コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
◆◆◆◆
「うわ……」
体育館に入った渡慶次は、木村の亡骸を見て、思わず手の甲で口を覆った。
「なんだその反応は。レディーに対して失礼だろ」
なぜか裸足姿の比嘉は体育館の真ん中で胡坐をかきながら笑った。
「…………」
睨み合う2人の視線を遮るように間を抜けた知念が、おもむろに木村のスカートを捲り上げた。
「……彼女だね。パンツの持ち主」
そう言いながら無表情な顔で振り返ると、渡慶次はもちろん、鉄棒を片手に他者の侵入をけん制していた照屋と玉城も眉間に皺を寄せた。
「ゾンビは体液で感染・増殖するんだ。噛まれた人は?」
知念が皆を見回すが、どうやら幸いにして噛まれた人物はいないようだった。
「つまり……ゾンビはゲーム上からいなくなたってことか?」
渡慶次の質問に、
「いや」
知念は顎に手を添えながら言った。
「ゾンビはいくらでも出現する。だってゲームクリアのためには、全てのキャラが必要だから」
「――おい、さっきから何なんだよ」
比嘉が片目を細めながら知念を胡散臭そうに見上げる。
「お前、このゲームについてなんでそんなに知ってんだよ」
「…………」
黙り込んだ知念の代わりに吉瀬が口を開いた。
「このゲームを作ったのは知念の父親らしいんだ」
「!?」
比嘉、照屋、玉城と東はもちろん、上間も驚きに目を見開いた。
「……はあ?ふざけんなよてめえ!!」
動いたのは照屋だった。
「じゃあ、お前のクソ親父のせいで、俺たちはこのわけのわからないゲームに参加させられてるってことじゃねえか!!」
スタスタと知念に歩み寄ると、その華奢な胸倉をつかんだ。
「俺たちにURLを送ったのもお前の親父か!?」
「おい照屋、やめとけ」
比嘉が言うも聞かない
「もしかして、息子がイジメられた腹いせかよ!?」
体育館にその声が響き渡る。
「――――」
黙り込む渡慶次の横で、上間がすうっと息を吸い込んだのが分かった。
渡慶次は視線を知念に移した。
しかし彼は数分前と変わらない貼りついたような無表情さで、木村の亡骸を見下ろしている。
「何とか言えこら!!」
照屋が右手の拳を握ったところで、やっと知念の瞳は彼を映した。
「……それは無理だな。だって――」
知念は口の端を上げながら言い放った。
「親父はもうとっくに死んでるから」
「……死んでる?」
照屋が表情を濁らせる。
「うん。10年前に」
知念は何でもないことのように淡々と話した。
「だからこのゲームは配信停止になったんだよ」
衝撃的な話に照屋の手の力が弱まると、知念は静かにそれを払い、木村の亡骸のそばにしゃがみ込んだ。
「俺が5歳の時だった。このゲームのことを知ったのもずっと後になってからだよ。もちろんプレイしたことはないし、実際の画面を見たこともない。ただ、親父の遺品整理の時に、このゲーム創作のプロットやキャラクターデザインのメモなんかが出てきたってだけで」
「そんなメモで、ここまで詳細に覚えられるかよ……!」
照屋がなおも疑いの眼差しを向ける。
「覚えるよ。だって、親父の残したたった一つの遺品だから」
知念はここで目を細め、初めて感情のこもった表情をした。
「―――とにかく!」
沈黙を破ったのは上間だった。
「知念君はこのゲームのURLを送ってないって言うんだし、現に私たちがこのゲームを攻略できるように協力してくれてるんだしさ。信じてあげようよ!」
その言葉に吉瀬も頷く。
「そうだな。知念に頼らざるを得ない」
「―――攻略ぅ?」
比嘉が胡散臭そうに知念を見上げる。
「そんな方法あるのかよ?」
「うん。ある」
知念は言葉少なに答えた。
「攻略すればみんなここから出られるっての?」
「たぶんね」
「死んだ奴は?」
「…………」
「そんなことしなくても全員が死んだらゲームオーバーで戻れるんじゃねえの?」
玉城が鉄棒を肩に引っ掻けながら笑う。
「それは俺にも………」
言葉に詰まる知念の代わりに答えたのは、
「生き返らないよ」
男の声だった。
皆が振り返ると、玉城の立っている扉の向こうから、男子生徒がこちらを覗いていた。
「平良!?」
渡慶次が叫ぶ。
「お前、生きてたのか!!」
「………渡慶次ぃいいいいい!!」
平良はたまらなくなったのか、玉城の脇をすり抜け、全速力で駆け寄り、そのままの勢いで渡慶次を押し倒した。
「お……おい……!」
「生きてるぅ!渡慶次、生きてるよおおお!!」
皆が唖然とする中、平良は押し倒した渡慶次の胸に頬ずりを繰り返す。
「わかったって!大袈裟だなぁ」
渡慶次は苦笑しながらその頭に手を置いた。
非日常のパニック下にいるからだろうか。
いつもはうざったく感じる平良の愚鈍さが妙に落ち着く。
「大袈裟なんかじゃないっ!」
平良は目に涙をためながら渡慶次を見つめた。
「俺、渡慶次が死んだ世界から来た!」
「――は?」
わけがわからないのはいつものことだが、皆がその言葉に首を傾げる。
「未来からってこと?」
渡慶次が半分馬鹿にしながら平良を見下ろす。
「そう!!」
てっきり否定してくるかと思いきや、平良は大きく頷いた。
「俺、このゲーム、2巡目なんだっ!!」
「2巡目?……2回目ってことかよ?」
皆が目を丸くするのに構わず、平良は続けた。
「渡慶次、お前はもうすぐ殺される!このゲームの最恐最悪キャラ、“舞ちゃん”に!」
その言葉に知念がピクリと反応する。
「……舞ちゃん?」
そのとき、
スタン……。
スタン……。
スタン……。
スタン……。
足音が響いてきた。
「……?」
皆が振り返る。
体育館で歩いているものはいない。
足音は扉の外の廊下から聞こえてくる。
「…………!」
何かに気づいた玉城が、鉄棒を両手で握り直す。
スタン……。
おそらく、ゾンビではない。
スタン……。スタン……。
絶対、教師でもない。
スタン……。スタン……。スタン……。
多分、医者でもない。
――じゃあ………誰だ?