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萌香は静かに教会の扉を押し開けた。
ギィ……
軋む音とともに、中に足を踏み入れた瞬間、異様な光景が目に飛び込んできた。
血。
石造の床や壁に、飛び散るように点々と広がった赤黒い染み。
祭壇の前には、何者かによって切り裂かれた聖典が無残に散乱している。
「……な、何……?」
萌香の喉が震えた。
彼女の知る限り、教会は戦場から逃れてきた人々の避難所だったはず。修道士やシスターたちは皆、優しく、戦災孤児の面倒も見ていた。
しかし今、その面影はどこにもない。
誰もいない。
そこにあるのは、血痕と荒聖堂だけ。
萌香は足元の木片を踏みしめながら、慎重に奥へ進んだ。
──カタン。
何かが倒れる音がした。
萌香は反射的に短剣を抜き、音のした方を睨む。
「……誰かいるの?」
返事はない。
だが、奥の部屋の扉がわずかに開いている。
萌香は慎重に進み、そっと扉に手をかけた。
ギィ……
中に入ると、そこは書庫だった。
本棚は倒れ、羊皮紙や聖典が散乱している。その中に、何かがうずくまっていた。
いや──誰かがいた。
「……司祭さま?」
萌香がそっと呼びかける。
その瞬間──
その “何か” は、ガクンッ と異様な動きで顔を上げた。
──白く濁った瞳。
──顔中に走る深い裂傷。
──血に染まったローブ。
「……ッ!?」
萌香の背筋が凍りついた。
それは、彼女がかつて慕っていた 司祭 だった。
しかし、その姿はまるで……
「アンデッド……?」
司祭はゆっくりと立ち上がると、口を開いた。
「…………が……ぁ…………」
その声は、かつての温厚な彼のものではなかった。
次の瞬間──
司祭は異常な速さで萌香に飛びかかった。
「っ……!!」
萌香は咄嗟に短剣を構える。
ここで戦うのか、それとも逃げるのか──?
彼女の脳裏に、教会で共に育った仲間たちの顔が浮かんだ。
「……絶対に、ただの事故じゃない……!」
何者かが、ここで “何か” をした。
萌香は歯を食いしばり、目の前の “かつての仲間” を見据えた。