6話
雨の日だった。教室の窓際、京志はひとりで弁当を食っていた。コンパス事件もあってか、それから数日たったが、周りとの距離は縮まらず。相変わらず張り詰めた空気が流れていた。
その空気をぶち壊すように、バン!と机の上に両手をついてきた男──春也。
「なぁ、お前さ……格闘技やってたん?」
京志は眉ひとつ動かさず、弁当の箸を止める。
「……なんでそれを。」
「いや、動き見たら分かるわ。目線、構え、反応……あれは素人ちゃう。」
春也はニヤっと笑って椅子を引き、勝手に隣に座る。
「俺、ボクシングやってんねん。ジュニアの大阪市大会、去年優勝。」
「……」
「でもな、正直“打ち合い”しか知らん。お前みたいなタイプ、気になってしゃーないねん。」
京志はまだ表情変えず。
「こないだは……悪かったな。コンパス投げたのは、完全に俺が悪い。」
「……意外やな。謝るんか。」
「そらそうやろ。筋は通す。」
春也は目線を窓の外に向けて、ぽつりと続けた。
「ここ、一中は荒れてるけど、みんな“どっかで繋がってる”んや。俺も例外やない。」
「……俺には関係ない。」
京志のその言葉に、春也はクスッと笑う。
「お前、ほんまに変わってんな。」
「よく言われる。」
「なぁ、ひとつ聞いてええ?」
「……」
「なんでそんな、目ぇしてんの?」
その一言に、京志の箸が止まる。
春也の目は、どこか本気やった。軽口ちゃう、真剣な問い。
京志は、少しだけ黙って──そして、ゆっくり答える。
「強さだけで、生きてきた。……それだけや。」
春也は何も言わず、少しだけ目を細めて──
弁当の空き箱をコンコンと机に打ちながら、呟いた
「……一中の中でも、“別格”がおる。」
「……」
「後藤竜。通称“ニトロ後藤”。」
その名を口にした瞬間、近くにいたクラスメイトの数人がぴくっと反応して、小さく席を離れる。
京志は、その空気の変化を感じ取る。
「“ニトロ”言うのは、キレたら止まらんからや。ガソリンに火ぃつけたみたいやって。」
春也の目から、冗談っぽさが消えていく。
「仲間には情がある。でも──“仲間やない”って判断されたら最後、命の保証はない。……笑いごっちゃないで。」
京志は目を細め、静かに聞いていた。
「お前みたいな、やつ。あいつの前に出したら──どうなるか、正直わからん。」
「……俺は普通に暮したいだけだ。」
春也は立ち上がり、いつもの調子を取り戻したように肩をすくめる。
「でもまあ──“この街”で生きてくつもりなら、いずれぶつかることになると思うわ。」
「……」
京志は黙ったまま、春也の言葉を反芻する。
春也はその背中に、もう一言だけ投げかけた。
「気ぃつけろよ。西成は、ちょっとでも油断したら“喰われる”場所や。」
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