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次の日。
私は、お母さんの作った惣菜が入ったタッパーとノートパソコンを持ってきた。
ギターは、悠が一人で練習するために、彼の部屋に置いとくことにしてある。
お母さんが作ってくれた夕食を二人で食べてから、すぐに研究会の資料作成を始めた。
悠が、書こうととしている資料の内容は簡潔にいうと『集団の中で、友達への関わり方が不器用な子への、心に寄り添った声かけ、温かく見守ることの必要性』だ。
内容としてはとても良い。ちゃんと、パソコンが使えたらだけど。
「はーる。ちょっと来て。キーボードのTってどこー?」
「真ん中の上のほうっ」
「小さい『っ』が打ちたいんだけど、どうやってやるんだっけ?」
「ねぇっ!ローマ字習ったでしょ」
私は呆れた。
タイピングが遅すぎる。
初めてピアノを触る子どものように人差し指でキーボードを一つずづ押している。
「晴ぅ〜。大変だ。セーブ、セーブができない」
「はぁ。保存ね」と、ため息をついたが、ここまでは想定内。
私は、約二年半付き合って、悠という人間をだいぶ理解してきている。
悠は小難しいことを覚えようとしない。
本当はやってみると簡単なことも、面食らって最初から自分にはできないと覚えようとしないのだ。
そんな悠に対して、私は秘策を用意した。
「悠、今から私が保存の仕方を教えるから、このノートにメモして」
私は、さっきコンビニで買ってきたノートを渡す。
「ノートをとればいいってこと?」
「そう。わからないことがあったら私が教えるから、全部このノートにメモするの。そうすれば、今度から忘れちゃってもノート見ればわかるでしょ。自分だけのわかりやすい説明書を作るんだよ」
「さっすが晴!天才じゃん」と、感激する悠。
「はいはい。当たり前のことだから」
資料作成くらいなら、そんなに難しくない。きっとこのノートは半分も使わないだろう。
忘れてしまったことの確認だけじゃなくて、本当は難しいことじゃないんだよ。と、悠に気づいてほしいという狙いもあった。
しかし、このノートはあっさり半分以上埋まった。
悠が、いちいちバカでかい字で書くからだ。
ノートは効果覿面で、悠はパソコンの使い方で困らなくなった。
それでも、まだ問題がある。タイピングが凄まじく遅い。
この調子では、せっかく思いついた文章も忘れてしまう。
「仕方がない。作戦変更っ!」と、私が言った時「疲れたー」と、悠が机に突っ伏した。
もう集中力が限界らしい。先が思いやられる。
「まずは、原稿用紙に悠の思いついたことを書く」
うんうん、と頷く悠。
「原稿用紙に書けば文字数もわかるでしょ。そして、最後に文章で間違ったところがないか確認しながらパソコンで打ち込んでいく」
「晴ぅ。やっぱ天才かよ」
「間に合わないようなら、私も打ち込むの手伝うけど、なるべく悠が自分でやるんだよ。ギターみたいに慣れればすぐできるんだから。提出も文字数は決まってるの?」
「確か、2000字以内って園長先生が言ってた」
「一般的な400字の原稿用紙なら五枚か」
「よし。じゃあ今から買ってきて早速やる!」
まだ書店が営業している時間だったので、悠が原稿用紙を買いに行った。
今日は、もう私のできることはなさそうなので、解散してまた明日続きをやることにした。
寝る前、十二時頃に、私が布団に転がってスマホを見ていたら、悠から【原稿用紙かけた】と、メッセージが届いた。
原稿用紙を買ってきて、そこから書き出したとして約一時間くらいで書き終えたことになる。
そんな早く書けるものなのかと思いつつ、彼なら書けてしまいそうな気もする。
とりあえず、明日は悠の書いた原稿用紙の確認だ。