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「だったらさ、笑いなよ」
俺の質問に対して、モンスターは何も言わずにただ震え続けるだけだった。
「……笑えないんだね」
ため息にも、呆れにも似た息を吐き出す。
目の前で震え続けているモンスターを相手に、これ以上話しかけようとも思わなかったし、ニーナちゃんへ謝らせようとも思わなかった。
だから、俺がやるべきことを淡々とやるべきだと思った。
「学校のみんなはどこにいるの?」
『そ、そうだ!』『君だって心配だよね!?』『学友クラスメイトが』『どこにいったのか!』
学校にいたみんな……児童も、先生も、誰も見つかっていない。
それが分かるまではこいつを祓えないからそう聞いたら、目の前にいるミノムシみたいなモンスターが、蠢うごめきながらそう叫んだ。
それは、ついこの前に理科の授業で見たNHKの芋虫の映像にとても似ていて、
『私たちを』『殺せば』『みんな消えちゃうよ!』『取り残されちゃう!』
悲鳴みたいな声を上げてモンスターがそう叫ぶものだから、俺は少し不思議に思った。
「この世界にってことでしょ?」
『ああ、そう!』『やっぱり君は』『賢いね!』
わずかに声に明るさを覗かせたモンスターは、仮面をぐるぐると回転させると続けた。
『ここは私の世界!』『優れた第六階位クイーンは』『小さな世界を作れるんだよ!』『だから、ここが消えたら』『みんな世界ここに残されちゃう!』
俺はモンスターが最後まで続けるのを待ってから、頷いた。
「だったら問・題・な・い・か・」
『『『えっ』』』
モンスターが生み出したというこの世界……学校の屋上に出来ていた遊園地がどうやって作られているか知らないが、多分だけど『形質変化』の応用だと思う。
あれは魔力さえあれば、どんなものでも作り上げることができるから。
だとすれば、その魔力を使って『世界』を生み出すことも出来るんじゃないだろうか。
ただ、生み出すためには莫大な魔力が必要になる。
優・れ・た・第六階位というのはよく分からないが、第六階位まで来ると同じ階位でも魔力量にも大・小・が・あ・る・んだろう。
階位は三十倍を超えないと1つ増えない。
けど、これは裏を返せば同じ階位の中でも数倍の差がありえるってことだ。
優れた第六階位ってのは、そういうことなんだと思う。
ただまぁ――どこまで行っても『形質変化』は魔法だ。
魔法である以上『朧月』を使えば、それは消される。
この世界は、消えてしまう。
消えるから、閉じ込められるなんてことはありえない。
例えこの世界にいたとしても、みんなが解放される。
だから、何も問題ない。
『い、イツキくん!』『ちょっと待ってよ』『わ、私たちの知識があったら』『君は世界の』『王になれる!』
よし。
これで、みんなが戻ってくることは分かった。
『第七階位キングは』『完・璧・な・世界を生み出せるんだ!』『私と』『イツキ君が組んだらさ!』『こんなの目じゃない』『理想郷ワンダーランドが!』
騒がしいモンスターの言葉には耳を向けず、やるべきことを再確認する。
他に確認することはあったかな。
いや、もう無いか。
『それだけじゃないよ!』『私たちが組めば』『別の世界に引きこもってる』『他の第七階位キングたちだって』『殺せるんだよ!』
「ううん。別にいいよ」
なら、気兼ねなく俺はこいつを祓える。
「そういうの、興味ないから」
『……ふざけるなッ!』『あと少しで』『私は』『私たちは』『王になるのにッ!』
手元で魔力を編む。糸にする。
五本を放つ。属性を複合させる。
「――『朧月』」
それらが交わった瞬間、黒い月が生まれた。
『や、やめ』『私たちが』『どれだけ苦労したのか!』『全ての努力が、水の泡に……ッ!』
「努力?」
『朧月』に飲み込まれていくモンスターの残した言葉に、思わず引っかかる。
無視できないその言葉に突き動かされるようにして、俺は続けた。
「ただ、自分が楽しくなってただけでしょ?」
黒い粉塵になって飲み込まれていくモンスターに聞こえたかどうかは分からない。
ただ、返答は何もなくその代わりに俺たちが立っている遊園地がうっすらと消えていくのが分かった。
ああ、やっぱりそうなのだ。
この不思議な世界は魔法によって作られている。
だから『朧月』の力でモンスターの魔法を封じた今、この不思議な世界は消えるしかない。
