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シドニーと比べれば遙かに早く日が沈むドイツの秋と冬の入れ替わりのようなその日の午後遅く、前回とは違ってシドニーから持って来たスーツケースに全ての荷物を詰めたリアムと、それよりは遙かに小さなスーツケースを引いた慶一朗がホテルにチェックインするために実家から電車で玉ねぎ型の塔を持つ教会が見える駅を降りて歩いていた。
リアムの実家では心身のリフレッシュを図れたが、同じだけ問題もあったと苦笑するような時間を過ごしてしまい、二人きりの時間を過ごしたいという恋人同士では当たり前の気持ちが芽生え、もっとゆっくりしていけば良いのにと引き留める祖母をハグし彼女の頬にキスの雨を降らせて許しを得、ようやくの思いで実家を出たのだ。
そもそも今日は慶一朗の誕生日で、昨年までは旅先で二人の時間を満喫していた事を思い出し、今年は誕生日を迎えるに当たって問題が多すぎたと苦笑しあったほどだった。
ただ、これだけは守ってくれと慶一朗がリアムに詰め寄ったのが、今日が己の誕生日である事を家族に伝えるなとの言葉で、どうしてと不思議そうに見つめるリアムに、お前に誕生日を祝われる事もまだ慣れていない、それなのにお前の家族に祝われると恥ずかしすぎて死ぬと首筋まで赤く染めながら上目遣いに告白したのだ。
羞恥が強いと思っている恋人だが己の記念日を祝われる事にまでそれが及ぶのかとある意味感心してしまうリアムだったが、拒絶されている訳では無いと気付き、ケイさんがそう言うのならといつものように慶一朗の気持ちを優先し、家族には誕生日の話をしなかった。
そして、家族全員とテレーザを含めた皆で今回の帰省では最後になるランチを終え、荷物を纏めて実家を出たのだった。
駅に向かう二人の背中が見えなくなるまで見送ってくれている家族の姿をしっかりと脳裏に焼き付けて電車に乗った時、ほんの少しだけ寂しさを覚えるが、この後フライトまでの二日間は純粋に観光を楽しもうと笑い合い、寂しさ以上の期待を込めて滞在するホテルへと向かっていた。
前回はリアムのメンタルがある意味どん底で、慶一朗はサプライズを成功させる気満々という気持ちの高低差があったが、今は同じ高さで同じ世界を見ることが出来ていて、慶一朗があの時リアムに時間をおいて一枚ずつ送った写真の光景を二人歩きながら目にしていた。
「あの教会、聖母教会って言うんだな」
「うん、そうだな。あの中に教会を建てるときに悪魔と何か約束をしたとかで、床に悪魔の足跡が残っているなぁ」
小さな頃、祖父ちゃんとばあちゃんと一緒にここに来たことがあったが、その時床にくっきりと残る足跡があったような気がすると笑うリアムに、カトリックをはじめとした宗教全般に興味の無い慶一朗が建物自体が面白いと、精神的なものよりも物理的な興味を引かれた顔で双塔を見上げたあとホテルの自動ドアを潜る。
フロントのスタッフがどうやら二人を覚えていたようで他の客とは少し違う笑みを浮かべ、それに気付いたリアムが僅かに赤面するが、慶一朗は何処吹く風というようにまたのお越しをと言われたのでまた来たと笑みを浮かべる。
「お戻りなさいませ」
「ありがとう」
「はい」
前回も満足したが今回もきっと満足できるサービスを期待していると笑顔で頷き、カードキーを受け取ってエレベーターに乗ると、前とは違うがゆったりと過ごせそうな広さのツインルームのドアを開ける。
前にチェックインしたのはジュニアスイートと呼ばれる部屋で、広くてベッドも十分な広さがあった。だが白を基調にした素朴な作りは女性に特に好まれそうなデザインで、天蓋付きのベッドも男二人には気恥ずかしさを覚えさせるものだった。
