「ファーストフードって思ったよりも、美味しかったです」
「それは良かったです」
ハンバーガーを苦戦しながらも頑張って食べている先輩の様子が頭に浮かぶ。
「この後はどうしましょうか?」
「そうですねぇ。特に買いたいものなどないのですが、もう少し見て回っても良いでしょうか?」
「わかりました。その前にお手洗いに行っても良いですか?」
「はい、私はここでお待ちしてますね」
俺は、先輩を残してトイレへと向かった。トイレはフードコートの端にあったので、さほど時間はかからなかった。
ーーーーーーーーーー
「おい、嬢ちゃん、俺達と遊びに行かない?」
「一緒に楽しいことしようよ」
「・・・」
いくら話しかけても反応がないことに、イラつき始める男たち。
「おい、聞いてんのかよ?」
「優しくしてやってたら、調子に乗りやがって」
「私に触らないで頂けますか?」
澪は自分へ向かって伸びてきた腕をパチンと叩き落とす。そして、男嫌いの澪は虫からでも見るかのように男達を睨みつけた。
予想外の出来事に、一瞬驚きの表情を見せたが、男達は怒りを露わにし、澪へ再び手を伸ばした。
ガシッ!
「すみません、この人俺の連れなんですけど」
間一髪間に合った俺は、先輩へと伸びた腕をがっちりと掴んだ。先輩は俺を見ると安堵の表情を見せる。
「おい、なんだてめぇ」
「俺達の邪魔するんじゃねぇよ」
なんだか、以前にも似たようなことがあったような気がするな。やっぱり可愛い子は絡まれる宿命なのだろうか?
「だから、この人俺の彼女なんです。邪魔なのはあなた方ですよ。澪、こっち」
俺に呼ばれた先輩は、嬉しそうに俺の後ろに回った。「晴翔様」と言いながら俺の背中に隠れる。その姿をみて、とりあえず無事で安心した。
しかし、だんだんとイライラが溜まっていき、掴んでいる手にも力が入っていく。
「いだだだだただだ!!」
「お、おい大丈夫か!?てめぇぇ!!」
突然痛がりだした仲間を見て、俺に掴み掛かろうとする男。しかし、余りの遅さに欠伸が出てしまう。
俺はこちらの男の腕も掴むと、2人ともそのまま捻り上げた。余りの痛さに悲鳴をあげながら突っ伏している2人。
「これに懲りたら、ナンパなんてやめるんだな。それと少しは相手を選ぶんだな。お前らに澪は釣り合ってない」
俺は2人の手を離してやると、そそくさと逃げていく男達。
ったく、本当にどこにでも居るんだな、ああいう奴らは。
「先輩、行きましょうか?」
「晴翔様、先程のように澪と呼んでください」
「えっ?」
あぁ、そういえばさっきは勢いで呼んでしまっていた。今日は先輩の家で、婚約者のふりをしてたからな。その名残が出てしまった。
「ダメ、ですか?」
「うっ」
先輩は瞳をウルウルさせ、こちらを上目遣いで見る。くっ、破壊力が半端ない!
結局、この美少女の視線に耐え切れず、俺は澪と呼ぶことになった。
「わかりました、澪」
「敬語も不要です」
「それは流石に」
「不要です」
「わ、わかったよ」
「ふふふ、嬉しいです晴翔様♪」
どうやら俺は女の子に弱いらしい。今まであまり関わってこなかったせいなのか、はたまた性格のせいなのか。
そんな時、俺の携帯が震えた。
「澪、ちょっとごめん」
「かまいませんよ」
俺は、澪に断りを入れてから電話にでる。
「もしもし、齋藤です」
「もしもしー、安藤ですけど。今大丈夫?」
「大丈夫ですよ?どうしたんですか?」
「えっと、『青い鳥』関連の話なんだけど、今からスタジオ来れる?」
「今からですか?」
俺は電話をしながら澪を見る。このまま別れるのも可哀想だ。
「連れが居ても良いですか?」
「別に構わないよ」
「ありがとうございます。じゃあすぐ行きます」
「わかった。今日はいつものスタジオじゃないから、マップ送るね。じゃあよろしく」
俺は通話を終えると、恵美さんからメッセージを受け取った。本当だ、いつもの場所と違う。
「澪、俺これからスタジオ行くんだけど」
「お仕事では仕方ないですね。寂しいですが、今日はここまでにしましょう」
澪は少し寂しそうな表情を見せたが、すぐに笑顔を俺に向けた。
「澪が良ければ、一緒に来るか?」
「えっ?いいのですか!?」
「うん、恵美さんからもOKもらってるから」
「行きます!生HARU様見たいです!!」
「あはは、わかったよ。じゃあ行こうか」
澪のテンションの上がりように、若干引いたが、喜んでくれてるようでよかった。
「では、葛西に送ってもらいましょう」
「えっ、良いんです?」
「葛西なら喜んで送ってくれますよ」
その後、澪が葛西さんに連絡を入れてから、俺達は車へと戻った。
「お嬢様、お待ちしておりました」
「葛西、ここに行ってもらいたいの」
澪は俺の携帯を葛西さんに見せる。
「はい、お嬢様。えっと、こちらはスタジオですか?」
「えぇ、晴翔様がこれからお仕事に行かれるの。同伴して良いそうなので、一緒に行きましょう?」
「よろしいのですか!?」
葛西さん、すげぇ嬉しそう。そんなにスタジオ行きたかったのか。
「葛西、気持ちはわかるけど、安全運転でよろしくね」
「お任せください!」
俺達は車に乗り込むと、葛西さんの運転でスタジオへと向かった。車で一時間かからないくらいの場所だったが、俺には無縁のスタジオだった。
「このスタジオって、音楽収録で使うところですよね?」
「そうだね。俺も来るのは初めてだ」
そう、モデルや俳優業しかしていないので、このスタジオには縁がなかった。しかし、今回何故呼ばれたのだろうか?
