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「……はぁ」
「何? 溜め息なんて吐いて」
「え? あ、ごめん!」
「いや、別にいいけどさ。何かあった?」
今日は杏子たちとの旅行の日。
北関東の観光地にある貸別荘で一泊する事になっている。
浦部くんと楠木くんが交代で運転をしながらレンタカーで向かっているのだけど、杏子と並んで後部座席に座っている中、気付かない内にため息が漏れ出ていたらしい。
「ううん、そういうのじゃないの。最近バイト続いてたから、ちょっと疲れが出てたのかも」
「ああ、夏休み中はバイト増やしてるんだっけ?」
「え? そうなの?」
杏子と話をしていると、助手席に座る浦部くんも会話に参加して来た。
「この子ったら、凄い働き者なのよ」
「偉いなぁ。俺なんて夏休みは休みばっかり入れてるわ」
「ったく、相変わらず遊び歩いてる訳?」
「いやいや、別に遊び歩いてる訳じゃねぇよ?」
「どーだか」
盛り上がる杏子と浦部くん。楠木くんは黙々と運転に集中している。
(気を付けなきゃ。今はみんなで居るんだから)
私がため息を零した理由は疲れからではない。
あの日――鍵が開いていて一人が心細かった私は小谷くんの部屋でお世話になった時から、小谷くんにどう思われているのかが気になり、それが分からなくて思わずため息を零してしまったのだ。
(旅行中は考えるの、止めよう)
いくら考えたところで答えなんて出る筈もないので、旅行中は考えるのを止めて楽しもうと思い直し、杏子や浦部くんたちの会話に頷きながら参加していた。
「ねぇ葉月、浦部とはどうなの? 夏休み中、二人で会ったりした?」
貸別荘に着き、男女別れて部屋に入った私たち。荷物を置くなり杏子が浦部くんとの事を聞いてきた。
「あ、ううん。会うのはあの日以来だよ。連絡も初めのうちは取ってたんだけど、私がなかなか返せなくて途切れちゃって……」
「そっか……。で、ぶっちゃけ浦部の事どう思ってる?」
「え?」
「まぁ、私から言うのもどうかとは思うんだけどさ、浦部、結構葉月の事気に入ってるのよ」
「そ、そうなの?」
「うん。今回の旅行もめちゃくちゃ楽しみにしててね、だからさ、出来れば真剣に考えてやって欲しいなって思って……」
そんな杏子の話にどう答えるべきか悩む。
好かれて悪い気はしないし、浦部くんの事を嫌いな訳でもない。好きか嫌いかと問われれば、好きと答えるだろう。
だけど、その好きは恋愛の好きとは違う。あくまでも、友達として好きなだけ。
(……その気もないのに、気を持たせる事は出来ないものね)
悩みに悩み、私は――
「……ごめん、私、浦部くんの事は嫌いじゃないけど、友達としてしか見られないと思うの……」
今の素直な気持ちを杏子に話した。
「そっかぁ……まぁ、それは仕方ないよ」
私の話を聞いた杏子は残念そうな表情を浮かべてしまう。
「ご、ごめんね」
「いいって。あくまでも私のお節介で言ったまでだし。それに紹介したのは私だからさ、きちんと葉月の気持ちは知っておきたくて」
だけど、私が思っていたよりも彼女は私の意思を汲んでくれていた。
「ありがとう、気を使ってくれて」
「ううん。全然。それと……私の勘違いだったらゴメンだけど、もしかして葉月、好きな人出来た?」
「え?」
「何か、そんな気がするんだけど……気のせい?」
突然投げ掛けられた、『好きな人が出来たか』という質問。
「気のせいだよ。私、好きな人なんていないもん」
そう答えたものの、杏子に聞かれて一瞬小谷くんの顔が浮かんだのは何でだろう。
「そっか、それならいいけど、もし出来たら教えてよね」
「う、うん」
好きな人……ではないけど、気になる人ではあるから頭に浮かんだだけだろうか。
「二人ともー買い出し班と調理班に別れて作業しようよー」
結局この話は浦部くんに呼ばれた事で終わってしまい、考えるのをやめた。
くじ引きの結果、杏子と浦部くんが買い出し私と楠木くんが調理班になって杏子たちが足りない物の買い出しへ出掛けてしまうと、
『…………』
一番話した事の無い私たちの間に会話が無く、沈黙という気まずい状態が続いていた。
(ど、どうしよう……何か話さなきゃ……。でも、何を話せば……)
何とか話題をとあまりない引き出しを探ってみるけど見つかる筈もなく、ただただ焦るばかり。そんな私をよそに、楠木くんは黙々と今ある食材の下ごしらえをしていた。
「……悪いな。俺、あんまり話せる方じゃなくて。退屈だろ?」
「え? いや、そんな事は……。なんて言うか、私も話せる方じゃないので……」
「ああ、そんな感じだよな」
「でしょう?」
「だったら浦部みたいな奴は正直苦手なんじゃない?」
「苦手……というか、今まで周りには居なかったタイプだから、ちょっと戸惑ってるって感じ……かな?」
「まぁ、アイツ空気読めないとこあるから迷惑な時ははっきり言った方がいいぜ。言われりゃ直すからさ」
「そうなんだ? だけど、空気読めないと思った事は無かったです」
「ふーん。じゃ、葉月ちゃんの前では意外とちゃんとしてるんだな」
「そ、そうなのかな?」
「多分な」
気を使ってくれたのか楠木くんから話し掛けてくれたおかげで、話し始めてからは意外と途切れる事なく杏子たちが帰って来るまで会話が続いて楽しい時間を過ごす事が出来た。