こんなつもりじゃなかったんだ。本当だ。
俺は…誰かのためになると思ってやっていたんだ。
だけど…こんなことになるなんて…
頭の中でぐるぐると回る思考。
胸の奥に広がる焦燥感と後悔が重くのしかかる。
「全部、あいつのせいだ…」
声に出すと、怒りが湧き上がるのが分かる 。
拳を握りしめ、爪が手のひらに食い込み、血が垂れる。
「あいつを…絶対に殺してやる。何があっても…必ず」
怒りで視界が赤く染まりそうだ。
俺の中で、あいつへの憎悪が静かに、しかし確実に燃え上がっていく。
全てはあいつのせいだ。
あいつさえいなければ、こんなことにはならなかった。
絶対に、絶対にこの手で殺してやる。
「ん…あ? ここは…?」
俺は体を起こし、周囲を見回した。
殺風景な部屋。
俺が寝ていたベッド一つ、それ以外には何もない。
いたっ。なんか身体中いてーな。
「やあ、気分はどうだい?」
不意に聞こえた声の方へ顔を向ける。
そこには、にこにこと微笑む男が立っていた。俺に親しげに話しかけてくる。
なんだこいつ。
もしかしてここ病院とかか?いやそれにしてはおかしい。
電気ひとつないし。
なんなら蝋燭使って灯にしている。
原始的すぎるだろ。
どっかの民族かよ。
「君、道端で傷だらけで倒れていたんだよ。一体何があったんだい?」
俺が?傷だらけで?道端で?どういうことだ?
「あんた、誰だ?」
いきなりタメ口は失礼か?
まあ、こいつもタメ口だし、いいか。
俺がそう尋ねると、こいつは一瞬驚きの表情を浮かべ、それから申し訳なさそうに口を開いた。
「おっと、まだ名乗っていなかったね。僕はイルゼ。そう呼んでくれ」
イルゼ?外国人か?だが、見た目は日系っぽい。年は30くらいに見えるが…ハーフかなんかか?
「君の名前は?」
「俺か? 俺は……」
言いかけて、言葉が止まる。
自分が誰なのか、何が起きたのか。
頭の中に靄がかかっているようで、すぐそこにあるはずの記憶が掴めない。
思い出そうとすればするほど、その感覚は遠ざかっていく。
気持ち悪い。
まるで爪で金属を引っ掻くような不快感が全身を走る。
名前、それに自分がなんだったのかすら思い出せない。
すげえ不快だ。
霧心に包まれて何も考えられねぇ。
もしかして変な薬でも飲まされたのか?
某名探偵みたいに。
「すまん、思い出せない」
「そうか。まあ、ゆっくり思い出せばいいさ」
イルゼは優しく微笑んだ。
こいつのその言葉に、少し心が軽くなるのを感じた。
「…なあ、どうしてこんなに親切にしてくれるんだ?」
イルゼは少し微笑んで、目を細めた。
「僕は過去に大切な人を失ったんだ」
俺は驚いて顔をあげた。
…気まずい。
いや、重すぎるだろ。
初対面のやつにそんな話すんな。
まあ、俺が聞いたんだけど。
「…すまん、嫌なことを聞いたな」
「いや、いいんだ。過去のことだし、今を生きることが大事だから」
「傷だらけの君をみた時、思い出したんだ。あの人のことを」
「人助けは自分を救う方法でもあるんだ。あの人がそういうひとだったからね。だからこそ、今目の前にいる困ってる人を助けることが大切だと思ってる。君がその内の一人だっただけだよ」
「そうか…」
イルゼは頷きながら、俺の肩に手を置いた。
彼の手の温もりに、どこか安堵感を覚える。
「ここでしばらく休むといい。君がなぜ魔物に襲われていたのか思い出すかもしれない」
こいついいやつだな…
ん?それよりも魔物?なにいってんだ?
歳も歳だろうに、
まさか右目が疼くとか言っちゃうタイプの病を患っているのか?
…面倒そうだし あまり触れないでおこう。
とりあえずここがどこか知りたいな。
外の世界を見てみないことには何も始まらないしな。
「外に出てみたいんだが、案内してくれないか?」
イルゼは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに優しく微笑んだ。
「もちろん。ついてきて」
イルゼは笑みを浮かべ、部屋の外に出る。
俺もベッドから足を下ろし、その後を追った。部屋を出ると向かいにもう一つの部屋があり、左手に曲がると階段が見えた。
多分、イルゼは1人で暮らしているのだろう。
それを降りていくと、廊下に出る。
そして、そのまま外に続く扉を開けた。
「なんだぁ……ここ……」
俺はつい言葉を漏らしてしまった。
そこには広大な草原が広がり、奥の方には深い森がそびえ立っていた。
その隣には清らかな川が流れ、畑が点在していて家がポツポツと建っている。
ん?そんなに驚くことではないって?
ああ、俺もその程度じゃ驚かない。
いや、そんなことないかもしれない。
いきなりこんな田舎っぽいところにいたら誰だって驚くだろうか。
いやいやこんなことを言いたかったんじゃない。
じゃあなんだよって?
それは、空にドラゴンが群れをなして空を舞っていたのだ。
まるで漫画やアニメから飛び出してきたかのような、リアルなドラゴンが。
そうだな、リオ○ウスあたりが近いだろうか。
「……夢か? これ」
流石に笑えねえよ。
なんかこいつもNPCっぽく見えてきた。
一回ぶん殴ってみるか?
