「貴方が……セイ……」
セイの目の前で止まったエドアルドが、熱の籠った眼差しで見つめてくる。
エドアルドが、いや、魂の番が激しいまでに愛を伝えようとしてくれているのが分かった。
まだ出会ったばかりだというのに、あたかも長年会うことが許されなかった恋人を見つけたみたいに、今すぐ抱き締めたいと願ってくれている。言葉を交さずとも聞き取れたエドアルドの心の声に、セイの胸も張り裂けそうになった。
が――――、セイはグッと拳を握りしめて踏み出しそうになる足を止める。
ダメだ、ここで感情を露わにしてはいけない。
「初めまして、ドン・マイゼッティー。セイです。貴方のような有能な方と知り合えて光栄です」
挨拶をしながら、ゆっくりと手を差し出す。すると目の前の男は緊張した面もちと、切なげな瞳をない交ぜにした表情でセイの手に触れた。
「……エドアルドです。ヴィートから貴方の手腕は聞きました。これまでいくつもの事業を大成させたそうですね」
「これまでは運がよかったんです。毎回同じように、とはいかないかもしれませんので、至らないところがありましたら、ご指摘いただけると助かります」
「こちらこそ、不手際があった時は遠慮せずに言ってくださいね」
お互い、相手が自分の運命だと知りながら必死に仮面を被り、他人行儀な会話に徹する。この場にもし二人の真相を知る者がいたら大いに首を傾げるだろうが、ここではこれが正解だった。
マフィアの世界の規律は途轍もなく厳しい。その中でもファミリー間に定められたものは特に重く、裏切りや謀略を防ぐためという理由の下、ボスの許可なしに別々の組織の人間同士が会うことすら禁じている。つまりいくら運命の番といえ、ファミリーとファミリーの壁は容易に越えられないのだ。セイもエドアルドも、それを痛いほど理解している。
それに、とセイは視線だけで隣にいるヴィートを見遣った。
――――思ったとおり、警戒している。
一見、二人の間で穏和な表情を浮かべているように見えるが、よくよく観察して見ると浮かべる笑顔の下の瞳が氷色に染まっていた。おそらく彼なりに何かを感じ取って、アルファであるエドアルドがセイに必要以上に近づかないよう目を光らせているのだろう。ヴィートの執着心はかなり強い。それは生まれた時から隔離された世界で生きることを義務づけられた彼の中で、幼なじみであるセイが唯一の理解者であり特別な存在に位置づけられているからだろう。
ヴィートはどんな理由であれ、セイを手放すという選択はしない。だから。
――――やはり、彼との将来は考えない方がいい。
心の相性も身体の相性もこれ以上ないというほど合うと言われる運命の番は、出会えば百パーセントの確立で婚姻を結ぶものとされている。誰にも引き裂くことができない関係であると、学術書にも書いてあるぐらいだ。
しかし、そんな研究結果は夢物語に終わるだろう。
そう、この愛は決して実らない。
セイは脳内に浮かんで止まないエドアルドとの蕩けるような生活を早々に追い払うと、唇を噛みながら密かに運命の対へ決別を告げるのだった。
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