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一際大きな氷は砕け、中にいたアゲハは解放される。
「ふぅ……死ぬかと思った」
そう思ったのは、氷漬けにされたことが原因ではない。
今目の前に広がっている光景――――大きなクレーターが原因だった。
分身体だったとはいえ、これを生んだ衝撃の中心に自分もいたのだ。
「シルフィ殿は……無事のようですね」
しかしその姿は、俯いたままでどこか様子がおかしかった。
その近くにはマリオンが大の字で仰向けに倒れている。
アゲハはクレーターの中心に飛び降りると、シルフィに声をかけた。
「いやはやとんでもない威力ですね」
「――え? あっ…そ、そうですね、必死だったもので……」
シルフィは一瞬ビクッとする。
その反応にアゲハは首をかしげるが、それよりもマリオンの様子が気になっていた。
「あれほどの威力で気を失っているだけ……?」
「え、えぇ……そういうイメージで神力を使いましたから」
ほほう、とアゲハはよくわかっていないが、わかったフリをした。
「なるほど……ホーリーダイブ、見事な一撃でした」
アゲハは素直に称賛したつもりだったが、シルフィの顔はみるみる赤くなっていく。
「やっぱり聞こえてましたか……できれば忘れてください」
シルフィはガクッとその場に膝を付き項垂れた。
「忘れろとは……ホーリーダイブをですか? かっこいい必殺技じゃないですか」
かっこいいというワードに、シルフィはまんざらでもなかった。
恥という感情が一瞬で照れに変わると、スッと立ち上がり少し挙動不審気味に話し始める。
「そ、そうですか? たしかに私も咄嗟だったとはいえなかなかしっくりくる名前だと――――
「しかし忍法や魔法と違って、技って別に言葉にしなくてもいいものだと思ってました」
アゲハの言葉は――――正確にシルフィの急所を突いた。
照れは一瞬で恥に戻る。
しかしそこで――シルフィは閃いた。
ガシッと力強くアゲハの両肩を掴むと、早口で解説を始める。
「そ、それはですね、自分の理想を体現化――――そしてイメージを具現化するのに、言葉というのは非常に大事な要素なんですよ。ほら、言霊ってあるでしょ? あれはまた少し違うものかもしれませんが、おそらく元を辿れば概念としては似たものになるはずで――――」
「な、なるほど…………?」
勢いでなんとなくアゲハは頷いた。
実際のところシルフィは適当なことを言った。
多分、そんなことはないと思いながら……。
「鉱山都市での件とか、色々思うところはありますが……」
二人は気を失ったマリオンを縛り、空き家へ放り込んだ。
「エルリット様のお師匠様と面識があるようでしたね」
「エルさんの師匠……星天の魔女と何か因縁が――――
――――二人は瞬時に強力な気配を察知し、後方へ跳んだ。
瞬きをする間もなく、その場に斬撃が走る。
遅れて衝撃と共に良く知る赤髪の剣士が姿を現した――――
「――リズさん!?」
しかしその肌は褐色に染まり、瞳は角膜部分が金色に、本来白い部分は真っ黒に変色していた。
「…………」
シルフィの声に、リズの返事はない。
それどころか、一切の感情の動きを見せなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
――――時は少しだけ遡る。
リズの一撃で倒れたゲオルグは、ただ気を失っているだけだった。
それを確認した執事は、ホッと安堵する。
「良かった……本当に傷一つない。真っ二つにされたようにしか見えませんでしたが……」
「なに、強大すぎる力で暴走していたようだったからな。だから体内の魔力を斬って、魔力切れで気を失っただけだ」
リズの説明に、執事は困惑した。
「体内の魔力だけを斬ったと……? ま、まぁくわしく聞いても、私には理解できない領域のようですね。ところで……目を覚ましたらゲオルグは正気に戻ってるんですかね?」
「それは……保証はできん」
ただすでに、ゲオルグから魔神の力は感じなかった。
仮に回復したとして、斬ったはずの借り物の力まで戻るとは考えにくい。
まぁ……大丈夫だろ。
とリズは考えるのをやめた。
どうせ意識が戻ったらわかることだ……と。
「さて、それじゃあ私はエルの所に……」
そう思った矢先――――ふと妙な気配を感じた。
『やはりもう一つ用意しておいて正解だったな――――』
リズは咄嗟に剣を構え、一見誰もいない路地裏へと向ける。
「――何者だッ!」
『ほう、私の存在に気づくか……先ほどのような出来損ないを与えるにはもったいない素体だ』
誰もいないはずの空間から、ローブ姿の男が薄っすらと視認できる程度にその正体を現した。
そして問いかけを無視するように、真っ黒な石をリズへ向けた。
