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老婆を追っていったらしいケセランパサランは広い廊下の途中で、わさわさしていた。
「あれっ?
ここで途切れてるんですかね?」
と壱花は周囲を見回す。
がらんとした廊下に他にケセランパサランはいない。
「消えたんでしょうか?
あやかしですし」
と言う冨樫に、
「いや、消えるつもりなら、女湯でもう消えてるだろうよ。
こんなところまで歩いてこなくても」
と倫太郎が言う。
あ、と壱花は手を叩いて言った。
「おばあさん、なにか用事を思い出したのかもしれませんよ」
「あやかしが突然思い出す用事ってなんだ……」
……いきなり人を呪いたくなった、とかですかね?
ちょっと買い物に、とかじゃないだろうからな。
船を降りて、ちょっとうちに駄菓子でも買いに来てくれれば一件落着なのだが、と思いながら、キョロキョロしていた壱花は気がついた。
頭の上に、空調ダクトの給気口があることに。
倫太郎たちも気づいたらしく上を見ている。
「まさか、ここから……?」
「あやかしじゃなくて、スパイだったんですかね? あのおばあさん」
空調ダクトの中を逃げるのはスパイの定番だ。
いや、実際、人間が移動できるものなのかは知らないが、まあ、あやかしだからな、と壱花は思う。
「……蓋、開くのか?
覗いてみるか?」
「でもこれ、結構高さありますよ」
「俺が肩車してやろう。
乗れ、壱花」
「えっ?
人が通りかかったら、なにしてんの、この人たちって思われません?」
我々がスパイと思われるかもっ、と壱花は言って、
「なにがスパイだ。
この船、家族連ればっか乗ってるただのフェリーだぞ」
と倫太郎に言われる。
「いやいや、我々が知らないだけで。
家族連れにに混ざって、なんかすごいあやしい人が乗ってるのかもしれないじゃないですか」
人が来ないか、見張りのように周囲を見回していた冨樫がぼそりと言った。
「他の乗客から見て、なんかすごいあやしい人は、おそらく、我々だと思いますね」
確かに……。
誰か通りかかったら、夜中に、こんなところでなにやってんの、この人たち、と思われそうだ。
そのとき、
「あ」
と高尾が上を指さした。
ふわふわとした白いものが給気口から覗いている。
それを見上げながら、
「間違いないな。
あやかしはこの中だ」
と倫太郎が言う。
「海水を船に汲めそうな場所を探して、ダクトの中から船を探索しているのかもしれないな」
「そういえば、バラスト水ってよく問題になってますけど。
こういう船にはないんですか?」
と壱花は訊いてみた。
バラスト水とは船を安定させるために、おもりとして船内に入れている海水のことだ。
倫太郎は眉をひそめ、
「あれはもっとデカイ船にしか積んでない」
と言う。
とりあえず、給気口から覗いてみよう、と倫太郎は言うが、当たり前だが給気口はネジで止められていた。
「誰か持ってないのか、ドライバーとか」
上を見ながら倫太郎が言う。
「……はあ、スパイじゃないんで」
同じく上を見たまま壱花はそう呟いた。