とりあえず、俺は恵美さんに連絡を入れることにした。
「恵美さん、着きましたよ?」
「お、早かったね。今迎えに行くよー」
それから5分ほど待つと、恵美さんがやってきた。
「急に呼び出してごめんねぇ」
「いえ、大丈夫ですよ。あ、こちら今日一緒に来た連れです」
「あーはいはい、よろしくーって、あれ?香織ちゃんじゃないの??」
「ははは、今日は訳あって違うんです」
澪とは色々ややこしい関係だから、説明はしなくて良いだろう?
「初めまして、晴翔くんのマネージャーを務めてます安藤恵美です。一応こちら名刺です」
「ご丁寧にありがとうございます。私は晴翔様の婚約者で不知火澪と申します。こちらは運転手の葛西です」
葛西さんは特に挨拶することなく、澪の挨拶に合わせて、ペコリと頭を下げた。
「えっ、今さらっとすごいこと言わなかった?」
恵美さんは、ぎこちなく俺の方は振り向く。
「婚約者って何、晴翔くんには香織ちゃんがいたよね!?」
「あはは、まあ色々ありまして」
「ま、まぁ、プライベートは詮索しないけどさ。スキャンダルは気をつけてね」
「ふふ、その心配はいりませんよ。もし、晴翔様に危害を加えようものなら、不知火が黙っておりませんので」
「不知火がって言われても。・・・不知火?えっ、待って。不知火って、あの不知火グループの?」
「そうですよ、確か貴方の会社にも、うちが関わってましたね」
「まさか、不知火のご令嬢だとは知らずに失礼致しました。それならば安心ですね。晴翔くん、将来安泰ね」
「ふふ、晴翔様は私が養って差し上げてもよろしいですが、きっとその必要がないくらい有名になりますから」
「それもそうですね。さて、晴翔くん、行こうか」
「はい」
俺達は恵美さんの後をついて行く。澪はよそ見することなく着いてくるのだが、葛西さんはキョロキョロとあたりを見渡しながら着いてくる。
見かけによらず、子供っぽいところがある葛西さん。ギャップが凄いな。
「晴翔くん、こっちだよ。入って」
恵美さんに促され、中に入ると、そこはレコーディングスタジオだった。テレビで見たことのある機材があり、ガラスで部屋が分かれている。
「晴翔くん、紹介するね。今回レコーディングしてくれる蘇原有加そはら ゆかさん」
「蘇原です、よろしく」
「HARUです。よろしくお願いします」
ふーん、と言いながら俺のことを値踏みするように見る蘇原さん。
「確かに格好良いけど、私はイケメンには興味ないのよね。とりあえず、歌ってみてくれる?」
「蘇原さんはちょっと変わり者でね。歌が上手い人にしか興味がないの。だから、初めに歌を聴いて仕事をするか決めるらしいの」
「え、じゃあ俺が下手だったらどうするんですか!?」
「その辺は大丈夫。香織ちゃんから、晴翔くんとカラオケに行った時の動画見せてもらったの。だぶん大丈夫だと思う」
「いつのまに」
「ねぇ、早くしてよ」
蘇原さんが退屈そうにこちらを見ているので、俺はささっと準備をする。
「じゃあ、何か好きな歌ある?音源たくさんあるから流すよ」
「じゃあ、あのドラマの主題歌のやつで」
「あぁ、あれね。了解」
〜〜〜〜♪
音楽が流れ始める。
き、緊張するな。俺は、周りの反応に惑わされないように、目を瞑って歌う。
たった4分ほどの曲だったが、とても長い間歌っていたように感じる。
ふぅ、大丈夫だったろうか?
俺は、恐る恐る目を開けると、みんな驚いたような顔をしている。葛西さんに限っては号泣していた。
「HARUくん!」
「は、はい!」
「是非、一緒に仕事をしよう!最高の曲を提供するよ!!」
こうして、俺はドラマ『青い鳥』の主題歌を担当することとなった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!