「それは……魔石?」
色は異なるが、なんとなく遺跡の核に似ているとリズは感じた。
『これは私の最高傑作だ、受け取るがいい』
そう言って男は、石をリズに向かって放り投げる。
「勝手に話を進めるな。そんな得体の知れない物受け取るわけないだろ」
リズは受け取ることなく剣を振る。
石はとくに抵抗もなく真っ二つになると、無造作に地面を転がった。
二人のやりとりを静観していた執事は、恐る恐る尋ねる。
「……それ、斬って大丈夫な物なんですかね?」
「知らん。だが受け取る気もないからな」
リズの剣は再びローブの男を向いた。
だが朧気だったその姿は、さらに薄くなっていく。
そして……
『ふふふっ、魔神に匹敵する狂戦士が生まれることを祈るよ』
そう言い残して、男は不敵な笑みと共に完全にその姿を消す。
はっきりと見えたわけではないが、リズはその面影に覚えがあった。
ただあくまでも似ているだけ。
同一人物と呼べるほどではなかった。
「結局何者だったのか……」
ただゲオルグの暴走と関係がありそうだったな……とリズは斬った魔石に視線を向けた――――その時だった。
リズの体を――――強大な魔力が包み込む。
「これは……ッ!」
体内を循環している魔力が、呼応するように暴れまわる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ぐッ――お前はその男を連れて早く行け!」
心配して駆け寄る執事を突き放すように、リズは屋根の上に跳んだ。
そして膝を付き、その場に蹲る。
(これは……まるで初めて【循環】の秘伝に手を出したときのような――――)
暴れる魔力をリズは力ずくで鎮めようとするが、氾濫した川のように抑えが効かない。
霞む視界の中、自身の肌が褐色へと染まっていくのを見た――――。
◇ ◇ ◇ ◇
「リズさん……ですよね? その姿は一体……」
肌と瞳の色だけではない。
まるで何かに取り憑かれたかのように、纏っている雰囲気が違っていた。
「どうやら正気ではない様子です」
アゲハは刀を抜いて構える。
だがその表情はあきらかに怯えていた。
彼女の眼には、何か視えているのかもしれない。
「話せるような状態ではないと……?」
「あんな魔力は初めて視ました。溢れてもおかしくないのに、無理矢理抑えているような……」
アゲハの言葉を聞いて、シルフィも恐る恐るリズへ槍を向けた。
たしかにその気配は尋常ではないし、何かの間違いでなければ、先ほど自分たちは攻撃されたのだ。
警戒するべきなのだろう。
「でもリズさんと戦うなんて……」
「シルフィ殿、先ほどの一撃、今一度放てますか?」
未だ戸惑うシルフィに対し、リズを警戒したままアゲハは話す。
「アレならリズ殿を無傷で無力化できるやもしれません」
その言葉にシルフィはハッとし、体内の神力を巡らせる。
「……問題ありません。ですがそう簡単にいくでしょうか」
「私がなんとか時間を稼ぎます。なに、速さなら誰にも負けませんよ」
一瞬の間を置いて、二人はお互いに頷いた。
そしてアゲハは、消えたようにリズの背後を取る。
同時に、シルフィは大地を蹴って空高く舞い上がった。
「さぁリズ殿、私の速さについてこれますかな?」
アゲハはリズの周囲を縦横無尽に駆ける。
それこそ、残像で覆ってしまうほどに……。
だがアゲハは、冷や汗が止まらなかった。
(これは……)
――――生きている心地がしない。
リズは微動だにしていない。
その視線も、動きを追っているようには見えない。
にも拘わらず、時折眼が合っているような気がするのは気のせいだろうか……。
それはもはや、気のせいであってほしいという願望でもあった。
しかし無常にも、気のせいではないとすぐに知ることになる。
突如――――リズの足元が「バンッ」と爆ぜた。
同時に、アゲハの動きが止まる。
――否、止められたという表現のほうが正しい。
アゲハは信じられないものを見た気分だった。
腕が――――掴まれている。
「くッ……ならば死なばもろとも! 忍法影結び!」
アゲハの影が、リズの影に絡みついた。
「シルフィ殿、後は任せ――――
言葉を遮るように、リズの手がアゲハの首へ伸びる。
「――がッ、な……なぜ動け……」
影は未だ絡みついている。
抑えている感覚もある。
簡単な話だ……リズは力ずくで動いているだけだった。
ここまでか……とアゲハは死を悟る。
しかしリズの興味は上空へと移り、アゲハは無造作に投げ捨てられた。
(良かった……役目は果たせたか)
力なく宙を舞いながらも、アゲハは満足そうだった。
そしてシルフィの槍が、流星となってリズに降りかかる。
「――ホーリーダイブ!」
眩い光が周囲を支配する。
――が、その衝撃が訪れることはなかった。
「えっ……」
シルフィの槍は――――リズに掴まれ静止していた。