『それではこれより、第18回 生徒総会を始めます。出席確認をお願いします』
加恵にマイクを手渡された結城が、マイクスタンドの前に立つ。
『全校生徒数、778名。1年生出席者268名、2年生218名、3年生215名、計701名。
本日の出席者は、宮丘学園高等学校全校生徒の3分の2以上となるため、この会は成立します』
コの字型に並んだ全校生徒から、まだらな拍手が起こる。
『開会宣言。第18代目生徒会長。右京賢吾』
加恵が言うと、
「はい!」
右京はコの字の中心に立ち一礼した。
『おはようございます!
まずはこの会の開催に当たって、各委員長の皆さん、部長の皆さん、学級委員の皆さん、2学期が始まったばかりの忙しい時期に、資料を作成・提出していただき、ありがとうございました。
皆さん。今日は、生徒総会です。決算の報告や予算の審議に終わるのではなく、明日の宮丘学園を作るのは自分たちであると、一人一人が自覚をもって、この会に臨んでください。
第18回 生徒総会の開会を、ここに宣言します。
3年5組 右京賢吾』
後輩たちの中から黄色い声が上がる。
先ほどとは比べ物にならない拍手が巻き起こった。
「……いよいよだな」
議長席に戻ってきた右京に諏訪が囁く。
「ああ」
右京も頷く。
「冷静に、かつ公正に」
諏訪が微笑む。
「熱く、そしてひた向きに」
右京もにやりと笑う。
「矛盾してんだろ!」
2人は笑いながら、長机の下で拳を合わせた。
◇◇◇◇◇
各委員会の活動報告と、各部活の決算報告と予算案の報告までは滞りなく終わった。
しかし提案議題のところになって、やはり会は荒れ始めた。
「旧講堂の舞台カーテンの補修」と、「全校舎のモップの経年劣化」を理由に新規購入するところまでは簡単に決まったのだが、「中間休みの5分延長」については、特別教室から遠くない1、2年生から、下校がその分遅くなるという理由で反対意見が出て、多数決による審議の結果、特別教室から遠い3年生が負ける結果となった。
「そもそも3年生なんて、特別教室行く機会自体が少ないじゃないですか」
反対意見を出した2-1の学級委員の言葉が、受験勉強でストレスをため込んだ3年生の逆鱗に触れた。
続く「部活動の夏時間の15分延長」については、すでに引退し部活に関係のないはずの3年生たちが、今年度に入ってからの治安悪化というもっともらしい理由を掲げて反対し、そもそも活動時間を別に求めていない帰宅部や文化部が反対意見に流され、棄却された。
さらに「購買部の自動販売機増設」については、既存の自動販売機の売り切れがないことと、学校の半径200m以内にコンビニエンスストアが二つあることを理由に、さらに「部室棟の空気清浄機の設置について」は、無駄に電気代がかかるのと、窓を開けての換気で事足りるとの理由から、それぞれ3年生が中心となって棄却された。
「……まあ、こうなるだろうとは思ったけどな」
諏訪は苦笑いした。
「毎年生徒総会はこうなるんだよ。もっともっと学園の居心地をよくしたい1、2年生と、もう半年もこの学園にいない3年生との間で対立が起こる。
まあ今まで自分たちが耐えてきたことを、後輩たちだけ許されるのが面白くないって気持ちはわからないでもねえけどな」
「そして一番揉めるだろう案件が……」
諏訪が右京の手元を指さす。
「お前が選んだ、ソレだ」
『ー続いて第7号提案議題について。司会進行を右京賢吾君、お願いします』
加恵が言う。
「はい!」
右京は立ち上がり、司会席に移り着座した。
すでに下級生に飛び掛からん勢いで睨んでいる3年生と、唇を結んで先輩を見つめる1、2年生を交互に見つめ、右京は腹に力を入れた。
『それでは、第7号提案議題「学校指定靴下の廃止について」討議を始めます』
『まず提案議題を提出していただいた1年5組から、提案の理由と考えられる対策を発表していただきたいと思います』
体育館に、右京の凛とした低い声が響き渡る。
「はぁ。たりいな」
コの字から外れ、ろくぼくに寄りかかりながら座った蜂谷と尾沢は、同時にため息をついた。
「これ、どんくらい続くの?」
尾沢が体育館の時計を見上げる。
「さあ。でも第7号議題って言ってるからそろそろ終わりじゃね?」
蜂谷は配られた資料をおざなりに眺めながら、ため息をついた。
215名の先輩たちに睨まれながら、小柄な女子生徒が前に出てきて、マイクを握った。
『えと……まず、私たちの教室、っていうか、あのクラスでは……学校指定の靴下について、その……』
「聞こえませーん!!」
3年生の列から女子生徒の低い野次が飛び、続いて笑いが起こる。
「うわ。こえー」
尾沢が脇で笑う。
『……す、すみませ……』
マイクを握ったままの女子生徒が俯く。
「頑張れー!祐実―!」
