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ガラの悪そうな男が俺たちの前に現れる。
汚い薄ら笑いを浮かべ、葉月と五月さんを視界にとらえた。
「いいなぁ、楽しそうにしてwもしかしてその子、弥生ちゃんの彼氏?www」
「にしてはパッとしないねぇwせっかくそんな可愛いんだから、もっといい男を選ばないと」
男の言葉に、葉月と五月さんが顔を歪める。
「それ、あなたたちに関係ありますか?」
「……九条くんを悪く言わないでください」
言い返す二人だが、声が確かに震えている。
男たちは二人の言葉にケラケラと笑い声をあげた。
「あはははっ!!! 今日は珍しく言い返してくるんですねぇwww」
「いつもは『勘弁してください』の一点張りなのに」
「「っ!!!」」
男たちが二人に近づく。
そしてニヤリと笑みを浮かべて言った。
「ってか、関係ないわけないでしょ。おたくらウチにいくら“借金”してると思ってるんですか?w」
男の言葉に体を震わす二人。
なるほど、そういうことだったのか。
つまりこの男たちは借金の取り立て屋。
交流がありそうなのも、何度も訪れているからなんだろう。
「そんなに関係切りたいなら早く返してくれます?w」
「っ! か、返してますよね? 言われた額は前にちゃんと……」
「困るなぁ! ただでお金貸したらウチ儲かんないでしょ!www」
「利息分がまだなんですよ。このままだとどんどん膨らんでいきますよ?w」
「正規の利息分はちゃんと……!」
「とっとと返せよ、なァ?」
「「ッ!!!!」」
葉月と五月さんの顔が恐怖で滲む。
「前に言った話、覚えてます? もし返せないんだったら、その体をもって……ねぇ?w」
男がいやらしい目つきで、舐め回すように五月さんを見る。
他の男たちも下卑た笑みを浮かべながらじっくりと五月さんの体を眺めた。
「なんなら弥生ちゃんもどうですか? そうすれば一瞬で借金返せますよ?wむしろこんなボロい美容室経営しなくてもいいくらい稼げると思いますけどwww」
「っ! それは……」
「簡単な話じゃないですかwお互いに気持ちいことして、そっちは借金がなくなる。俺たちとも関係が切れる。万々歳ですよw」
「彼氏くんには悪いけど……ねぇ?www」
さらに男たちが二人に迫る。
「どうします? 今この場で返事聞いてもいいんですよ?」
「でもそっちの答えなんて一つしかないですよね?w」
「っ……!!!」
二人が男たちに迫られて、どんどん体を縮こまらせる。
さすがにこれ以上は見ていられず、俺はすかさず間に割り込んだ。
男たちの顔に明らかに苛立ちが走る。
「あァ? なに君w」
「邪魔しないでくれる? これはウチと葉月さんの問題だからさぁw」
威嚇するように俺を睨みつける男たち。
しかし、俺は一切怯むことなく言い放った。
「お引き取り下さい」
俺が言うと、男たちの顔が怒りで満たされる。
「ッ!!! 調子乗んなよテメェ!」
「ヤンのか⁉ アァッ⁉」
「――お引き取り下さい」
「「「ッ⁉⁉⁉」」」
圧をかけると、男たちが後ずさる。
どうやら本能が危機を察知したらしい。
それに周囲を見渡せば、通りかかった人たちが訝し気に男たちを見ていた。
「……チッ。行くぞ」
「あ、あァ」
苛立ちを露わにしながら、これ以上騒ぎになることを恐れたのか男たちは立ち去って行った。
背後を見ると、未だに二人の顔には恐怖が滲んでいて体も震えている。
俺は安心させるために二人の肩に手を置いて、できる限りの優しい表情を浮かべた。
「もう大丈夫」
「九条くん……」
「ありがとう。……そして、ごめんなさいね。怖い思いさせて」
「いえ」
二人が落ち着くまでゆっくり待つ。
そして緊張が和らいだのがわかってから俺は訊ねた。
「あの、今のって借金の取り立て屋ですよね?」
「……そうなの。この店を開くときに借りて、ちゃんと返したんだけど身の覚えのない利息が付けられててね。それで……」
「ひどいですね」
以前に不当な利息をつけられたという話を店で聞いたことがある。
もしかしたらその一派かもしれないな。
「しかもうちは働き手が私しかいなくってね。夫は、この子が小さい頃に病気で亡くなっちゃったから」
「お父さんが……」
葉月が俯く。
胸がぎゅっと締め付けられる。
俺もまた、同じような経験をしていた。
母子家庭。
それはうちもそうだ。
俺も父さんを幼い頃に失って……。
「って、ご、ごめんなさいね~! 巻き込んで、変な話までしちゃって~! 九条くんは気にすることないのよ~!!!」
「…………」
五月さんはそう言うが、俺はもう葉月家の問題を他人事のように思えなかった。
それはもちろん、目の前に理不尽なことで苦しんでいる人がいるのを見過ごせないという気持ちもある。
しかし、それ以上に俺は“俺と同じ葉月”を見捨てられなかった。
それはどこか、幼い頃の自分をも見捨てるような気がしたから。
「でもこうなると店を閉めるしかなさそうね……残念だけど」
五月さんが諦めたように呟く。
きっとあんなのが定期的に来るから店はがらんとしていたのだろう。
まさに負の連鎖。
五月さんが店を閉めるという結論に至ってしまうのも頷ける。
すると葉月がぽつりと呟いた。
「……私、この店が好き。だから閉めたくない」
「弥生……」
「だってこの店は、お父さんとの思い出が詰まった場所だから。それに私、この店で美容師さんになるのが夢なの。だから……閉めたくない」
初めて聞いた、葉月の気持ち。
きっと葉月は無理を言って自分の気持ちを押し通すことをしないタイプだ。
なのに今は、こうして……。
「ごめんね、ごめんね弥生……」
「お母さん……っ」
二人が目に涙を浮かべる。
それはたまらず溢れ、地面に零れ落ちた。
……こんなのダメだ。
誰かが理不尽に苦しめられるなんて。
葉月がこうして、悲しまなきゃいけないなんて。
心の中で、決意が固まる。
俺のすべきこと、したいことが決まった。
「葉月」
声をかけると、葉月が顔を上げる。
取り繕おうとして、それでも不安が滲んだ瞳をまっすぐと見つめ、俺は言い放った。
「――俺が何とかする。だから任せろ」
何とかしてみせる。
身近な人が理不尽に涙を呑むなんて、そんなのは許せないから。
ちりん、と扉が開く。
荒瀧さんはいつもの席にやってきて、グラスを拭く俺を見据えた。
「良介くんから呼び出してくるなんて珍しいな。で、話って何かな?」
グラスを置き、いつものウィスキーを注ぐ。
そして荒瀧さんの前にことりと置くと、力強く言った。
「お願いしたいことがあるんです」
俺が言うと、荒瀧さんはふっと笑ってすぐに答えた。
「――もちろんだよ」