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廃工場で謎の薬を作っていた巨漢を祓ったと思えば、今度は営業マンみたいなモンスターが突然工場の中に現れた。
本当に突然だ。
まるで『入れ替えキャスリング』でも使ったかのように。
『あれ……? 本当にいない。サボるにしてもタイミングを考えろっての!!』
無い頭をかきむしるように手を動かすと、叫んだ。
『あぁ、ヤバい。ヤバい。これじゃあ、お客様に怒鳴られるよ。まずいよ』
そういって工場の中で、グルグルと歩き回るモンスター。
その姿を見ていればノルマに追われる営業マンのようにしか見えない。
だが、依然として首から上は無い。
不気味なモンスターのままだ。
さっさと祓ってしまおうかと思ったが、さっき口にした『お客様』という言葉が気にかかる。
あの社長の話だと、こいつらは勝手に会社の名前を借りて商品を送りつけていたはずだ。
それを不気味に思った人が、あの会社に連絡をしたことで発覚したというのがことの経緯のはずである。
だったら、誰が客になるんだ……?
そう思って首を傾げると、首の無い男が凄い勢いで俺を見た。
『そこ! そこの貴方あなた! 私たちが見えてるんでしょう!?』
「……っ!?」
完全にバレていないと思っていた俺はモンスターの言葉に思わず息が詰まる。
『ここにいた男がどうなったのか知らないですか。アレがいないと仕事が進まないのですが』
「……仕事?」
『はい! 我が社では健康食品を作っているのです。貴方あなた、健康食品ってご存知ですか? いえ、その歳では知らないのも無理はないでしょう! おじいさんやおばあさんが、酵母や青汁を飲んでいないですか? 弊社では、ああいった商材の製造から配達まで一気通貫で行わせていただいております!』
そう言いながら胸に手を当てて礼をするモンスター。
これまで色んなモンスターを見てきて、どいつもこいつも不気味だと思ったが、こいつはそんなのとは違う不気味さを持っている。
『錬術エレメンス』により魔力を精錬した俺はさっさと祓おうとした瞬間……聞くべきことがあると思い直して向かい直った。
「……ねぇ、お客さんって人間なの?」
『もちろんでございます! 弊社は「お客様の欲望を忠実に叶える」を社訓としまして、数多くの商品を取り揃えております。今は飲むだけで70年も若返り10代の輝きを取り戻せる「トリモンドール」が大変ご好評いただいておりまして、こちらで鋭意増産中でございました』
そう言うと、モンスターはカタログのようなものを取り出して、ペラペラと喋りだす。
どんな魔法が仕組まれているのか分からない以上、俺はそれを無視して聞いた。
「モンスターがお金なんて稼いで、どうするの?」
『いえいえ、お金など! お客様が一生懸命稼がれたお金をいただくなど! 弊社はそのようなあくどい商売は行っておりません。ただ、少しだけ。えぇ、ほんの少しだけ、お気持ちほど魔力をいただくだけでございます!』
「……本当に気持ちだけなの?」
『もちろんでございます!』
そう言われてしまえば、それ以上に深堀りはできない。
これ以上は平行線になるのが見えているからだ。
……だが他にも聞きたいことはある。
「聞きたいことがあるんだけど」
『はい、何なりと』
「どれくらいのお客さんに商品を配ってるの?」
『申し訳ありません。弊社のプライバシーポリシーにより、それについてはお答えすることができません』
「……会社には何体のモンスターが働いているの」
『2人でございます』
「さっきの大きい男を入れて?」
『えぇ』
「そっか」
それだけ聞ければ、もう十分だ。
そういって手を包むと……俺は最後に聞きたいことを思い出して、問いかけた。
「そういえば日本の色んなところでモンスターが増えてるって知ってる? ……あれって、この会社が原因?」
『いえ。あれは《劇団員アクター》のせいでしょう』
「……アクター?」
『おっと。これはいけない。喋りすぎてしまった』
モンスターはそう言うと、身体を左右に揺すった。
揺すると同時に、首のないモンスターの頭部分に右手が生えた。
右手が、ぬっと生えたのだ。
『失礼。命をいただきます』
「ううん。無理だよ」
俺は閉じていた手を開くと、そこから現れるのは真っ白い妖精。
いたずら好きな彼女たちは、俺の手元から消える。
そして首のないモンスターの足を掴んで、消した。
『……なんと』
次に、モンスターの腹部がまるごと消える。
ダルマ落としみたいに、モンスターの上半身が地面に落ちる。
『祓魔師相手に営業トークをしかけていたなんて……!』
頭代わりの右手が地面に付くと、そのまま指を使って綺麗に跳躍。
『一度やってみたかったんだぁ……!!』
だが、飛んだモンスターの上半身はそのまま消えた。
ピクシーがどこかに連れ去っていったのだ。
そして、残された下半身が黒い霧になっていく。
完全にモンスターが消えたのを確認してから、俺は工場の中に入った。
窓の外から見ていた時とは比べ物にならないくらいに濃い血の臭い。
鉄臭さ、というのだろうか。
生臭さ、というのだろうか。
言い方なんてどっちだって良いんだが、とにかく吐きそうなくらいに血の臭いがする。
その臭いの元を追いかければ、天井からぶら下がっている赤い蔦つたにたどり着いた。
その蔦つたはさっきまで赤い蕾つぼみがぶら下がっていた蔦つただ。
なんで血を出す蕾つぼみなんか咲かせるのか分からないが、これもモンスターの1つだと思えば不思議な生態も理解できる。
「じゃあ、これも祓わないといけないのかな……?」
思わず一人言を漏らしながら、俺は天井を見た。
そこにはびっしりと赤い根が天井を伝つたっている。
……どうしよう?
除草剤なんかがあれば楽なんだろうか。
いや、流石にモンスターに除草剤は効かないか。
困った俺はとりあえず『導糸シルベイト』を蔦つたに絡ませて、『属性変化:炎』により炎を放ってみることにした。
植物といえば炎だろうという安直な考えだったが、赤い茎たちが炎を放たれるやいなや、それを嫌がるように激しく全身を震わせて……そして、黒い霧になって消えていく。
廃工場に燃え広がらないように、しっかりと火が消えたのを確認してから工場の外に出る。
……なんというか、あっという間だった。
思わず俺は立ち止まって工場を振り返る。
初仕事だからと気負っていたが、いざ終わってみれば大したことはない。
いつもやっていることと、ほとんど変わらなかった。
でも、この仕事を受けてみなかったら俺はいつまでも、自分1人で仕事をすることを怖がって前に進めなかったと思う。それは確信できる。なんてったって前世で同じようなことをやっているんだから。
だから、この仕事は受けてみて良かったと思った。
思ったのだが、いつまでも達成感を噛み締めている場合でもないことは分かっている。
さっき、首のないモンスターが口にした『アクター』という言葉。
それが俺の中で引っかかっているのだ。
とりあえず、帰ってアカネさんに聞いてみよう。
俺はそう思いながら、初の仕事場を後にした。
無事に初仕事を終えることができたのだ。