1年生の列から声援が飛ぶ。
「大丈夫だよー!」
「落ち着いてー!」
その声に、
「頑張れぇ~!」
明らかにふざけた3年生の女子生徒の声が続き、また笑いが起こった。
『皆さん、静粛に』
議長席の中心にある司会進行席に座っている右京が、資料をトントンと机に打ち付けながら言った。
『1年5組の学級委員、まずは氏名から発表してください』
『あ、すみません!』
女子生徒が顔を真っ赤に染め、3年生たちの間からまた笑いが起こる。
『1年5組の坂本祐実です』
ぺこりと頭を下げる彼女に、右京は司会席から微笑んだ。
『ありがとうございます、坂本さん。落ち着いて大丈夫ですよ。あなたの手の中にあるのは、話し合われたクラスの意見です。堂々と発表してください』
その有無を言わさない口調に、3年生の女子たちが黙る。
『は、はい……!』
坂本は握りしめた紙を目の前に掲げ、口を開いた。
『学校指定の靴下について、ですが、今私たちが履いている靴下は、校章がワンポイントで入っている白のハイソックスで、冬のブレザーにも、夏のセーラー服にも似合わないという意見が出ました。
長さも足首から25㎝と、脹脛で中途半端に止まる長さで、冬温かいわけでもなければ、夏は暑くて、その……足が太く見える、と』
そこまで言うと坂本はまた顔を俯かせてしまった。
「……足が太いのは、個人的な問題じゃなくて…?」
3年生からまた野次が飛び、少し笑いが起こった。
『……他の高校も、見る限り靴下は自由なところが多いみたいだし、時代遅れだし、ダサいのではないかという意見がありまして……』
消え入りそうな声で坂本が続ける。
『……せめて、色を紺色にするとか、長さを変えるとか、そういう対応をしていただければ、ありがたいです……』
そこまでなんとか言い切ると、ぺこりとお辞儀をして、逃げるように1年の列に戻っていった。
『以上の1年5組の提案について、反対案があるクラスは、プラカードを上げてください』
「わお」
尾沢が笑う。
3年生の全てのクラスからプラカードが上がっていた。
『3年1組』
右京が冷静な声で言うと、女子生徒が飛び出すように前に出てきて、1年生を睨んだあとマイクを持った。
『3年1組 狩野恵子です!』
その元気な声に、マイクがキーンとハウリングする。
話をしたことはないが、確かバレー部の部長だった生徒だ。
「けいちゃん!がんばー!」
「まけんな、恵ちゃん!!」
元運動部のノリで、3年生から声援が飛ぶ。
彼女はその声援に拳をあげて答えて笑いを取ってから、右京の方をまっすぐ見つめた。
『学校指定の靴下を使用することは、生徒たちの服装の乱れ、ないしは心の乱れを抑制するために効果的だと考えます!!』
「よく言ったー!」
また声援と拍手が起こる。
『それに私たちは、この靴下、かっこいいと思います!白という清潔な色もそうですし、長さも長すぎず短か過ぎず、オールシーズン対応しています!』
生徒たちから笑いが起こる。
『価格も3足セットで1000円とユニシロもびっくりのリーズナブルさ。丈夫でほつれにくく、汚れればハイターで一発漂白できるのもいいところだと思います!』
またまた笑いが起こる。
『宮丘学園の校章も、緑の丘に桜の花びらで清々しく素敵だと思います!これを変えるのには断固、反対しまーす!』
3年女子から一斉に拍手が起こる。
1年生たちは3年生の迫力に圧倒され、口を結んだまま、膝を抱いて座っている。
『1年5組。今の3年1組の発表について、何かありますか?』
他の生徒に隠れるように座っていた坂本が、慌てて首を振る。
『他に、何か案のあるクラスはありますか?』
右京が見回すと、3年1組の発表で満足したのか、他のクラスもプラカードを下げた。
『それでは―――』
右京は振り返り、結城に何やらアイコンタクトをした。
『審議に入る前に、ここで一つの資料を提示させていただきたいと思います』
結城と清野が立ち上がり、何やら大きな紙を掲げた。
『こちらは東京都内で指定靴下のある学校の比率です。11%というけして高くはない比率となっています。中でも白い靴下は、宮丘学園高等学校ただ一つだけです』
右京はマイクを握りながら、指示棒を伸ばし、円グラフをなぞった。
『つまり、1年5組の意見、“時代遅れ“というのはきちんと根拠があると思います。次に』
右京が目配せをすると、結城と清野は次の紙を取り出した。
『これは大手スーパーマーケット、洋服店、ホームセンターで売っている靴下の価格です。
今は、靴下1足150円で売買されるのも珍しくない時代です。けして宮丘学園の指定靴下が目立ってリーズナブルなわけではありません』
3年生の女子の口が閉じていく。
顎を引き、右京を睨み始める。