濃厚なスキンシップを図った後は眠るだけの二人にとって天蓋が着いていようが無かろうが関係は無かったが、気分的に気恥ずかしいと慶一朗が言い張り、ベッドが二つ並ぶ素朴さを前面に押し出した部屋を取ったのだ。
以前の部屋に比べれば狭いがそれでも十分広い部屋は一目見た慶一朗がどうやらいたく気に入ったようで、スーツケースをその場に置いたかと思うと、ジャケットにジーンズをその場で脱ぎ始める。
「ケイさん、先にシャワーを使うのか?」
「ん? 服を着ているのが辛くなっただけだ」
下着まで脱いでいないからまだこれでも我慢していると、そういえば自宅ではいつも丸裸にお気に入りのバスローブを羽織っているだけだった事を思い出したリアムが深々と溜息を吐く前、慶一朗がバスルームのガラス張りのドアを開けて壁に吊してあるバスローブを羽織り、一人がけのソファにドサリと腰を下ろす。
「お前の実家も居心地が良くて好きだったけど、やはり両親やばあちゃんがいれば気を遣うな」
今は二人きりだから自宅と同じように過ごしても良いはずだと、ソファで思い切り伸びをした慶一朗の前に緩く首を左右に振ったリアムが近付き、ソファの肘置きに手を突いて眼下の端正な顔を見下ろす。
「緊張した?」
「いや、緊張じゃないな」
上手く言えないが、ルカとラシードに会いに行ったらあいつらの仕事関係の人がいて何か余所余所しさを感じてしまった時が一番近いかと上目遣いになり、そっと近付いてくる顔を抱き寄せるように腕を伸ばしてハニーブロンドの頭を抱き寄せる。
「だから、俺を連れて行ったことを後悔するな」
「……うん、後悔はしない。ケイさんにばあちゃんも出来たことだし」
連れて行ったことは後悔していないが疲れさせたのではないかと慶一朗の腕の中で懸念していた思いを零すと、優しいキスがこめかみに落とされる。
「お前は本当に優しい。――それもきっとばあちゃんや二人から受け継いだものだな」
その優しさは本当に貴重なものだ、だからこれから先も喪わないでくれとこちらも素直な思いを囁くと、足を割るようにリアムが膝を着いて慶一朗を抱きしめる。
「うん」
「晩飯は何時に行くつもりだ?」
「少しだけゆっくりしないか?」
幸いなことにこの部屋にはコーヒーメーカーがある、それを飲まないかとリアムが顔を上げて慶一朗の腕を取って立たせると、遠慮も何もする必要が無いからか慶一朗がリアムの広い背中に腕を回して飛びつき、突然背中に乗られながらもしっかりと受け止めたリアムが慶一朗を背負ったままコーヒーメーカーの前に向かう。
「……このメーカーのカプセルコーヒーは美味くない」
「そうか、ケイさんの好きなブランドじゃないか」
じゃあ飲まないでも良いと背後を振り返ると、慶一朗が悪戯っ気を滲ませてリアムの頬にキスをする。
「メシに行くまでに先に風呂に入る」
「分かった」
じゃあ俺はその間にスーツケースを開けておくと笑うリアムに頼む、俺のスーツケースのキーはジャケットの内ポケットだと告げてその場でバスローブを脱ぐと、自らの言葉通りに下着も脱ぎ捨ててバスルームに入り、シャワーを浴び始める。
慣れているために何も言わないが言いたいことならば山ほどあるリアムがそれを拾ってバスルームのドアを開け、水飛沫が掛からない場所に置いておくと告げ、スーツケースの中から着替えと後で着るための服を準備するのだった。
すっかりと陽も沈んで街灯の明かりが暖かさを感じさせる中、ジャケットだけでは寒すぎると急遽買ったトレンチコートの前をしっかりと合わせた慶一朗が、何故お前は寒さを感じていないんだと隣を歩くリアムを睨み、ケイさんよりも筋肉があるからなぁと返されて悔しそうに舌打ちをする。
「マッチョマンめ」
「鍛えていて良かったな」
ただシドニーではあまり経験することの無い寒さだろうからケイさんはコートを買って正解だったと笑われ、その通りだと素直に頷いた慶一朗だったが、ベージュのトレンチが似合っていると顔を寄せられて満更でもない顔で頷く。