そして、モンスターが黒い霧になるのと同時に遊園地は完全に消えた。
消えると同時に、俺たちは空・に・投・げ・出・さ・れ・た・。
「……な、なんでっ!?」
俺のすぐ下には校庭。
地面までの距離は100メートルくらい。
慌てた俺が近くにいたニーナちゃんに向かって手を伸ばすと、その先には俺たちと同じように上空に投げ出された学校のみんながいた。それも、数百人くらいの数で。
「……っ!」
俺は手元で魔力を編むと『導糸シルベイト』をネットのようにして、空に広げた。
拡げたネットでみんなを包むと、空に滑車を生み出す。そして、滑車に繋がった糸を引っ張って減速。
「よし……っ!」
他にも取りこぼしている人がいないかどうか確認している時、ネットの中から何かがすり抜けて落ちていくのが見えた。まるで流れ星のように落ちていくそれを不思議に思って『導糸シルベイト』で手繰り寄せると、白と赤と緑が混じった小さな球だった。
見てから、すぐに分かった。遺宝だ。
俺はそれをポケットにしまうと、校庭に軟着陸。
『導糸シルベイト』で作ったネットを解除すると、空中に放り出された人たちは一人残らず気を失って……いや、違う。眠っていた。
それが全員、校庭に寝転がっているんだから傍目から見れば異様な光景である。
「アカネさんに連絡しないと……」
思わず口からそんな言葉が漏れる。
ここまでとんでもない状況になってしまった以上、もう俺たちがどうこう出来るレベルではない。
神在月家の……アカネさんたちの力が必要だ。
だから俺が学校の中にある電話を取りに行こうとした瞬間、ぎゅっ……と後ろから強い力で、掴まれた。
「……ニーナちゃん?」
振り返ると、ニーナちゃんが俺の服を強く握っていた。
ニーナちゃんはずっと下を見ているものだから、金髪に顔が隠れていてどんな顔をしているのか分からない。
けれど強く握っている手が震えているのが分かって、俺はその手を取った。
「だい、じょうぶ……?」
どう声をかけて良いか分からず、俺は小さく聞いた。
聞いてからこの聞き方はまずかったんじゃないかと……わずかに冷や汗を垂らした。
俺はニーナちゃんの過去を少ししか見ていない。
だけど、それだけでイレーナさんの言っていたことを理解してしまった。
ニーナちゃんの心はこわれたのだと。
目の前で父親を殺されて、それを笑わされて、心が壊れてしまったと。
だからそれを守るために、イレーナさんはニーナちゃんの記憶に蓋をしたのだと。
どうして、イレーナさんがニーナちゃんを祓魔師から遠ざけていたのかを知ってしまった。
そして、それが全部掘り起こされた。
モンスターのせいで、掘り起こされてしまった。
「……イツキ」
小さく、ニーナちゃんが俺の名前を呼ぶ。
1年前。記憶を失ったニーナちゃんは、モンスターを見るだけで過呼吸になるほどのトラウマを負ってしまった。
「ぜんぶ、ぜんぶ……おもいだしちゃった」
かすれるような、泣いているような、そんなニーナちゃんの声。
「わたし、笑っちゃったの。パパが、死んだのを見て。モンスターが、みんなをころしてくのをみて、わらっちゃった」
「違うよ。あれは、あのモンスターが……!」
それがニーナちゃんのせいになるのは、あまりにも筋違いだから俺がそう言うとニーナちゃんが顔を上げた。
「でもね、イツキが来てくれたの。イツキが来てくれたから、良かったの」
その目はすっかりと光が抜け落ちていて、その瞳でじぃっと俺を見た。
「わたし、私は……祓魔師えくそしすとには、なれない。みんなが、死んで、わらっちゃった、から」
「……ニーナちゃん」
「分かる……? 私には、もう何もないの。なんにも、なれないの」
違う、と言って伝わるだろうかと思った。
彼女が求めているのは、もっと、きっと、別の言葉で。
「だから、全部要らないの。魔法も、才能も、妖精も。ぜんぶ、全部……要らない」
ニーナちゃんは俺の手を骨が折れそうなくらいに強い力で握り続ける。
痛くて痛くて。思わず手を振り払ってしまいそうになって。
でも、そんなことをしたらニーナちゃんが壊れてしまいそうで。
だから、せめて壊れないようにと俺が手を握り返すと、ニーナちゃんは声を絞り出した。
「私には、イツキだけがいればいい」
ニーナちゃんの目に映っているのは、俺だけだった。
「イツキだけが、あればいいの」
俺だけを、見ていた。
――第4章 『理想郷』終わり――