『さらにハイターなどの漂白剤を使ってしまえば、先ほど3年1組が“清々しくて素敵”と形容した校章の色は取れてしまうと思うので、この意見にも根拠がありません』
「―――ナニソレ」
狩野恵子が言う。
「司会が、しかも発言力がある生徒会長が、どちらかの意見に偏って進行していいんですか?」
恵子が叫び、
「そうだそうだ!」
「右京君、1年の肩持つのー?」
「おかしいでしょー!」
3年生の女子が賛同する。
「あらあら」
尾沢がニヤリと笑った。
「針のむしろとはこのことだな。さて、どうする?生徒会長?」
「…………」
蜂谷は顔色一つ変えずに野次を受け止めている右京を見つめた。
『もう一つの資料を提示したいと思います』
右京は動じることなく結城たちを振り返り、もう1枚の紙を提示させた。
『これは第16回生徒総会。提案議題第4号の議事録です』
右京が言うと、3年生は途端に黙り、彼を見上げた。
1、2年生たちが目を細めながらその資料を乗り出すように見つめる。
『後ろの皆さんは見えないと思いますので、読み上げます。提案議題第4号「学校指定靴下の廃止について」』
「――――!」
皆が目を見開き、体育館がしんと静まり返った。
『私は今年の1月にこの学校に転入してきたので知りませんでしたが、今の3年生の皆さんは一度、同じ議案を検討しています。その際意見を出したのは、当時の1年3組。皆さんの学年です』
「……………」
先ほどまで前かがみに右京を見上げていた3年生たちが、息をつきながら元の体勢に戻っていく。
『2年前、1年生だったみなさんは、今日と同じく、当時の3年生の意見にねじ伏せられた。
それから2年間、その時の無念を抱えながら、その靴下を履き続けてきたんですよね?』
右京は先ほどまで自分にこれでもか野次を飛ばしていた女子たちを見つめた。
『だからここで変更することは許さない。許せない。自分たちは耐えたのに、と』
右京はマイクを持ったまま、立ち上がった。
『でも想像してみてください。皆さんはあと半年でこの学園を去り、飛び立っていく。
1年後、5年後、10年後、この町を歩く際に、宮丘学園の制服を見て、懐かしく思うこともあると思います。
そのときに、靴下が白かったら、どう思いますか。自分たちが嫌だった靴下が、そのままだったとしたら』
右京はそこまで言ってから3年生だけではなく皆を見回した。
『大人になった皆さんは、「あのとき変えてあげればよかったのに」と思うのではないでしょうか。
では逆に皆さんがこの瞬間、指定靴下の廃止を決定したら、どうでしょうか?』
右京の大きな目が、全校生徒を見つめる。
『「自分たちが宮丘学園の歴史を変えたのだ」と嬉しくなると思いませんか?』
1年生が顔を上げる。
3年生が小さく息をつく。
2年生が互いの顔を見つめあう。
『私は、3年生の皆さんより一足先にこの学園を去ります』
右京が発した言葉に皆が視線を彼に戻す。
『持病の治療のため、来週いっぱいでこの学園を退学という形辞め、故郷に帰ります』
「――――!」
蜂谷は思わず立ち上がった。
『治療後は家業を継ぐため、私の最終学歴は高校中退という形になります』
その言葉に諏訪も驚いたように顔を上げている
『私の母校となる宮丘学園の生徒たちと、そこを巣立つ人間にとって、最善の選択をしていただければと思います。まあ個人的には……』
右京はにやりと笑った。
『靴下なんて、どちらでも構いませんが……』
ふっと誰かが吹き出した。
張り詰めた体育館に温度が戻る。
呆れたように3年生がため息をつき、1年生が右京を見つめ、2年生が拍手を送った。
『それでは、第7号提案議題について、多数決による決議を行います』
右京は声を張り上げた。
『「学校指定靴下の廃止」に賛成の方、挙手をお願いします』
各クラスの前に立った学級委員がその数を数える。
『反対の方、挙手をお願いします』
またその数を学級委員が数える。
『学級委員の皆さんは、後ほど、私にその数の報告をお願いします』
右京は微笑んでいった。
『圧倒的多数により、本議題は可決されました。
今後については、先生や保護者会と審議の上、詳しく決定され次第、皆様に提示したいと思います』
1年生から拍手が起こる。
それは2年生に伝染し、3年生も仕方なく手を叩いた。
『これで、第7号提案議題に関する審議を終わります。ありがとうございました』
右京の大きな目に涙が溜まるのが遠目にも分かった。
「―――会長、いなくなるって、マジか」
尾沢が呟く。
「やべーわ、それ」
なぜか携帯電話を取り出している。
―――あいつが、いなくなる……?
蜂谷は瞬きも忘れて右京の姿を見つめまたろくぼくに背を付けると、そのまま力なく座り込んだ。
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