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「生活委員会の年間計画やっと届きましたー!」
言いながら結城がそのプリントを長机に置いた。
「はい、これで委員会終わり。部活の決算報告と予算書は揃った?」
諏訪が振り返ると、
「サッカー部だけ、まだです」
清野が答えた。
右京が振り返る。
「ああ、それなら今日、俺が貰ってくるから」
すかさず諏訪が睨む。
「は?」
「なんか永月が用紙を家に忘れたらしくて、帰りに寄れって言われ―――んんッ」
その口を諏訪が手で塞ぎ、スラックスのポケットから携帯電話を取り出した。
「―――あ、もしもし。諏訪だけど。明日、朝一でサッカー部の予算書出さなかったら、来年度のサッカー部は予算ゼロだと思え」
『ーーーー!?ーーーーー!!』
ギャーギャー聞こえる受話口を指で押さえながら通話を切った諏訪を、皆が見上げる。
「つ、強い……」
清野が呟く。
「全国とったエース相手に……!」
結城が笑う。
「当然」
諏訪はふんと鼻を鳴らすと、長机に並んだ資料を見下ろした。
「とにかく委員会の活動報告と、部活の予算案は終わり。最後は―――」
「これ、ですね」
清野が箱に入った、各クラスから出た意見書の山を見つめる。
「去年は提案課題の中から何個選んだんだっけ?」
諏訪が右京を振り返る。
「記録では7個」
「じゃあ、7個前後ってことで!」
結城が箱を逆さまにひっくり返した。
「―――公正かつ誠実に」
清野が眼鏡をずり上げる。
「―――平等かつ冷静に」
加恵が清野と結城の間に割り込みながら微笑む。
「―――宮丘のさらなる発展と飛躍を願って」
諏訪がため息混じりに言う。
「―――いっちょ、選びますか!」
右京はその山の中から1枚拾い上げると、パンッと両手で広げた。
◇◇◇◇
パイプ椅子に倒れこむように座り、右京は長机に突っ伏した。
「……やっと決まったぁ!」
言いながら黒板を見上げる。
●旧講堂の舞台カーテンの補修について(2-3)
●全校舎のモップの経年劣化について(1-2)
●中間休みの5分延長について(3-1)
●部活動夏時間の15分延長について(2-6)
●購買部、自動販売機の増設について(1-1)
●部室棟、空気清浄機の設置について(2-5)
●学校指定靴下の廃止について(1-5)
「講堂のカーテンとモップはまとめて、中間休みと部活時間もまとめると5つになるだろ?
俺たちで1つずつ司会進行を担当することにしよう。
明日中に現状調査。水曜日までに原稿をまとめて、木曜日印刷。金曜日に全校生徒に配布。
月曜日の生徒総会で、課題議案を出したクラスの意見を中心に討議しよう」
右京が言うと、
「りょうか~い!」
加恵と結城が同時にのびをした。
「じゃあ、課題担当だけ決めて今日は解散しましょう」
清野がため息をつく。
諏訪も肩を回しながら右京を見下ろした。
「―――んで?お前はどれやんの?」
「俺?」
右京は突っ伏したまま頭だけ上げて諏訪を見上げた。
「選んでいいよ。右京君」
加恵も微笑んだ。
「あなたの学校だから……」
「……はは」
右京は笑った。
「んな、大袈裟な……」
しかし他に笑う者はいなかった。
皆、右京を見つめ、柔らかく微笑んでいる。
「……………」
その優しい視線に包まれると、つんと鼻の奥が痛くなった。
右京は痛みを振り払うように立ち上がり、もう一度黒板を眺めた。
「………俺は……これかな」
右京が選んだ答えに、メンバーは目を丸くした。
◆◆◆◆
「ちょっと見た?」
「見た見た。提案課題でしょ?ふざけんなって感じ」
「そっちのクラスも反対するでしょ?」
「当然!」
右京は廊下から聞こえてくる声に耳を澄ませながら、教室に1台しか置いていないパソコンで生徒総会の司会進行原稿を作っていた。
「……ねえ。まだ終わんないの?みんな帰っちゃったよー?」
廊下に聴覚の焦点を合わせていたため、すぐ隣で画面を覗き込んでくる永月の声がやけに大きく聞こえる。
「終わんねえよ。帰れっての」
言いながら右京はその小麦色に焼けた顔を睨んだ。
「教室のエアコン切られたから暑いしさー。せめて生徒会室でやればいいじゃん!」
「あそこのパソコンは今諏訪が使ってんだよ」
「えー、あのゴリラがー?」
言いながら図々しく肩を抱いてくる。
「てかさ、あのゴリラってあんなに強かったっけ?俺、結構、体鍛えてるんだけど、なんかいつも負けるんですけど」
「……なんで戦ってんだよ、お前らは」
右京は呆れながら視線をパソコンに戻した。
「なあってー。一緒に帰ろうって約束したじゃん」
言いながら、教室に誰もいないのをいいことにもう一つの手も首に回してくる。
