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あれから数日が経過した。
渋谷さんがあれからどうなったのか。あの香水がちゃんと使えるものになっていたのか。確かめたいことは色々あったのだけれど、今のところ私は通学時にも帰宅時にも渋谷さんとは出会うことができずにいた。
まぁ、出会わないってことはうまくいったんだろう。失敗したのであれば、また暗い顔をして肩を落としながら、とぼとぼふらふら歩いてるはずだし。
そんなふうに私は楽観的に捉えることにした。
そして私は、今日も今日とて、真帆さんのいる魔法百貨堂に惚れ薬のアンプルを届けに向かっていた。
一ヶ月くらい毎週のように結構な量を魔法堂まで届けているけど、いったい真帆さんはどんなことにコレだけの量を消費しているのか、気になるところだ。
「こんちわ〜、真帆さん」
「あら、いらっしゃい、茜ちゃん」
魔法堂の引き戸を開けると、カウンターの向こう側で何やら薬を調合している真帆さんの姿があった。
「いつものお届け物ですけどーー何作ってるんです?」
カウンターの上にアンプルのケースをヨイショと置きながら訊ねると、真帆さんは「これですか?」と茶色い液体の入った試験管を軽く振って見せてから、
「惚れ薬の濃度をどこまで極められるか実験中です」
「……なにそれ。どゆこと?」
「ほら、惚れ薬って、基本的に薄めてから色んなものと組み合わせて使うじゃないですか。香水だったり、押し花だったり、人によってはタバコにしたりとか」
「だね。私もこないだ初めて香水を作ってみたよ」
「うまくできましたか?」
「さぁ? 渋谷さんに渡しちゃってから、まだ効き目があったか聞いてないんだよね」
すると真帆さんは目を丸くして、
「まさか、試しに使いもせずに人にあげちゃったんですか?」
「……やっぱりまずかったかな」
まぁ、薄々そんな気はしてたんだけれども。修行中の身で勝手にそんなこと、するもんじゃないよなぁ、とは思ってたんだよね。
「茜ちゃんもなかなか猛者ですね。私、中学生の頃にそれをやって、おばあちゃんから泣くほど叱られましたよ」
おばあちゃん、というと神楽くんのおばあちゃんと仲の良かったらしい、カホコさんのことだ。この魔法百貨堂の先代の店主で、真帆さんとは見た目がよく似ていたのだそうだ。生きているうちに一度会ってみたかった。
真帆さんは「ぷぷっ」と吹き出すように笑ってから、
「……ミキエさんにバレたら、茜ちゃんも泣くほど叱られちゃうかも知れませんね」
不吉なことを口にして、ニヤリと笑む。
私はそれにビビって両手を振り、
「ちょ、ちょっと真帆さん! おばあちゃんにはチクんないで! お願い!」
パチンと女神様を拝むように手を合わせれば、
「仕方ありませんねぇ。貸しひとつですよ? 次からは何かあったら、ミキエさんか私に相談してからにしてくださいね」
「重々肝に命じます……」
ほっと胸を撫で下ろしてから、私は改めて真帆さんに訊ねる。
「んで、真帆さんはそんなもの作ってどうするつもり?」
「さぁ? どうしましょうか?」
「……考えもせずに作ってるわけ?」
「私が何かを考えて行動するなんてこと、あるわけないじゃないですかぁ〜」
「あるわけないじゃないですかぁ〜って言われたって、こないだ知り合ったばかりでそこまで真帆さんのこと、知りませんよ」
「あれ? そうでしたっけ? 私はもうすでに一年くらい経ってると思ってました」
「一年って……時間の感覚おかし過ぎない?」
「まぁまぁ、それだけ茜ちゃんに親近感が湧いてるってことですよ! 喜んでください! 茜ちゃんは私のお気に入りです!」
「変に弱みを握られちゃったから、喜んで良いのかよくわかんないんだけど?」
「アレくらい、弱みのうちにも入りませんって。私なんてほら、惚れ薬の濃度を極限まで極めようとしているんですよ?」
「それ、ダメなことなの?」
「ダメっていうか、一応禁忌ですね。やり過ぎると一瞬で恋に焦がれて焦がれ死にしちゃう劇薬になるらしいので」
「こ、焦がれ死にっ!? 死ぬの? 死んじゃうの? 惚れ薬で?」
「はい、もちろん」
真帆さんはさも当然であるかのように答えてから、
「なので、全魔協ーー全国魔法遣協会では禁忌指定されてますね。作ったら除名処分です」
「除名処分って、いいの? 真帆さんも全魔協に入ってんでしょ?」
「バレなきゃいいんですよ、バレなきゃ!」
ふふふっと微笑んで見せる真帆さんだったが、その笑顔の向こうに濃い影が見えたような気がして、何とも恐ろしい。
「お互い、この秘密は胸に秘めて、仲良くやっていきましょうね、茜ちゃん?」
「あ〜、うん、はい……」
ここは大人しく肯定しておいた方が身の為だ。
私はそう思いながら、こくりと素直に頷いたのだった。
……ふたりめ、了 さんにんめに続く。