コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
久次が十分に呼吸を整えてから第2音楽室に戻ると、自分の指示通りパート練習を続けていた彼らは、一斉に振り返った。
「先生!!」
女子生徒たちが久次の周りを取り囲む。
「さっきの人、誰ですか?」
「先生のお友達ですか?」
「同級生?」
「同い年?」
久次は息を吸い込み、キョロキョロと女子生徒を見回した。
「な、なんで?」
「だって!!すっごいかっこよかったじゃないですか!」
いつもはミーハーな発言なんかしない杉本まで、小鼻を引くつかせている。
「……そ、そう?」
そういう目で見たことはないが、確かに容姿は整っているかもしれない。
年はもう40近いはずだが、童顔な上に肌艶がいいので、実年齢よりも若く見える。
これで弁護士だなんて言ったらますます大騒ぎになるだろう。
「昔、教育実習で一緒になっただけだよ」
久次は適当に誤魔化した。
「え、じゃあ彼も先生?」
「もしかして翠先生の代わりとか?」
話がどんどん進んでいく。
「いや、教育実習は一緒だったけど、彼は教師にはならなかったはずだよ」
「えー、つまんない」
途端に生徒たちが萎んでいく。
「さ、いいから練習に戻ろう」
促すと皆は渋々と席に戻っていった。
「…………」
グランドピアノに座ったまま、こちらを静かに見ている中嶋と目が合った。
「ん?」
少し首を傾げて見せたが、彼は何も言わなかった。
「先生―。今日も瑞野君は体調不良でお休みでーす」
パートリーダーの杉本が言う。
「え、今日も?」
久次は黒板脇のカレンダーを見つめた。
石井が熱中症で具合悪くなった次の日からだから、今日で3日目だ。
当の石井は元気そうに笑っている。
どうしたのだろう。
個人練習の時は、それなりにやる気が見えたし、調子笛を上げたときも心なしか嬉しそうな顔をしていたのに。
(急にやる気がなくなったのか?それとも本当に体調不良なのか)
久次は腕を組んだ。
明日は絵画教室の日だ。
(……少しだけ覗いてみるか)
もし本当にやる気が無くなってしまったら無理強いすることもできない。合唱コンクールまでは時間がなく、曲を変えることはできない。
それならそれで、ソロパートを無くすなどの次の手段を考えなければ。
「……先生。このまま来なかったらどうしますか?」
グランドピアノの陰から中嶋が言う。
「うーん。ちょっと明日、あいつの家まで行ってみるよ」
言うと彼は納得したのかしていないのか俯いて、鍵盤に目を落とした。