コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
風鈴高校・冬。
寒波が街を包みこみ、校庭の木々の枝にうっすらと雪が積もる中——
桜 遥は、誰にも気づかれないように校舎裏でひとり、空を見上げていた。
「……うぜぇくらい静かだな、雪って」
冷えた空気が肺に刺さる。
拳も、足先も冷たくて。
でも、それ以上に心の奥が——凍りそうだった。
最近の自分は、おかしい。
蘇芳にも楡井にも、バレてないと思ってるけど。
《“桜”って呼ばれるたびに、心臓が跳ねるのはなんなんだよ……梅宮の、アイツのせいだ。》
ガラッ。
「こんなとこでなにしてんだよ、桜」
あの、包み込むような声が背後から聞こえる。「……ああ?なんで来んだよ、クソ寒ぃのに……」
「寒いから来たんだよ。桜がいる気がしたから」
笑って、梅宮 一は言った。
真っ白な息をふわふわ吐きながら、近づいてくる。
「バカじゃねぇの」
「お、出た毒舌。あったまるな~」
にこにこと笑うその顔が、いつもよりちょっと近い。
「なぁ、桜」
「……なんだよ」
「お前ってさ……雪、好き?」
「……嫌いだ。冷たいし、滑るし。泣いてるみてぇな気分になる」
「そっか。……でも、俺は桜が雪の中にいるとこ、好きだよ。白が似合う。優しく見える」
「は!?何言ってんだ、はあっ……?!」ドクン、と心臓が跳ねる。
「……ほんとに。強いのに、寂しがり屋みたいな顔するからさ……放っとけないんだよ」
梅宮の目が、真っ直ぐで。
逃げられなかった。
「桜、お前が震えるなら——俺が包んでやるよ」
「なっ……」
言葉より先に、腕が回される。
あたたかくて、大きくて、全身が呑まれそうな感覚。
「お、おい……!?」
「ちょっとだけ、黙ってろ。……こうしてたかった」
梅宮の声は静かだったけど、心の奥まで響いた。
嫌じゃなかった。
むしろ、あまりに自然で、抗えなかった。
「……ずりぃんだよ、お前……」
小さくそうこぼした桜の顔に、雪が落ちた。
それを、梅宮はそっと指で拭って——
「……桜」
と、名前を呼んだあと——
彼の唇が、桜の額に、そしてそっと、口元に触れた。
ほんの少しの時間、世界が止まったようだった。
「……なんだよ、それ……」
「風邪、引かないように。キスは薬だろ?」
「どこの言い伝えだよ……」
「俺の言い伝えにしとけよ」
桜の耳まで真っ赤だった。
でも、もう文句は言わなかった。
その腕の中で、ぽつりと呟いた。
「……ちょっとだけ、だぞ。……あったけぇじゃねぇか、、、、クソッ。」
そしてふたりは、そのまま静かな雪の中、肩を寄せ合った。
——世界が静かでも、心はうるさくなる夜だった。