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◇◇◇◇◇
女は階段を上り始めた。
階段の照明もつけないで、軋む足元を忍ばせながら、一段一段、上がっていく。
キイと高くて小さい音をわずかに響かせながら、ドアが開ける。
女は少年の眠るベッドの脇に立つと、その白い顔を撫でた。
すべすべと手触りがよく、ニキビ一つない少年の顔を、嘗めるように撫でる。
そのうち少年が薄く目を開けると、途端に女はその口を手で塞いだ。
金色の目が恐怖で見開かれると、口を抑えつけたまま、掛布団を捲る。
少年の体温で優しく蒸されるように温められた湿った空気の感触を味わうように、その中に自分の身体を潜り込ませる。
口を抑えられた小さな顔が左右に揺れる。
その細い手が、自分にのしかかる身体を押し返す。
しかしその抵抗も本気ではないことを女は知っている。
隣の部屋に眠る妹を起こしたくないから。
彼は必死で気配を消す。声を殺す。
その優しさを知っているからこそ――。
女は力づくで少年を押さえつけると、そのパジャマのボタンを順に外していった。
◇◇◇◇◇
紫雨は暗闇の中、目を開けた。
「……お前には寝不足な上司をいたわるっつー発想がねぇのか」
ラブホテルのベッドサイドの弱い光とは違い、真上から照らす常夜灯の光では、自分の上に被さる部下の顔は見えなかった。
「感心するよ。お前、よく実家でそんな気を起こせるな…」
紫雨は呆れながら息をついた。
「両親の寝室には冷蔵庫があるんです」
「だから?」
「2階にもお手洗いがあるんです」
「だから何だよ?」
「つまり両親は、朝まで下に降りてこないっていうことです」
言いながら掛布団を捲られる。
先ほどまで薄く見ていた悪夢と、その光景が被り紫雨は嫌悪感を露にした。
「やめろって」
「どうしてですか?」
相変わらず逆光で林の顔は見えない。
「昨日、あんなに良さそうだったのに…」
「……は、冗談だろ。誰が童貞に…」
そこまで言って紫雨は動きを止めた。
「そうか。お前もう童貞じゃなかったんだよな。だったらこんなおっさんじゃなくて、あの女の子を思いっきり抱いてやればいいだろ」
「…………」
林が黙る。
「何だよ?」
表情が見えない分少し恐怖を覚えて、自分をまたぐように上に乗っている林の内腿を膝で蹴った。
「いえ、何も……」
林の唇が降ってくる。
でもそれは紫雨の唇を外して、首元の方に流れていった。
(そういえばこいつ……)
紫雨は半ば諦めつつ、林の重みを身体に受けながら、昨日の情事を思い出していた。
(………一度もキスしてこなかったな…)
唇とわずかに出した舌を紫雨の首元に滑らせながら、帰り道で調達したTシャツの中に林の指が入ってくる。
腹筋を撫でながら肋骨の線を確かめ、その上までゆっくり上がっていく。
その中指が左の突起に当たる。
「ん……」
思わず声が漏れる。
障子、廊下、階段、ドア。
これだけ間に障害があれば、林の両親が眠る寝室まで声は聞こえないかもしれない。
しかし自分の息子が、同性の上司に跨っているのなんて、万が一にもバレてはいけない。
彼の指が執拗に先端をひっかくので、そこに熱と血液が溜まり、重だるい快感が体の中心に集まってくる。
「お前……」
刺激をやめない指に、自分の指を絡ませて動きを強制的に止めてから言う。
「こんなテク女に使えよ。勿体ない」
「…………」
林は紫雨の短パンに指をひっかけると、これまた適当に調達したトランクスの中に手を入れ込んだ。
「……ッ!?」
「このテクは女に使えないですよね」
それを上下に刺激しながら、林が耳元で囁く。
擦られ熱を持っていくそれに、思わず腰が震え足が突っ張る。
「……気持ちよさそうですね、紫雨さん」
林が笑う。
「当然です。あなたの真似をしてやってるんですから」
「……っ」
林は楽しそうに笑いながら、手の動きを保ったまま、トランクスと短パンを一つ足のつま先から外した。
身体を割り入れ、紫雨の膝を立たせると、昨日自分が入ったそこに指を入れた。
「昨日は無我夢中でちゃんとできなかったので、今日は丁寧にやりますね」
淡々という林に腹が立つ。
「っ。お前、何が楽しくて………ゲイでもないくせに…っ」
指の動きも、よく考えれば紫雨が林にしたそれの再現だった。
ぐるりと中をかき回し、第二関節まで入ったところをひっかく。
浅く深く繰り返していると、だんだんその人物の“場所”がわかってくる。
「……あっ」
思わず悲鳴のような声が出て、紫雨は自ら口を塞いだ。
股間を見ていた林がこちらを見上げる。
今度ははっきりと顔が見えた。
「ここ、ですね?」
林は嬉しそうに笑うと、そこを思い切り指先で擦った。
◇◇◇◇
「………っ!………っ!!」
林のいきり勃ったモノが中に入ってきてから、二度目の痙攣が止んだ時、林がふいに耳に唇を寄せた。
「紫雨さん、もう少し、声、抑えられます?」
(声?……俺が?)
『ヒデ、もっと声聞かせて?』
どこかで男の声が聞こえる。
『良い声で鳴いてみろよ、ほら!』
誰かの罵倒も聞こえる。
(俺、今まで、声なんて出したことないのにーー)
「んっ……は……ああ!」
(………誰だよ、この声……)
「紫雨さん」
呆れたように困った顔をした林が、紫雨の口を手で塞いだ。
「ちょっと、我慢してくださいね」
「……っ」
言い終わるが早いか、激しい抽送が始まった。
指の間から声が漏れだす。
ガクガクと動きに合わせて勝手に腰が上がる。
もっと、もっと、深く、欲しくて――――。
(こんなになるの―――初めてだ……)
自分の体の変化に戸惑いながら、思わず林の身体に抱きついた。
「……っ!紫雨、さん……!」
昨日は余裕ぶっていた林も今日は切なそうに顔を歪めている。
普段表情をほとんど変えないだけに、その変化は紫雨の何かを熱くした。
(……これ、やべえな……)
相変わらず漏れてしまう声を抑えようともせず、紫雨は身体を仰け反らせた。
「……はや…し……」
やっとのことで林の指を外すと、言葉を吐いた。
「男になんて……ハマるなよ……!」
「………っ」
林は答えずにただ腰を動かしている。
「男との……セックスなんかに…ハマるな……!」
林はただ荒い息を繰り返した。
「こんなのに、ハマったら……」
「………?」
「地獄だぞ……?」
林が紫雨を睨み上げる。
「紫雨さん、ちょっと黙って」
言いながら林の手が再び紫雨の口を塞ぐ。
今度は強く、隙間なく、
動きが強く、早くなった。
紫雨は悲鳴に近い声を上げながらただその身体に抱きついた。