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大和が一歩先を歩いて、私がその一歩後ろを歩いていく。
勿論付き合っていたときは並んで歩いていたけど、今は何となく。
しかも、身体が覚えているのか、大和が合わせてくれているのか、歩幅が同じなのは何でだろう。
「和葉も、この辺に住んでたんだな」
「……うん」
「この辺に来て、結構経つの?」
「一年くらい……かな。大和は?」
「俺は半年くらい」
「そっか……」
会話も弾まず、どこか気まずい空気が流れていく。
それから無言のまま五分ちょっと歩いて行き、
「私のアパート、あっちにある」
曲がり角に差し掛かり、アパートがこっちの方角であることを伝えると、
「うわ、何これ。暗っ! お前こんな暗くて細い道を一人で帰ろうとしてた訳?」
その道の暗さに驚き、聞き返してくる。
「うん。でもここ抜ければすぐだし走れば大丈夫だから」
「いやいやいや、これもし後尾けられてることに気づかねぇで歩いてたら確実に襲われてるだろ? ってか、アパートの住人だって男居るんだろ? その中にも変な奴居るかもしれねぇのに……」
「考え過ぎだよ……。今まで大丈夫だったし」
「たまたまだろ。結局今日は後尾けられてんじゃん」
「それは、そうだけど……」
そんなことを話しながら道を抜けると、アパートがいくつか建ち並んでいて、そのなかの一棟が私の部屋のあるアパート。
「この辺はまあ明るいんだな。駅と反対の道は大きい通りなのか」
「うん。車も通れる。遠回りだけどもっと回れば今の道通らなくても帰ってこれるんだよ」
「ふーん。俺駅にはあんまし来ねぇから知らなかったな」
「電車、使わないの?」
「ああ、普段はバイクで行動してるから」
「そうなんだ」
「それより、早く部屋入れよ。俺はお前が入ったの見届けたら帰るから」
「え?」
「何だよ、その反応。ああ、俺に部屋バレしたくねぇって?」
「え? あ、いや……そういう訳じゃ……」
今私が何故驚いたのかというと、大和があっさり帰ろうとしたから。
バーではあんなに未練たらたらだったから、てっきり部屋に上がるつもりかと思ったのだ。
「部屋分かったからって急に押しかけたりしねぇよ。ほら、早く入れって」
「あ、うん……」
誤解を解けないまま、部屋に入るよう促された私は鍵を手にして自分の部屋がある二階に上がってもう一度大和の方を振り返ると、曲がり角辺りに人影が潜んでいるように見えた私は思わず「ひぃっ」と声を上げる。
「どうした?」
そんな私を見ていた大和がすかさず私の元まで駆け寄ってくる。
「い、今……あっちに人影が……」
大和に今見たものの説明をすると彼はすぐにそちらへ視線を向けたけど、既に何も見えない。
「何も見えねぇけど……気のせいじゃねぇの?」
「で、でも……確かに何か……」
後を尾けられていたし、そういったことに過敏に反応してしまうだけかもしれない。
でも、もし本当に誰かがこちらを見ていたとしたら部屋の場所がバレてしまった訳だし、大和が帰ったら訪ねてくるかもしれない。
色々なことを考えると怖くなった私は、
「大和……帰らないで……もう少し、傍に居て……っ」
気付けばそんな台詞を口にしていた。
これには大和も驚いたらしく、少し戸惑い気味だった。
「……いいのかよ? 俺なんかが、居ても……何ならさっきの男呼び戻して傍に居てもらえば? それまでなら俺が居てもいいし」
分かってる。
調子の良いことを言っているって。
大和からしたら、自分が居るより楠木さんに来てもらう方がいいと思うに決まってる。
だけど、楠木さんはあくまでも職場の先輩というだけで、彼氏では無い。
断ったくせに、今更呼び出したりなんて出来るわけも無い。
それに、
きっと私は、
他でもない大和に傍に居て欲しいと思ったから、
そんな言葉が口から出て来たのかもしれない。
バーではあんなに色々言ったくせに、
たった五分十分一緒に居て付き合っていた頃を思い出していたら、
二人で居る空間が、懐かしく、そして心地良く感じてしまっていたから。