どうせ夢だし。
俺が呆けたように口を開け、目を丸くしているとイルゼが言った。
「君、ドラゴンを見るのは初めてかい? ここら辺じゃ普通だよ。なあに、そんなに怖がる必要はない。ここは結界で守られているからね。ドラゴンは降りてこないから安心しなよ」
は?
何を言っているのかわからない。
ここは日本じゃないのか?
いや、そもそも地球ですらないのか?
結界ってなんだ?
もしそれが本当だとして、結界があるのにどうして俺は魔物なんかに襲われたんだよ。
意味わかんねえよ。
「まじかよ…」
「転生」したことをはっきりと自覚したのは数日後のことである。
俺が転生してから一ヶ月が経った。
まさか俺が転生するなんてな。
記憶はないが、日本に住んでたこととか、それ以外のくそどうでもいいことは何故か覚えてやがる。
転生っていったら、もっと、こう、あれだろ。
超絶可愛い子とかが「勇者様、世界をお救いください!」とか言うヒロインがいて、なんやかんやあって結婚して幸せな日々を送りました、ちゃんちゃんみたいな感じだろ。
なんでむさくるしい男1人がお出迎えなんだよ。
まあいいけど。
今、俺はイルゼの仕事を手伝いながら、彼の家に居候させてもらっている。
RE:ゼロから始めるニート生活じゃあないぜ。
俺だってちゃんと働いている。
…まあ、ちゃんと稼げてるのかはしらないが。
この村の人達はみんないい人だ。
余所者の俺を快く迎え入れてくれて、
わからないことがあったら手取り足取り教えてくれる。
みんな顔立ちは日本人ぽかった。
うーん、
教わった事をもう一度聞き直すのもあれだし、一度整理してみようと思う。
この世界は四つの大陸に分かれている。
最も平和で温暖な気候で豊かな自然に恵まれている大陸、パクス大陸。
魔族や魔物が暮らし、年中曇りで太陽の光がないため、最も危険で過酷だと言われている大陸、アビシア大陸。
最も栄えていて大きな都市が多く、商業活動が盛んな大陸、カイロン大陸。
最後に、まだ未開拓で多くの謎が残る、冒険者たちが挑まんとする大陸、テラノバ大陸。
そしてそれぞれの大陸では「神帝」というのが居てそれぞれの大陸を統治している。(テラノバ大陸だけよくわかっていないらしい)
こんな感じだ。
で、話の中に出てきたと思うが
なんと、この世界には冒険者たるものがいるそうだ。
しかも魔法も存在するんだ!
知った時はめちゃくちゃ興奮したよ。
冒険者は剣士と魔法使いに分かれている。
だが、魔法はほぼ生まれた時の才能で上手く扱えるかが決まってしまうらしい。
だから剣士の方が多く存在するそうだ。
なんてこった。
俺が使えない可能性が出てきた。
俺だって「今のはメラゾーマではない。メラだ。」とかいってみたかったのに。
まあそれは置いといて、魔法は大きく分けて2つある。
攻撃魔術と防御魔術、この2つだ。
まあ、言葉のまんまだな。
火の玉ぶん投げたりそれを防ぐバリアを出せたりだな。
治癒したり召喚したりすることもできるらしいが、それには複雑な魔法陣だったり特別な道具とかが必要になるからあまりメジャーではないみたいだ。
もっと万能なもんだと思ってたんだけどな。
意外と不便だ。
そんなとこだな。
魔法には詠唱が必要だったり、魔法学校なんてところもあるらしが。
そういうのはおいおい分かってていくことだろう。
ふふふ、もしかしてよく漫画とかで見る俺TUEEE展開とかあんのかな?
まさか現実で「俺、また何かやっちゃいました?」って言ったりできんのか!?
実に楽しみだ。
最近は仕事とかこの世界に慣れるので大変だったからな。
明日イルゼに魔法を使えるのか教えてもらおう。
今日はもう寝よう。
おやすみ!いつか出会うであろう美少女ヒロインちゃん!
その夜、不思議な夢を見た。
なぜか俺は自分自身を三人称視点で見ている。
しかも、目の前に広がっている光景は悲惨だっ た。
燃えているのだ。
さっきまで、俺が暮らしていた村が。
目の前には燃え上がる村。
逃げ惑う人々、泣き叫ぶ子供たち。
村を襲う盗賊たち。
まさに阿鼻叫喚の様相を呈している。
その光景を、俺とイルゼが見て立ち尽くしている。
「ぶはぁ!」
痛い。頭痛がひどい。ズキズキする。
なんだ?
なんだよさっきの光景は!
くそっ、気色悪りぃ。まじでなんなんだよ!
目覚め悪いなぁ!
俺は家から飛び出て川に行き、顔を洗った。
水面にうつる自分の顔を見る。
この世界での俺の容姿は結構整っている。
ここでの顔面の基準はよくわかっていないが少なくとも悪くはないと思っている。
だがその顔が気味悪くなるほどさっきの光景が頭にこびりついて離れない。
これは単なる悪夢ではない。何故かわからないがそういう自覚があった。
ふと、俺の脳裏に嫌な想像をしてしまった。
「いやまさかな、そんなベタな話あるまい」
「どうしたんだい。急に家を飛び出て」
イルゼが心配そうに話しかけてきた。
「ああ、いやなんでもないんだ。少し気分が悪くて」
何故か俺はさっきの夢のことについて話す気にならなかった。
「そうかい。何かあったら言うんだよ」
ほんとにこいついいやつだな。
美少女だったらよかったのに。
「ああ、そうするよ」
俺は魔法を教えてもらうとかそんな気力はなくいつも通りの一日が過ぎて行った。
その夜、想像が本物になってしまった。
村が襲撃されたのだ。
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