真っ暗だ。どれくらいの時間が。
昔にも感じたことのある感覚だ。
なにもない、なにも思えない。なにも感じない。
全て拒絶して、全てを諦めて。
暗く、深く落ちていく。
__嗚呼、また。
いいや、もう。こんな世界。
幼少期の記憶は無い。
いくら思い出そうともある程度の事を考えられるようになった7歳ほど以前の記憶がない。
1番最初の記憶は1面の青い空と、ずっとこの景色が広がっているのでは、と錯覚するような広々とした野原だった。
綺麗だと、思えたんだ。
道なんて提示されることもなく、理由もわからなく生まれ落ちた自分は、1年ほど宛もなく歩き、多くの物を見て知った。
始めはこの生まれ落ちた島国を見た。外にも出てみた。
何故か、なんて理由はわからなかった。あの景色を見たからか無性にそうしたくなった。
だが何か、興味をそそるといったものはなかった。
沢山歩いて、沢山のことを知った。
そしてわからなくなった。
わからなくなって、辞めた。
歩くことを、前を見ることを。
なにもない暗闇を歩き続けるのは。
自分が何のかさえもわからないのだ。最初から誰もが生まれた瞬間に用意されるであろう用意された道がなく、前には暗闇しかなかった。
疲れたんだ。
なにもない暗闇を、宛もなく歩くのは、進むのは。
歩みを止めたのは初めにいた場所だった。
水竜と雷竜が住む、大きめの島国。
竜、と言っても形は人だ。水竜と雷竜はずっとお互いを嫌い、敵対し合っている。
これも生まれ落ちてから宛もなく歩いたここ1年で知ったことだ。
初めにいた場所。今見えている景色はあの時、初めてこの世界を見た時の様な綺麗なものじゃなかった。
雷竜の領土の、大きな街の治安が良いとは言えない裏路地。
いつまでだろう。背をビルの壁に預け、ずっと座っていた。
(……………。)
なにもない。
様々なものを見た。自分がこの世界に存在する人々と違うと知った。水を飲まなくても、ご飯を食べなくても死ぬことのないこの体。誰もが生まれ持つ名前を、そして親というものを持たない自分。
どこに行けばいいのだろう。
ここはどこだろう
誰だろう自分は
この世界は、何なんだろうか
なんの為に、自分は。
まるで、ずっと真っ暗な空間にいるみたいだ。
ただ、存在しているだけ。
意味もなく。
ただ、そこにいるだけで夜が明けて、朝が来る。
人と関わることなく。もう、動く気力なんか消えてしまって。
ずっとそこにいるだけ。
死ねない。死ねない、地獄で。
今日も朝はきて。
(……………。)
どれだけ時間は経ったのだろうか。
もう、この地獄以外がわからなくなった。
それ程、ずっと。永遠とも感じる程に長い時間を。
もう長いこと、全ての情報をシャットダウンしていた。
彼は壊れていた。なにも感じない。なにも思えない。
「君か。回収を命じられた水竜は。」
どれほどたったのか、彼にはわからない。
ある日、彼の前に1人の男が現れた。
「…………………。」
彼は答えない。気付かない。瞼は頑なに閉じられている。
まるで見ることを拒絶する様に。自分が生きていると、認めることを恐れているように。
「反応ねぇな…死んではないようだが。まぁいい、回収が楽になっただけだ。」
男は彼の体温と呼吸を確認するとそう呟き、彼を抱き上げる。
そしてここへと現れた空間を繋ぐゲートらしきものに彼を抱いたまま通った。
「早かったな」
「寝てるのかわかんねぇけど。動かなかったから」
「死んでるんじゃ?」
「いや、息はあるし冷たくない。」
「そうか。久々の実験体だからな。丁重に扱え」
「わかってるよ」
ゲートの先は機械に囲まれた部屋だった。
そこにはまだ成人してそこまで経っていないくらいの女性がいた。
男は機械に囲まれた部屋の真ん中にある診察台らしき台に彼を寝かせ、念の為と拘束具で診察台から動けないようにする。
「仕事はしたぞ」
「あぁ。ご苦労さん。」
彼を寝かせ、男が離れると女性が寝かされた彼に近づく。
研究前の身体検査、といったところだろう。
「……またこの子も死んでしまうのかね」
血液検査の為に彼の血液を抜きながら、女がふと言う。
“また”。
「…わからないさ、そんなもの。ここじゃ死ねた方が楽だろう。俺達がいくら願っても、結局は彼奴等と一緒だ。」
「そう、加害者な事には変わらない。それは事実だ。」
それでも、願いたい。
“彼処”へ行く子供たちが必ずここで身体検査を受ける度に。
「幸せになってほしいな。」
彼女らは彼を攫った身だ。それでも、
それが、彼が受けた初めての情だった。
彼は長く閉ざしていた瞼をそっと開ける。
その瞳は綺麗な空色だった。
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