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「あ、もちろんです。どうぞ」
言いながら駆け寄る。
20代と思われる夫婦だった。
妻が髪の毛を頭のてっぺんにお団子にまとめている。
(う。お団子だ。アップにしてる女の子って気が強くて苦手なんだよな。しかも結構目つきがきつい!ように見える!)
後ろからダラダラついてくる夫は、大きめのトレーナーをダボッと着ていた。
(……この人たち、本当に家を見に来たのか?)
由樹は戸惑いながらも二人の動線を邪魔しないように、階段の方に退いた。
「あー、ほら、LDKワンルームの方がいいってえ」
妻の方が、ほぼ由樹の方を無視しながら、前に進んでいく。
「はー?キッチンの音とかうるせえの嫌なんだけど」
男がダルそうについていきながら、由樹の方を見る。
「ね?店員さん」
(……店員?)
苦笑いをしながら後に続く。
「ほら!!いーじゃーん!」
妻の方が目を輝かせながら夫を見る。
「ワンルーム最高!子供の顔も見れるしー!」
(それこそが対面キッチンの醍醐味!)
由樹は大きく頷いてから、口を開こうとした。
すると、
「えー。台所の匂いとか、調理の音とか、テレビを見ながら気になるんだけど!」
夫がリビングに置かれた〇百万円のソファにどっかと身体を投げ出す。
「いいじゃん。私だって家事をしながらテレビ見たいしー!」
妻が口を尖らせる。
「いや、俺は嫌だね。キッチンはキッチン。リビングはリビング!そうやって分けないと、なあなあになるっつうか!」
由樹はなんとか二人の話題に入ろうと、近くにいた夫に相槌を打った。
「注文住宅ですから、キッチンを分けることももちろん可能ですよ」
「はは、ですよねー」
夫が振り返らずに言った。
「ちなみにキッチン独立させると壁が多くなるじゃん?高くなんの」
「当社の場合は坪数によって金額が変わるので、部屋の数は関係ありません」
「へえ、いいね」
夫は立ち上がると、由樹を見ないままキッチンに寄った。
「つまんないじゃん、そんなの。子供とパパが遊んでるところを、料理しながら眺めるのが、理想なのに」
「理想は理想。実際、料理やゴミ箱の匂いも漏れてくるし、テレビの音は聞こえないし、ゆっくりできないって」
妻が口をますます尖らせる。
「静音シンクは音を抑えられるので、水の音が案外聞こえないですよ」
必死に話に加わろうとするが、
「そー言う問題じゃないの」
夫が鼻で笑い、妻は口を尖らせたままだ。
二人は険悪なムードのまま洗面室へと進んでいく。
「わ、見て、ガラス張りのお風呂」
妻が笑う。
「展示場ですから」
客から笑顔が出たことに少し安堵し、由樹も笑う。
「実際やろうと思えばできるんすか?」
夫も笑う。
「できなくはないですけどね」
「やだー」
妻が笑う。
よかった。和やかなムードになってくれた。
「ちょっと写真撮っていいですか」
言うなり夫の方がスマートフォンで写真を撮りだす。
「はは、まるでラブホだな」
夫が馬鹿にするように笑う。
「…………」
毎日、自分や渡辺、そして篠崎が、指紋一つ残らないように磨いている展示場を、そう言われるのは、いい気分がしなかった。
(なんか、このお客さんたち、嫌だな)
由樹は顔が引きつった。
「ほら、止めなよ。お兄さん嫌そうな顔してるよ」
妻の方が由樹を見てから夫を叩く。
と、夫はカメラを構えたまま、こちらを横目で睨んだ。
「いえ、そんなことないですよ。でも親戚の人とか来た時は困りますよね」
慌てて取り繕うが、夫は洗面室から出てくると、妻の二の腕を引っ張った。
「なんか怒らしたみたいだから、帰ろーぜ」
「えー、子供部屋見たかったのに―」
妻は夫に引きずられるまま、廊下を歩いて行ってしまった。
(げ、マズい……!)
由樹は慌てて追いかける。
「怒ってるなんてとんでもないです。どうぞ、よければ2階も見ていってください」
「いや、いーすわ。子供部屋なんてどのメーカーで見ても同じだと思いますし」
言いながら、サンダルを引っかけている。
「あ、あの」
「行くぞ」
妻は名残惜しそうに2階を眺めると、夫に続いて自動ドアを開いて外に消えていった。
「……………」
黙って脱ぎ捨てられたスリッパをまとめる。
2階から渡辺と先ほどの夫婦の笑い声が響いていた。