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新谷をアウディーの助手席に転がし、シートをめいっぱい倒すと、彼は右へ左へ顔を捩った後、大人しくなった。
「つーか。ほっせえな。そんな身体だから狙われんだろうが」
言いながら仮眠の枕用に使っているバスタオルをその上に掛け、形だけシートベルトを締めると、篠崎は運転席に回り、ドアを閉めた。
「渡辺に電話」
言うとナビゲーションが反応する。
トゥルルルルル
トゥルルルルル
「篠崎さん、どうでした?新谷君、無事でした?」
開口一番、渡辺が叫ぶように聞く。
(……いやこれ、どうだったんだ?)
助手席でスヤスヤと眠りこける新谷を見て、篠崎は目を細めた。
「とりあえずこのバカ連れて戻るから、話はその時に」
「うう…」
新谷が寝返りをうち、かけてやったタオルが少しずれ、白い肩と白い鎖骨が露わになる。
妙に艶めかしい寝姿を見て、篠崎はまたため息をつく。
「……とりあえず、戻るから」
はぐらかすように通話を切ると、ギアをドライブに入れた。
『新人嫌いの篠崎さんが、珍し』
国道を南下しながらハンドルを握っていると、紫雨の声が蘇ってきた。
(勝手なことを。俺だって続きそうな後輩は育てるわ。現にナベだってそうやってきたんだし)
『えー、それだけですか?本当に?』
(それだけって。他に何があんだよ)
『もしそうなら、かわいそうだな、新谷君が』
走らせながらチラリと助手席を振り返る。
『その子、ゲイでしょ』
(だからなんだっつうんだ。紫雨も新谷もその彼女に至ってまで、こいつの過去のことを気にしやがって)
信号が赤になり、篠崎はブレーキを踏んだ。
車体が停まると、窓を開け、そこに肘をついた。
確かにこの男はもともとゲイだったのかもしれないし、それなりの男性経験もあるのかもしれない。
(しかし今は可愛い、しかも医者で優秀な彼女がいて、就職したばかりのハウスメーカーで死に物狂いで頑張ってんだろうが。
それを過去に引きずり込もうとしやがって、あの野郎。もし万一、こいつがまた男に目覚めたら、どうしてくれ……)
「!」
気配を感じて振り返ると、助手席に寝ていたはずの新谷がムクリと起き上がっていた。
「……ビビらせんなよ。気分はどうだ」
まだ意識が朦朧としているらしく、こちらの問いに反応せずにぼーっとしている。
「新谷?」
言ったところで、彼の細い両手が自分の顔を包み込んだ。
「おい………?」
そのまま顔を寄せられ、唇が合わさった。
感触を確かめるように、弱く動く唇はまるで別の生き物のようだった。
(お前、さっきゲロ吐いた口で……いやそこじゃねえ!)
慌てて華奢な肩を掴み、自分から離すと、もっと強い力で引き寄せられ、再度唇が合わさった。
今度は舌まで挿入されてくる。
女とは違う太い舌が、女にはない強引さで、自分の口内に入ってくる違和感に、篠崎は全身の毛が逆立つのを覚えた。
力づくで突き飛ばすと、新谷は片手を篠崎に残したままやっと身体を離した。
(こいつの細い体のどこにこんな力があんだよ!)
後続車から間延びしたクラクションが鳴らされる。
いつのまにか目の前の信号が青になっていた。
篠崎はハンドルを握り直すと、足をアクセルに移した。
いきなり発進した車のせいで、新谷はリクライニングを倒したままのシートの上に転がった。
しかしそれでも片手は篠崎の腕を掴んでいる。
(ん?なんだ、この匂い)
饐えた匂いに紛れて一瞬鼻孔を掠めたこの匂い。
これは……。
「お前、酒飲んだのか?」
新谷が篠崎を引っ張る形でムクリと起き上がり、自分の口を手首で拭った。
低い声。
砕けた言葉。
据わった目。
(こいつ……)
(酔っ払ってやがる…!)
篠崎はキョロキョロとあたりを見回した。
(もう少し行ったところの道路脇に確かコンビニがあったはずだ)
バックミラーで確認しながら、左に車線変更をしたところで、トロンと目を開いたり閉じたりしている新谷が、やっと篠崎から手を離した。
「……じゃあ、今度は俺が……」
言いながら離したばかりの手を、篠崎のベルトに掛ける
「は?!おい!」
「……お返しに咥えてあげるよ」
「……はあ!?」
白くて細い指が、硬いはずのベルトを起用に緩めていく。
あっという間にそこを開くと、今度はチャックを指で挟む。
「おいこら!この酔っ払……!」
酔っ払い?
違う。
こんなこと、普通は酔っ払ってもしない。
こいつはやはり……ゲイなんだ。
「……くそっ。やめろ!」
左手でハンドルを掴んだまま、右手を握りしめ、いったん引いて、軽く手首を返しながら細い彼のみぞおちに食らわせた。
「ゥグッ!!うう………」
裸の上半身にまともにダメージを喰らった新谷は、腹を抑えながら、そのままシートに倒れこんだ。
腕が目を覆っている。
念のため、もう一発お見舞いする準備として、右手を握っていたが、彼がそこから起き上がることはなかった。
規則的な寝息が聞こえてくる。
篠崎はため息をつきながら、ハンドルを掴み直した。
『続き、してくんねえの?』
『お返しに、咥えてあげるよ』
冷静になった頭に、新谷の言葉が蘇る。
「……やっぱり手を出してんじゃねえか。あのクソ野郎……!」
胃もたれのようなイラつきを覚えながら、篠崎は再び右手を握ると、ハンドルを軽く殴った。