「ああ、あった、あの店だ」
二人が歩いているのは町の中心部からほど近い路地で、女性がふわりとスカートを広げてダンスしている様子を切り取った昔ながらの技法で作られた看板が吊されている店の前にやって来ると、リアムがそれを指さして慶一朗が見えてきた店内の様子に苦笑してしまう。
「リアム、満席みたいだぞ」
「……くそ」
珍しくリアムの口から何かを罵る言葉が聞こえ、どうしたと苦笑したままその顔を見ると、予約するのを忘れていたと本当に珍しいリアムが失態を犯す様に呆然となってしまう。
「予約を忘れた?」
「……うん、ごめん、ケイさん。本当はここで今日食べたかったのに……」
予約を忘れるなど考えられない、本当にごめん、せっかくの誕生日なのにと、今にも抱きつきながら謝罪しそうな勢いのリアムの胸板に拳をトンとぶつけた慶一朗がひとつ肩を竦め、気にするなと穏やかな笑みを浮かべる。
「たかが誕生日の食事だ、気にするな」
「でも……」
でもと言い募るリアムにやれやれと息を吐き、本当に俺自身は気にしていない、お前が一緒にいるのだからそれだけで良いとそっと囁くとようやくリアムの顔に微かに笑みが浮かぶ。
その時、クラクションが小さく鳴らされて二人同時にそちらに顔を向けると、そこに車を止めたいから移動してくれないかと運転席から顔を出した男に頼まれ、自分たちがいる場所が駐車スペースだと気付いて慌てて移動する。
「ダンケ」
「いや、こちらこそ悪かった」
二人が立っていたスペースに一発で車を止めた男が車から降り立つと嬉しそうな足取りで助手席側へと回り、ドアを開けて中の人物が降り立つのを当たり前の顔で手助けするように手を差し入れる。
その様がまるで己に対するリアムを見ているようで、よほど大切な人なのかと思ったものの口には出さなかった慶一朗は、ドアの陰から姿を見せたのが自分たちと同年代の、白髪とステッキという特徴のある外見の男だと気付き、何かを思い出したような顔で目を見張る。
「ケイさん、どうした?」
「いや……何処かで見た気がする」
自分たちよりも遙かに年上の所謂高齢者や高年者ならば白髪でも不思議は無いし記憶に残らないが、同年代と思われる男の頭が真っ白な事に驚き、その驚きが直近の記憶を引っ張り出してくる。
「ああ、思い出した。GGと一緒にいるときにすれ違った人だ」
「ん? コンベンションホールにいた人か?」
慶一朗がそもそもここに来る切っ掛けとなった学会への参加、その学会の会場になっていたコンベンションホールで一足先に帰国するゴードンと別れを惜しんでいるとき、ゲートルートに行きたいが貸し切りで駄目だったと会話しながらすれ違った三人組の中央で穏やかな顔で笑っていた人だと思い出し、一度すれ違っただけなのによく覚えていたとリアムが感心してしまう。
「ああ。ステッキと白髪なのに俺たちと同じ年頃に見えた、それで覚えていた」
ステッキをつきながらゆっくりと二人が予約をしていないために入れなかった店のドアへと歩いてくるその男を見て思わず会釈をした慶一朗だったが、その彼を支えるようにくすんだ金髪を首筋の上で束ねた男−先程運転席から声を掛けた男−が慶一朗と己の連れの顔を見た後、リアムと同じようにどうしたと問いかけ、気のせいか何処かで見た気がすると返されて青い目を二人に向ける。
「何処かで会ったっけ?」
その疑問は誰に投げかけられたのかは分からなかったが、思わず慶一朗がコンベンションホールで先日すれ違ったと苦笑交じりに返すと眼鏡の下の目が丸くなり、同業者だとブロンドの髪の男に囁きかける。
「へ? オーヴェの同業者?」
「ああ。この間カールが店に行きたかったがパーティーか何かで貸し切りになっていたから駄目だったと話をしただろう?」
「ああ、そういや何か言ってたなぁ」
