ギイィ…
屋敷の重く、硬い扉が開かれる。ここが新しい、自分の生活場所となる。非日常はとっくに始まろうとしていた。もう、普通の生活に戻ることはない。というか普通なんてそもそも存在したのだろうか。普通の定義は、人それぞれだ。とにかく、この扉を開けて足を踏み入れた途端、ただの高校生であった夏野屋剣の生活は幕を閉じる。この屋敷にいることが何を意味するか、分かっているから。先に待つのは、もうただの夏野屋剣として生きる道ではなく、様々な何かと向き合う道。危険を犯してでも、この世界の不安定さを守る道。
「……ごめん、遅れちゃって。」
「…遅かったなお前。俺が早く来すぎたのか?」
白髪の、黒のグラデーションがかかった短いセンター分けの髪の少年が声をかける。折旗月華。彼もまた剣同様、この屋敷の主人に呼ばれていたのだった。
「…お。来てくれた来てくれた。良かった。まさか忘れてて来ないのかと思った…。」
苦笑しながらそう述べたのは、この屋敷の主人、霧咲月弥。赤い目、赤く丸い小さな宝石のようなイヤリングをした、黒に近い赤紫の髪の毛をセンター分けにした短い髪の少年だった。
「…え、……貴方がここの主人なんですか??」
明らかこの大きさの屋敷の主人にしてはまだ若すぎると思ったのか、剣は率直な感想を述べる。月弥は再び苦笑をした。しかし、どこか楽しそうに話す。
「っはは、やっぱり言われると思ったよ。俺も信じられないね。親父が死んでから、自分がここの屋敷を管理することになるなんてさ。俺まだ十五だよ?高校一年。信じられない話だろ?まぁこんな玄関で話しててもあれだし、部屋案内するよ。」
そう言い終えては二人を手招きして一つの巨大な扉の前まで導く。そこがこの屋敷の中心とも言える場所であった。
ギギィ……
また重く耳に響くような音をたてて扉が開く。その”中心”は図書館のような見た目になっていた。中央に丸く大きなテーブル。周りに複数個の椅子。左右、二階全てに大量の本棚と本が配置されていた。
「凄い………。結構長い間使われてそうなのに綺麗……。」
「だな……。手入れがしっかりしてる…。」
「親父と掃除結構やってたからさ。そう言って貰えて嬉しいよ。親父もきっと誇らしく思ってくれる。」
月弥は中央のテーブルに向かい、そっとそのテーブルを撫でる。僅かにその表情が曇った気がした。
「…?」
「……。」
二人とも、なんとなく彼が何かを隠しているのを察したようだが、あえて触れないことにしたらしい。月弥ははっとなって二人に向き合った。
「…ごめん、ちょっと前のこと思い出してさ。」
眉を下げて悲しそうに話す月弥を放っておく気にはなれず、二人が口を開こうとした瞬間、月弥がそれを遮るように本題に入った。
「それにしてもいきなりこんな奴に話しかけられてこの屋敷に来てなんて言われて驚いたよな。ごめん。いくら同じくらいの年齢の男だからってこんなこと言われたら誰だってびっくりするもんだよ。でもさ、俺二人を見て思ったんだ。二人はただの高校生じゃないってさ。だってあんな化物が色んな人が通るであろう交差点とかにいるんだよ??そんなのを目の前にして冷静に怖くて逃げられなかった小さい子や大人の人に声をかけて積極的に避難させてたり、そして攻撃をしかけられたら反撃までするなんてさ。誰がそんなこと反射で出来る??やっぱただ者じゃないって思って。」
「確かに……?そうなのかもですね……。でも正直見たことない奴がいてビビりましたよ…。こんな生物、現実でいるんだって感じでしたし。」
「お前ほんと出会ったときから肝据わってんの変わってねぇな……。」
空かさず月華が剣に突っ込みを入れる。まぁそれもそうだろう。月弥が言ったように、見たこともない生物相手に冷静な判断をして誰かを逃がして自らは戦うなんてこと、周りが見たら肝が据わっていると分かる。
「そういうさらっと言えるとこもまた肝が据わってるのが伝わるというかなんというか…ほんと、お前の言う通りだよ。…あ、そういや名前言ってなかった。今更だよね。俺は霧咲月弥。好きに呼んでくれていいよ。」
「あ、確かに名乗ってなかったな。俺は折旗月華。こいつの友人。」
「はい、俺は月華君の友達の夏野屋剣です。よろしくお願いします!」
「………夏野屋…?」
「…?はい……。」
「…………なんか心当たりあるのか?」
夏野屋という名字を聞いた途端、月弥の目が大きく見開かれた。口元に手を当てて、考え込むような仕草をする。そしてぶつぶつと何かを言っている。
「夏野屋ってあの…??月葉さんと同じ名字……よく見たら剣の耳についてるタッセルピアス……月葉さんと同じ物をつけてる………。」
「………?????」
「…?何か言ってるな…。」
剣はぼそぼそと呟く彼の声が上手く聞き取れていないのか、不思議そうに首を傾げて月弥を見ていた。月華も不思議そうに月弥を見つめていた。
「…………あ、ごめんなんか剣の名字が知り合いと同じでさ。つい色々考え込んじゃったんだよ。悪い。」
「さっきからすげぇ謝るな…。」
「いやぁなんか色々と思い出しちゃってさ。本題は話せたし、次は二人の部屋に案内するよ。」
月弥は苦笑をしながら中心部の扉を再び開き、剣、月華が出るとその扉をゆっくりと閉めた。
「中心部はいつでも使っていいからさ、何かこの屋敷で気になることあったら入って本で調べてみて。中心部にある本のほとんどは、俺の親父かそれより前の世代の人達が執筆してる。もちろん普通の本もあるけど、屋敷内の謎とか誰かが言ったことある施設だとか、そういうことも書かれてる本がある。もしかしたら今度の戦いのときに役に立つかもしれない。情報があるって心強いだろ?」
「凄い歴史があるんですね…。確かに参考になりそうなものがたくさんありそう…。」
「てか戦いって……やっぱそういうのあるのか……あの化物と対面してお前…月弥と出会ってからなんとなく察してはいたけどな…。でも急に現れたよなあいつら。」
月華の言う通り、彼らがその化物と出会うまで、生きてきてこれまで一度も遭遇したことがなかった。突然出てきたのか、あるいは何かきっかけがあったのか、月弥にもよく分からないのか、月弥も少しだけ苦い顔をしていた。
「…原因が何であれど、俺が……俺達がなんとかしなきゃならないと思ったんだ。まぁ巻き込んじゃったのは俺なんだけどさ…。俺一人じゃだいぶきつくて。親父も、その前の世代の人達もいなくなっちゃったから…。…………………俺の弟も。」
最後に小さく呟いた弟のこと。その言葉は剣と月華には届いていなかったが、月弥はそれでいいとでも言いたげな表情だった。
「……なんか、月弥君って不思議な人だね。」
「だな……。」
二人の部屋に案内し終えると、月弥は「ゆっくりしてていいからね。」とだけ残してそのまま自分の部屋へと向かっていった。こうして奇妙な謎を残したまま、二人の新たな生活が幕を開けた。
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