気がついたら、あの浴場に壱花たちは立っていた。
飛ぶ前はまだ灯りがついていたのだが、今は暗く。
外の月明かりを頼りに浴室内を見る感じだった。
薄暗くて、歩くのも危ない感じだが、壱花は、ホッとして叫ぶ。
「やったっ。
海に落ちずに、船に戻れましたよ、社長っ」
「そうだなっ。
これで女湯から出れば、犯罪者にならずにすむなっ」
とそれだけで目的を達したかのように、男たちは喜び合っていた。
袋入りのハッカ飴を手にした高尾が周囲を見回し、言った。
「おや?
噂のあやかしのおばあさん、いないけど?」
確かに。
ここで湯を汲み出していた老婆がいない。
また何処か違う場所で水を汲んでいるのだろうか。
「やはり海水でないのが気に入らなかったのかもしれませんね」
と冨樫が言い、
「まずいですね、探さないとっ」
と壱花は焦る。
だが、壱花は高尾の足元に白い丸いものが落ちているのに気がついた。
「高尾さん、落ちてますよ、ハッカ飴」
「え? まだ袋開けてないけど?」
高尾は確認するようにハッカ飴の袋を見たあとで、足元を見ていた。
すると、その落ちていたハッカ飴がふわふわっと舞い上がり、高尾の手に乗る。
高尾が笑って言った。
「なんだ、ケセランパサランじゃん」
「……壱花。
そのサイズの白いのがハッカ飴なわけないだろ」
口に入るわけがない、と倫太郎が言う。
「っていうか、増えて、はみ出してきてんじゃねえか、お前のスーツケースからっ」
えっ? 増えて?
と見ると、ふわふわのたくさんのケセランパサランが、ふわふわしながら浴室の出口に向かって一直線に並んでいた。
たんぽぽの綿毛が道を作ってるみたいだ……。
「なにかこう……幻想的ですね」
壱花は、つい、暗がりに並んで浮かぶケセランパサランをぼんやり眺めてしまい、倫太郎に怒鳴られる。
「莫迦なこと言ってないで回収しろっ」
しょうがないので、全員でケセランパサランを拾っては、自分の肩や頭の上にのっけた。
人懐こいのか、単に静電気でくっつくのか。
幸い、ケセランパサランは一度のっけると、そのままひっついていてくれた。
「……待て。
俺たちはケセランパサランを回収しに来たんだったか?」
腰を屈めて、増えたケセランパサランを拾いながら倫太郎が呟く。
「そうだ。
おばあさん、探さないとですね」
と言った壱花は気がついた。
ケセランパサランがいる道筋が、ところどころ濡れていることに。
「もしかしてなんですけど。
ケセランパサランたちは、あのあやかしのおばあさんについていっているのでは……?」
この水は、あのおばあさんか、おばあさんの持つ柄杓からしたたる水かもしれないと思い、壱花はそう言ってみた。
「じゃあ、この先にあのあやかしがいるのか?」
長い船の廊下の先を目を細めて倫太郎が見る。
「とりあえず、これ、拾いながら行かないと。
普通の人の目に見えるかはわからないですけど」
と冨樫が急かし、壱花たちは急いで、ケセランパサランを肩にのせたりしながら、どんどん進む。
高尾も静かに手伝ってくれていたが。
その静かさが不気味だった。
っていうか、高尾さん、時折、こちらを窺っているような。
壱花は、チラ、と腰を屈めたまま高尾を見たが、目をそらされる。
……あやしい。
いつもなら、過剰なほどの笑顔を向けてくるのに、と思う。