確かアキがベルトランに頼まれてパーティーで演奏したとか言ってたっけと、数日前の出来事を思い浮かべたような顔で呟き、それに素早く反応したのはリアムで、それは俺の幼馴染みの披露宴だと思うと苦笑すると二人の視線がリアムの顔に集まる。
「そうなのか?」
「ああ……俺も参加するつもりだったけど、急用で欠席した」
だから今日ここで食事をするつもりだったが予約をしていなかった、満席のようだと激しく落ち込んだ顔で呟くと慶一朗がそっとリアムの腕を肘で突く。
「そうなのか?」
「ああ」
でも予約を忘れた俺が悪い、仕方がないと何とか気持ちを持ち直した様に笑みを浮かべるリアムの前、白とブロンドの髪が近付いて何か一言二言言葉を交わした後、ブロンドの男が店のドアを開けて中に入り、店員と気安そうな様子で話した後ひょっこりと顔だけを出す。
「なあ、あんたら、良かったら俺たちの席に座るか?」
「は?」
その気さくな呼びかけと呼びかけられた内容に思わず素っ頓狂な声を上げた二人だったが、礼儀を知らない奴で申し訳ない、もし良かったら自分たちが予約している席があるからそこを使わないかと、やれやれと言いたげに溜息を吐いた後に白い髪の男が二人に提案をすると、店のドアが全開になってブロンドの男が出てくる。
「俺たちは毎日のようにこの店に来ているから大丈夫なんだ」
「……本当に良いのか?」
「ああ。お節介だけど、どうだろうか」
それにここのオーナーは俺の幼馴染みで、彼の料理を少しでも多くの人に食べて貰えると嬉しいと、眼鏡の下の目を嬉しそうに細められてしまえば遠慮するのも申し訳なく感じ、ではありがたくその言葉に甘えさせて貰うと頷く。
「良いぜ。今日のお勧めはシュニッツェルらしいからそれを食っていけよ」
降って湧いたような僥倖としか言えないそれを逃すなど考えられず、ありがとうと心底嬉しそうな顔でリアムが二人に礼を言い、慶一朗もありがとうと軽く頭を下げる。
「シュニッツェルか。楽しみだな」
「チーフには話してあるからそこの窓際の席を使えよ」
「本当にありがとう」
「どういたしましてー」
ここで何か良いことをしておけば後でご褒美が貰えるだろうと隣の男に笑いかけると、呆れたような色を浮かべつつもその言葉に同意するように頷かれ、ひゃっほぅと陽気な歓声を上げる。
「実は今日記念日で、本当に自分のバカさ加減に呆れていたんだ」
「そうだったのか。何の記念か分からないけど、良かったな」
コツンと石畳にステッキを一度つく音で歓声がピタリと止まり、表情を切り替えた男が記念日の夜を楽しんでくれと片目を閉じ、オーナーに用事があるからと断りを入れて二人揃って店の裏手に回るのか、路地の奥へと向かっていく。
「……良かったな」
「うん」
この降って湧いた幸運を満喫しようとドアを開け、出迎えてくれるスタッフに事情を耳打ちすると心得ている顔で頷かれて窓際の席へと案内され、安堵の顔で腰を下ろすリアムに慶一朗も同じような顔で頷くのだった。
念願だったゲートルートでの食事は色々あったからか何割増しに美味しさを感じられるもので、食後に席を譲ってくれた二人に礼を言っていて欲しい事、先日の披露宴で食べることが出来なかった料理を今日食べられて最高に嬉しかったとスタッフに告げると、オーナーシェフも喜びますと嬉しそうな顔で送り出される。
辺りはすっかり暗闇に包まれ、スタッフに教えて貰ったヴァイナハツマルクトを見学するために歩いていると、クリスマスを連想させるイルミネーションや雑貨や飲み物を売っている屋台が見えてくる。
その屋台のひとつひとつは見ているだけで楽しくなれるもので、クリスマスを特に祝うことの無い慶一朗でも興味を引かれるのか、隣の屋台や向こうのものと色々比べたり蜜蝋に描かれたイラストを関心を持って見ていく。
恋人のそれがいつも以上に嬉しく思えたリアムがアーモンドに砂糖をまぶしたお菓子を売っている屋台を発見し、そちらへと行こうと声を掛けるが、ルカとラシードへの土産を買って行きたいと慶一朗が屋台を示し、ああ、そうだなと頷く。
