸シルベイト』が避けられてしまう。
では、どうすれば良いか。
見えているのが弱点なのだとすれば、相手が見抜いてくるのが弱点なのだとすれば。
相手がこちらの『導糸シルベイト』を見・る・のであれば。
それに対応すれば良いのだ。
見えないほど小さく。見えないほど速く。
自分が巻き込まれないくらいに小さく生み出した極小の月を直線で加速させて撃てば良い。
「穿つらぬけ――『月喰つきはみ』」
――キュドッッツツツツ!!!!!!
空気を切り裂く音が、俺のすぐ耳の横から聞こえた。
次の瞬間、紀光のりみつの生み出した鉄砲水を貫いて、ぽっかりと丸い穴が空く。
そこだけ綺麗にコンパスで丸を抜き出したように世界の主の魔法を打ち消し、潰し、駆け抜ける。そして、ぽっかりと穴の空いた空間に水が流れて戻っていく。
その延長線上。
俺が水を打ち消したその先には、胸から腹にかけてどす黒い穴が空いた紀光のりみつの姿がある。
「……ははッ! はははッ!! そうだったのか。もはや、そ・こ・ま・で・の・域・が使える法師だったのか」
紀光のりみつの身体に空いた黒い穴が、じくじくと彼の身体を喰い荒らすように広がっていく。触れた相手の魔力、魔法、そういうものを吸い取り、無力化し、確実に葬ほうむる魔法。
故に、その名を『月喰つきはみ』という。俺が名付けた。
「いつの世も未来ある子どもは勝手に育つというが……いやはや、そこまでの子に俺オレが教えられることなど、何もありはしない」
紀光のりみつの身体にぽっかりと空いた穴。
そこに向かって、ぎゅるり、と目の前の景色が吸い込まれはじめた。
景色は吸い込まれているというのに、反対に俺の体は弾かれたように後ろに飛ばされる。
わずかに遅れて俺たちがこちらの世界にやってきた時のような、どぷ、とした魔力に身体が包まれる。
「せめてもの手向たむけだ。受け取れ、イツキ」
そうして紀光のりみつが俺に向かって何かを差し出すように手を伸ばした瞬間、俺の視界は白一色に染まる。
そんな光景の中、紀光のりみつの声だけが俺の耳に届いた。
「また、遊んでくれ」