「してねえ」
「したよ。夢の中で。裸で。喘ぎながら」
「お前な……」
「なあ、右京……」
永月が至近距離でこちらを見つめてくる。
「――伝わらない?俺、今度は本気なんだけど」
右京もディスプレイから目を外し、永月を振り返った。
「あんなひどいことしたけどさ。今はもう裏表なく、お前に本気なんだよ。お前さえ嫌じゃなければ……もう一度やり直したいと思ってる」
「――――」
「ねえ。もう俺のこと、全然好きじゃない?嫌いになっちゃった?」
「――――」
「……はは。すげー」
とそのとき廊下から声が聞こえてきた。
「放課後の教室で盛る雄猫2匹」
尾沢が開いたままのドアから覗き込んでいる。
「ニャ~ン?ニャア!ニャッ!ニャァッ!ははは」
猫の真似で喘いで見せながら、上履きをベタンベタンと踏み鳴らしながら去っていく。
その後ろから続いた顔に、右京は思わず「あ」と口を開けた。
蜂谷は抱きつく永月をつまらなそうに見て、その視線を右京にスライドさせた後、特に反応もせずに行ってしまった。
「……あらあら。ますます小っちゃくなっちゃった」
永月が自分の中で力が抜けた右京を見下ろす。
「うきょ………」
「俺さ」
右京は永月の腕に手を添えながら口を開いた。
「お前のこと、嫌いになってないよ。お前を追いかけて東京に来たことに後悔もしてないし、なんなら、お前への感情もあの頃と変わってないんだ。今だってすごい奴だと思ってるし、プレーを見て胸が高鳴ったりもする。でも―――」
「――――」
永月はすっと息を一瞬で肺に満たし、今度はそれを長い時間かけて吐き切った。
「―――すごい、振り文句だね」
言いながら優しく手を離した。
「初めから、俺への感情は、恋や愛ではなかったって。そういうこと?」
「……多分」
「比べる対象ができたから、そのことに気づいたんだね」
「―――そうかも」
言うと永月は口元だけ綻ばせながらカクンと頭を折った。
「……にしても、蜂谷かあ」
言いながら足を伸ばし、頭を掻く。
「俺が言うのもなんだけど、あいつのこと好きになってもいいことないと思うけどなー」
右京もパソコン机に手を突き、腕をのばした。
「心配すんな。とっくに振られてる」
「―――え、そうなの」
永月が嬉しそうに耳に口を寄せてくる。
「じゃあ、傷心者同士、セックスでもする?」
「しない」
「硬いなあ……」
永月は笑いながらそばにあった机に突っ伏した。
「じゃ、終わったら声かけて。寝てるからさ」
「……帰れって」
「夜道は危険ですよ。送りますって。ホントに送りたいの。ただそれだけ」
言いながら手をヒラヒラとふり、腕の中に顔を埋めた。
少し経つと小さく鼻をすする音が聞こえてきた。
「――――」
右京は視線をディスプレイに戻すと、静かにキーボードを叩き始めた。
開け放った窓からは、ヒグラシの鳴き声が、夕暮れを映した校舎に響き渡っていた。
◆◆◆◆◆
「いやいや、気持ち悪いね、モーホーの世界は」
前を歩く尾沢は、言葉のわりに楽しそうに言った。
「永月といい、多川さんといい、なんで硬くてごつい男の方がいいんだかねー」
「――――」
蜂谷は渡り廊下の窓から見える3年の教室を振り返った。
今頃あの教室でキスの一つくらいしてるだろうか。
押しに弱い右京のことだ。
永月が本気で迫ってきたら、きっと拒めない。
―――モトサヤか。
それもいいかもしれない。
今度こそ本当の両思いだ。
だいぶ性格に難のある奴だが、宣言通りサッカー部を全国優勝に導く男気はあるし、さすがにもう裏表はあるまい。
―――ただ、目の前でイチャつかれんのはムカつくけど。
「あ、そうだ」
軋む渡り廊下を歩きながら、尾沢は振り返らないまま言った。
「俺さ。言ってなかったけど、来月で学校、辞めるんだわ」
「―――は?」
思わず足を止める。
「はは。授業料払えなくなったって親が」
尾沢は笑いながら歩き続けた。
「家のために働けって言われたけど。あれだ。俺、あいつらに何かしてもらった記憶ってないし」
「――――」
「だから何かをしてやる義理もねえ」
尾沢はそこでやっと蜂谷を振り返った。
「好きに生きるよ」
「――――」
「だから!蜂谷グループ次期社長のお前とは、これでお別れだ」
「―――え」
「切っとけ切っとけ!こんなやつ。ろくなもんじゃないぞ、きっと俺の人生」
ニシシと奥歯を見せながら笑う。
「尾沢―――」
「じゃあな!月曜日、学校でー!」
言うと尾沢は高々と手を上げながら踵を返した。
スタンスタンとすっかり踵がつぶれた上履きが放つ音が、人気のない廊下に響き渡る。
「……………」
――――好きに生きるよ。
その言葉も、着崩した制服も、彼の3年間貫き通した金色の髪の毛でさえ、今の蜂谷の目には眩しく映った。