ただ、そろそろ屋台も今日の営業を終える時間が近づいているからか、ゆっくりと見学する暇はなさそうで、明日観光するときにくれば良いと告げ、慶一朗が素直に頷く。
「それもそうか。明日買いに来ても良いな」
「うん。じゃあホテルに戻るか?」
クリスマスのオーナメントなどを売っている屋台を見て歩くのは楽しかったが、冷え込んできた事だしホテルに戻るかと問いかけたリアムは、もう一箇所行きたい場所があると慶一朗が静かに告げた為、今までの声音と違う事から何か考えているのかと気付いて顔を覗き込む。
「どうした?」
「……お前の運命が変わった場所だ」
慶一朗の静かな言葉に咄嗟に返事が出来なかったリアムだったが、グッと息を呑んだ後、その場所ではないがここから一番近い場所でも良いかと問いかけ、そこでいいと頷かれて小さく頷く。
「分かった」
リアムの運命が変わった場所、そこは幼いリアムがエリアスと一緒に溺れてしまった川のことだった。
少し歩くけれど良いか、勿論問題ないと言葉を交わした二人だったが、それ以降はどちらも口を開かなかった。
ただ、リアムが慶一朗の希望に不満を抱いているのでは無い事を教えるようにか、少しだけ強引ながら慶一朗の手をしっかりと握りしめ、いつもならば羞恥からその手を振り払いそうな慶一朗もさすがに今はそんなつもりは無い為にその手の温もりを感じつつリアムの隣に肩を並べて歩いて行くのだった。
リアムが慶一朗の手を握りいつもとは違って無口なまま大通りを歩き出して10分ぐらい経った頃、暗くてあまり分かりにくいが微かに水の音が耳に入ってくる。
大通りに架かる橋があり、そこを渡るのかと思った慶一朗がリアムを見ると、橋の手前で右折し小さな道へと進んでいく。
その小道と平行するように幅のある川が流れていて、小道から川の中州のような場所に向かう橋の上にやって来たかと思うと、その川の中央でリアムが足を止めて欄干に寄りかかるように背中を預ける。
「……この川だ」
「そうか」
欄干に背中からもたれ掛かりながら夜空を見上げたリアムの横、慶一朗が欄干に抱きつくように腕を垂らして暗い水面を見下ろす。
「ここに来たかったのか?」
「Ja. 一度見てみたかった」
お前の運命が変わったという川、それを見てみたかったと返した慶一朗は、この場所では無いんだろうとも問いかけ、さっき歩いた大通りの一本北側の通りの少し先だと教えられて己が発した問いに興味がなさそうな返事をしてしまう。
「どうしたんだ?」
「ああ……ここがお前の運命を変えたんだな」
「ああ、だからそう言っているだろう?」
さすがに慶一朗のくどいほどの確認にリアムが身体を起こして慶一朗を見下ろすと、やっとこちらを向いたと慶一朗の顔ににやりと笑みが浮かぶ。
「……あ」
「お前の運命を変えたのなら、もう一度変えれば良い」
「ケイさん?」
己の過去の傷に繋がる場所、そこへ案内させられて少し言葉に出来ない思いを胸に芽生えさせていたからか、己に向き合うことをしなかったリアムに気付いたかと笑いかけ、運命など何度でも変えれば良いと笑った慶一朗は、驚きに目を見張る恋人の頬を指の背で撫でると歌うような顔で囁きかける。
「Der sanftmütige Prinz.」
優しい王子様と語りかけてリアムの顔を驚愕に染めさせると、運命論者ではないがお前の運命を変えようと笑みの質を変え、何を言わんとするのかを不安の内に待つ恋人を真正面から見つめる。
「――まだ少し先になるだろうが、お前の子供を一緒に育てないか」
すぐ傍を流れる川の水音に負けそうな小さな声で囁く慶一朗の顔は今まで見た事が無いような深い決意を秘めていて、リアムは脳味噌も身体も動きを止めたかのように呆然と見つめることしか出来ないのだった。