夜、もう9時になる。
なんだか名前の分からない虫が今日も夜の街を悲しく歌う。
もう遅い時間だけれど、僕は徒歩で家に帰った。
玄関の前に立ち、扉を開ける前に耳を扉につけて、父と母の様子を聞く。
今日は静かだったので、僕も静かに玄関を開けて自室に戻ろうと……、した。
後ろから力強く腕を掴まれてそれを防がれた。
…驚くことも、抵抗することもせず、僕は父さんの思うがままにされる。
何度か目のことで、こうするのが1番痛くなく済むことは分かっていたから。
抵抗したら暴力を振るわれる。やめてと声を出せば激しくされる。…そんなのは嫌だから。
仰向けに脱がされた僕に覆いかぶさった父さんの“何か”が僕の中に入り込む。煙草とアルコール味の不味いキスをされて父さんの低い喘ぎ声と吐息が直接僕の耳に届く。
中を出し入れされるのにまだ慣れなくて気持ち悪い。
…お腹、空いたな。、もう何日も食べてないや。
…早く終わって…
早く、早く。
30分ほどたったのだろうか。
僕の首元に父さんの口が近づいて皮膚を強く吸われる。これが始まると、もうすぐで終わることの合図。
それを10回ほど繰り返されてから、ずるっと僕の中から“それ”が抜けた。
父さんは
「お前が男で良かった」
とそう言い残して寝室に戻っていく。
まだ仰向けで呆けている僕の中からこぷこぷと何かが溢れ出てくる。
…女性はこれをされると、子が生まれてくる可能性があるらしい。 こんな、男性の性欲を満たす為だけにした乱暴な行為のせいで、僕のような子が産まれてくる可能性があるのだ。
それが避けられるのだから、僕も心の中で少しだけ、良かったな、と思えた。
ボロ雑巾のようになった制服を丁寧に水に流して外に干しに行く。
夜空には星が光っていて、冷たい風が頬をさらに冷やしていった。
風呂に入って中から汚いものをかき出す。
…汚い、汚い。
そのまま口から胃液が流れ出してしまったから、一緒に水に流した。
鏡に映る自分の首には、赤いマークが残っており、それだけは、いくら流しても消えなかった。
風呂から出て、現実から逃げ出すようにベッドに身を投げた。
鍵を掛けた部屋の扉が、ガチャガチャと鳴っていた気がしたけれど、もう疲れていたので聞こえないフリをして眠りについた。
…小鳥の囀りが窓から聞こえて、朝の5時半には目が覚めた。
短い睡眠だとしても、取れただけまだマシだ。
母と父が起きてしまう前に手早く準備を済ませよう。
…昨日干した制服を取り、腕を通してから玄関の扉に手をかけた。
すると、不意に後ろから拳が飛んでくる。
母「あんたのせいよ…!!昨日父さんが扉をノックしていたのに無視をしたから…!!代わりに私が犯されなくちゃいけなかった…、副作用のきつい薬を飲んで、貴方のような子が二度と生まれないように苦しむ、私の気持ちが理解できるの…?!?!」
敦「ごめんなさい、次からは母さんを辛くなんてさせないから。」
そう言うとまた頬を殴られた。
敦「…いッ」
母「次やったらさ、私、もう死ぬから」
敦「そ、それは」
…僕は母さんや父さんを心から憎いとは思っていない。否、思えないんだ。だから今もこうして死んで欲しくないと思っている。
敦「…母さんには死んで欲しくないから、…僕が耐えるよ。…だから、もう死にたいだなんて言わないで」
憎しみと憎悪で開いていた母さんの目が悪魔のように細まると、僕の頭にゆっくり手が降りてくる。
母「いい子、いいこ」
そう言って痩せこけた手が僕の頭を痛いくらいに強くなでる。
そこに愛情なんてものは、微塵も感じなかった。
敦「じゃあ、行ってくるよ」
母「…、」
ドアを静かに開けて僕は家を出た。
さっき殴られた右の頬が青紫色に変わりつつある。口の中に血の味が染みるのも、歯が頬に当たって切れてしまったみたいだ。
…そんなことを思っていたらあっという間に学校に着いた。