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6.甘くて苦い、 記憶は消えない。
あの日は黒名と一緒に家に帰った。
帰りの電車で黒名は何も言わずに体を寄せる。
その暖かさで眠気が襲ってくる。
次の日、俺は凛と一緒に昔よく行っていた遊園地に行く約束をする。
行くのを躊躇ったが凛と向き合いたいのは勿論、黒名の心配そうな顔を裏切ることができなかったからだ。
「ごめん、遅くなった。」
5分前というのに凛は集合場所の駅まで来ていた。
「…俺が早く来すぎた。行くか。」
俺の歩幅に合わせるようにして横を歩く凛。
あの頃に比べて痩せた気もする。
前髪も伸びていて目に入らないか心配だ。
(って何彼女ぶってんだよッ!今日はデートじゃないんだぞ!!)
1人で顔を赤くして自分をコントロールしようとしていると凛は不思議そうにこちらを見ていた。
「すげぇ…!遊園地なんていつぶりだろ。」
「離れんなよ、小さいんだから迷子になる。」
「一言余計だな、笑じゃあ手でも繋いでろよ」
「…分かった。」
冗談のつもりでそう言い放つと凛は俺の手を救うようにして握りしめた。
「…え」
「先に煽ったのはお前だろ。第一、別れたからって諦められると思うなよ、チビ潔。」
改めて再会した時、別れを告げた時の気まづさはもうなかった。
少しだけあの頃の幸せな日々に戻っている気がする。
凛の隣にいることに安心をしてしまう自分がいることが嬉しいんだ。
凛の手を強く握り返すと笑いかけた。
久しぶりに見た凛の横顔に思わず触れたくなる。
話さないといけない。あの日のことを。
冴に言われた通りちゃんと伝えないと始まらないんだ。
「楽しかった〜!本当にデートみたいだな」
「煽ってんのか馬鹿にしてんのか。」
「どっちでもねぇよ笑」
帰りの電車に揺られながら2人並んで座る。
少しだけ空いた隙間が寒い。
先に口を開いたのは俺だった。
「…話すよ。今日ずっとこの話を持ちかけなかったのは凛の優しさだろ。ちゃんと話すから。凛が納得するまで付き合うよ。」
凛は何も言わない。
ただ窓の外を見ながら腕を組むだけだ。
「別れる前の日。玲王が居なくなる前日だな。本人に会ったんだよ。凪の病室で。」
「玲王、先生はなんて?」
「…栄養はチューブで送ってるから大丈夫だって。肺も応急処置として塞いであるから後は回復を待つだけ…。でもあくまで応急処置だ。完全な手術を行うには本人の回復が先らしい。」
あの日、俺よりも先に病室に玲王はいた。
凪の腕を濡れたタオルで拭きながら疲れ切った目を向けた。
きっと眠れなかったんだと思う。
この日は凪が通り魔事件にあって3日後。
今思えば玲王の話し方には納得の行かない点も多かった気がする。
目の下の隈、全体的に痩せた体。つっかえるように無理やり出している声。見納めのように凪からも目を離さなかった。
「玲王、大丈夫だよ。凪は絶対回復する。そうだ、凪が目を覚ましたらお祝いしよう。」
できる限り明るくそう提案すると玲王は口だけで笑ってこう言った。
「潔は幸せになれよ。」
あの時、無理矢理にでも帰ろうとする玲王の手を掴むべきだった。
凪を無理矢理起こすべきだった。
今更言っても遅いのは分かってる。
あんなことを俺に言ったのは玲王が諦めを取ったからだろうか。
凪が目覚めないと悟って逃げる覚悟を決めた。
だから俺達の代わりに凛と幸せになれ。
そんなメッセージだろう。
その日の夜、俺も覚悟を決めた。
誰のせいでもない。自分の弱さのせいだ。
玲王のあの引き攣った笑顔を思い出す度、凛とはもう居られないと思った。
でも離れてから凛のことばっかり気にする。
黒名にも迷惑をかけたし結局何一つ解決しない。
冴に会うのが楽しみで期待していたのは冴との繋がりなんかじゃない。
今なら確信を持って言える。
ずっと凛とやり直す為のきっかけを探していたからだ。
「…凪は。凪は今どうなってんだ。」
「……先月会いに行った時にはまだ眠ってた。状態は回復してきてるし肺も繋がって治りかけてる。呼吸も安定してきてもしかしたら目も覚めるかもって。」
「御影はまだ見つかってないんだろ。ニュースでも報道されてる。」
「うん、いなくなってから2年経ったんだ。」
「……悪かった。」
電車の中で周囲に人はいない。
夜遅く月明かりに照らされる車内で凛は俺をいつもより優しく抱きしめる。
「何も知らなかった…御影のニュースのことも凪の事故のことも。お前の辛さなんか何一つ気づいてやれなかった…」
「泣いてんのか…?」
「誰のせいだと思ってんだよッ… 」
強く、でも優しく俺の腰に手を回す。
向き合うように額を合わせると目を瞑る。
優しさを残したまま俺たちはキスをした。
凛の涙を手で拭うも次から次に涙は溢れてくる。なんやかんやこんな凛は初めてだ。
「もう泣くなよ、凛。」
「お前もな、世一。」
「…また、やり直せるかなぁ…?」
震えた声でそう呟くと凛は黙って頷いた。
「もう、離さねぇからな。」
凛の暖かさに懐かしみながら聞き慣れた街のアナウンスを耳にする。
2人並んで手を繋ぐと開く扉から足を踏み出した。
「御影コーポレーションの後継ぎと予想されていた息子の御影玲王さんが居なくなって明日で丁度3年が経過します。」
何度も耳にした自分の名前。
明日は俺が姿を消して3年。また凪との3年目の記念日だ。
俺は明日、全てを終わらせようと思う。
父さん、母さん。俺の人生は退屈だった。
でも凪に出会えた。また凪を手放した。
もう待てない。凪に会いたい。疲れたんだ。
俺は、もう宝物を守る意味を見出せない。
終わりにしよう。
…俺の分まできっと、潔が笑ってくれるから。
凪。ごめんな。明日、絶対終わらせる。