逸楽改造
動き出した歯車
あれはとても印象に残るものだった。
静まった夜が、より一層静まり、
廊下に飾ってあった、白百合が、
黒へと染まった亜の日。
皆床にうつ伏せで 寝ているのだ。
いくら話しかけても、揺さぶっても起きなかった。
父も、兄も、妹も、ぐっすり寝ていた。
唯一反応したのは、義母のエミ。
エミさんは純粋無垢で、温かい言葉を下さる、誰もが敬うお方。
それに比べて、勉強もろくに出来ない、
掃除も洗濯も料理でさえ出来やしない私と比較すると、かなり所では無いほどの差があった。
自分に自信がなかった。
でもエミさんはそんな私に希望を与えた。
与えてくださった。
『 苦手な事ではなく、得意とするものを極めれば、貴方を尊敬する者は必ずしも訪れる。』
そう云い、希望を与えてくださった。
その一言に救われた。たったその一言で。
エミさんは今にも眠りそうな顔で私を見つめた。そして、私の頬に手を添え、
『 評価や視線ではなく、自分の本心に従って歩みなさい。そうすれば貴方にも幸福が訪れる。歩むことを恐れないで。』
私の頬に添えていた手を降ろし、 エミさんは眠り姫となった。あの時触った手の感覚は今でもずっと、脳内に刻んでいる。
エミさんが眠り姫となり1週間がたった頃、
とある事件が耳に入った。
宝石殺人事件。 宝石を殺すなど、何を云ってるのかわからぬ言葉。勿論、宝石を殺すなんてことは出来ない。強いて言うならば、殺人ではなく破壊、破損、等の壊すに関連する言葉のはずだ。なのに何故、殺すに関連する言葉なのだろうか。そう私は疑問に思った。が、これ以上考える事はやめた。意味がなかったから。
そもそも、この事件は私に関連することでも何でもなかったので、興味すらなかった。
その時、私の脳内ではエミさんのことしか考えていなかった。あの眠り姫はいつ起きるのか、ずっとそう考えていた。
小学卒業間近の際に亜の事件の名の由来を理解した。エミさんが嗚呼云っていた言葉も。亜の時の全てを理解した。亜の後の記憶は残っていない。だが、其の日、私自身の何かが、歯車の様に、動き出したのは憶えているのだ。
中学に上がった際、私はずっとクラスメイトを笑わせていた。担任に悪戯をし、其れを気附いていない振りをし、担任に其れを云う。しょおもない悪戯。勿論、後に怒られるが、其れを生徒らは笑うのだ。悪戯を仕掛けられた担任も。私自身も。皆笑うのだ。道化の様に。此れは日課の様に続いた。担任も、生徒らも、私も、其れを飽きなかったから。然し、或る日、事件が起こった。其れは生徒らの所有物が突然無くなる。と云った事件が起こった。勿論私のも無くなった。初めは皆、気にしていなかったのだが、学校全体で起こる様になり、大騒ぎとなった。教頭も、校長も、担任も。犯人が判らないのだ。幾ら調べても、見回っても。犯人が見つかる気配は一向に無かった。流石に、私自身にも被害が及ぶので、私も調べて見る事にした。判った事は全てメモをとる。1週間附きっきりで調べた結果、とある事が判った。其の犯人は、金目当てだと言うこと。所有物を盗まれた者に、何を盗まれたか聞き回った所、全て値段が四千円以上の物ということが判明した。其して、もう一つ。犯人は学生では無いこと。いつ盗まれたか、聞き回ると、教室や他教室に忘れてしまって、次の日、取りに行くと無くなっていた。と答える者が多数いた。これから考えると、犯行時刻は生徒らが下校し終った頃と判る。つまり、犯人は教師にいると云う事。此の考えに当たった瞬間、私は善からぬ事を考えた。もし、犯人が判ったならば、其の教師は如何なるのか。どの様に堕ちてゆくのか。気になって気になって堪らなかった。此の時、私は判ってしまった。亜の時、突然動き出した歯車の正体を。
生徒らの所有物が無くなる事件。省略し、亜の窃盗事件から約一ヶ月経った頃、遂に犯人を炙り出す事が出来た。嗚呼。これ迄に幾ら時間を費やした?そんな事は如何でも善い。逸早く此の事件の犯人を晒し上げ、其の犯人の行方を知りたかった。どの様な表情になるのか。どの様な行動をとるのか。どうやって人生を歩んでゆくのか。何もかもが気になってしょうがなかった。
此の日、私は誰よりも早く登校し、逸早く校長室へと向かった。校長室に着いた、其の時室内から話声が聴こえてきた。偶然、少し扉が開いていた為、興味半分で覗いて見た。此の時、不慮な事が起こった。
「亜れは順調かね、橋唯裙」
橋唯とは、私の担任教師の名だ。何故橋唯先生が此の時間帯に校長の元に居るのか。私は、訝しむ事で頭が一杯だった。私が頭を抱えている、其んな時、先生らが発した言葉に、背筋が凍った。
「ええ、勿論。順調でございます。」
「そうか、君にしては善くやるじゃあないか。」
「其う云って頂き、光栄です。」
「児童らの所有物を盗み売る。こんな事を考えるのは君ぐらいだよ。」
「そうですかね?」
「嗚呼、そうだ。」
「君は、もう教師では無い。」
「立派な犯罪者だ。」
「…私が犯罪者ならば、其方も同じ、立派な犯罪者ですね。」
「私が犯罪者?…私は此の学校にやってくる前から、犯罪者だよ。」
「…矢張り、貴方の思考はどの人間よりも、犯罪者よりも、とち狂ってる。」
私は気附いたのだ。嗚呼、此の学校は、呪われていると。生憎、此の学校の校則では、携帯の持ち込みは善いが、校内での使用は禁じられていた。だが、私は其んな事如何でも善くなっていた。何かあった時用として、予め携帯で録音していたのだ。勿論、画像有りのを。
静かに校長室の前を退き、全力疾走で廊下を走った。全ては皆の為。其して、私の慾を満たす為。
此の時間帯では、直に生徒らが学校の門を潜る頃だろう。だが、私は、学校を出た。幸い、学校の近くには警察署があった。私は其処へ走った。昔から自分には体力がない事ぐらい、理解している。でも、それでも、私は足を動かした。皆の英雄となる為。快楽を浴びる為に。
亜の後、校長と橋唯は警察に連行されて行かれた。何故なら、私が呼び出したから。通報するには証拠が充分にあった為、簡単に呼び出す事が出来た。周りの生徒は如何したんだと云わんばかりに不思議がっていた。其の中には、如何やら、呆然としている者もいた。
嗚呼、なんて愚かなのだろう!!自ら行った綱渡りに、飛んできた鳥に視界を奪われ綱から落ちる!!其の後ろにいた者も!!彼奴を信用し、共に綱渡りをし、彼奴が鳥に視界を奪われ落ちる、其の振動で自分も共に落ちる!!なんて無様で見物なんだ!!彼奴らはもう只者では無い、堕ちこぼれだ!!社会という名の社会、裏社会という名の社会、其の両方での堕ちこぼれだ!!
歯車の正体。亜の時、何故動き出したのか。理由は簡単。私の中にあった、恐怖が、快楽へと替わったのだ。私は亜の時、恐怖が快楽へと替わってしまったのだ。
コメント
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なんか、こういう文章書けるのすごくかっこいい…