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(……似てるわ。てか同じだわ)
由樹は氷水から上げたばかりのレタスをボールに千切りながら、隣で卵焼きを作る彼女の顔を見つめた。
昨夜、篠崎をガン見したからこそわかる。この兄妹………。
「顔そっくりだって言われません?」
言うと、角形フライパンから卵焼きをまな板の上に下ろした佳織は由樹を振り返った。
「あのオヤジと?やめてくんない?」
睨んだ顔も同じだ。
ノーメイクだからますますわかりやすいのかもしれないが。
(高身長も手足長いのも、遺伝子なのね)
彼女に見つめられた時のゾクリとする感覚も、謎の威圧感もやっと理由が分かった。
「それで?何か言いたいことがあるから、早起きして朝食の支度を手伝ってるんじゃないのかな、君は」
グリルを開けて、鮭の焼け具合をチェックしながら、佳織が髪をかきあげた。
「言い訳なら、聞くけど?」
「…………」
由樹は口を噤むと、代わりに小さなため息を吐いた。
「す、すみませんでした」
「言い訳は、なしってこと?」
コンロに片手を付きながら、佳織がこちらを見下ろす。
「……佳織さんて身長何セン……」
「話をそらさないの」
「はい」
由樹はただでさえ負けているのに、さらに身を小さくして項垂れた。
「あなた、あのオヤジのこと、好きなの?」
「……えっと」
「それとも憧れ的な?」
「うーんと……」
彼女の大きな手がまな板を叩き、先ほど置いたばかりの湯気が立った卵焼きが跳ねた。
「はっきりしろ!!」
「す、好きです!!」
プス……プスゥ……。
グリルから、鮭の油が漏れだす音だけが、台所に響く。
佳織はエアポンプで膨らませた風船の如く、大きく息を吸い込むと、それを胸に貯めたまま由樹を見つめ、風船の結び口を緩ませたかのように、少しずつ吐きだした。
「兄が男と、なんて勘弁なんだけど」
言いながら包丁を持つ。
「で、ですよねっ!安心してください!報われない片想いなんで!」
思わずレタスの入ったボールで腹あたりを守る。
「でも……」
言いながら佳織は身を反転させると、まな板に向き直った。
「……あのオヤジのことをあんな気持ちの籠ったキスをするくらい好きな人がそばにいてくれるんだったら、まあ私も、安心してカナダに行けるっていうか」
「……カナダ?ですか?」
「夫になる人、カナダ人だから」
思わず口を開けた。
(そうか。だから、弁当箱を使うのは、篠崎さんしかいなかったのか)
「いいの、そんなことは」
言いながら佳織は卵焼きに包丁を入れた。
「チャンスじゃない。落とすなら今よ」
「え?チャンス?」
由樹はボールを持ったまま、篠崎と同じ横顔を見つめた。
「美智さん、まだ行方不明でしょ」
「……ミチさん?」
そこで卵焼きを切り終わった佳織はゆっくり顔を上げた。
「お兄ちゃんの彼女。もしかして、知らないの?」
「……………」
持っていたボールが手から落ち、台所にはレタスの葉が散らばった。
『まあ、行方不明っていうのは大げさかな』
由樹は運転する佳織の後ろ姿を見ながら、先ほどの会話を思い出していた。
『ある日突然、消えちゃったってだけ。行方知れずってやつ?』
そして助手席に座る篠崎の顔を見る。
『私はあの人嫌いだから、どうでもいいけど』
「—————、————?」
「———。————、———」
二人の口が交互に動いていて、何か会話をしているようだが、内容は全く耳に入ってこなかった。
『でも特定の人も作らず独身でいるんだから。待ってんじゃないの?お兄ちゃんは』
由樹は俯いた。
『どうせ、不倫なのに』
「……おい」
慌てて顔を上げると、篠崎が紙袋を由樹に差し出していた。
「あ、はい」
「お前の分だと。弁当」
受け取って、バックミラー越しに佳織を見る。
「ありがとうございます」
言うと、佳織は意味深に目を細めた。
「タッパーはおじさん経由で返してよね」
「あ、はい!」
「お礼は、さっきの件でいいから」
篠崎が眉間に皺を寄せて佳織と由樹を見比べる。
「何の件だよ?」
「……あ、あの。自信ないんで、お弁当、お返ししていいですか…?」
由樹が言うと、
「殺すわよ……?」
篠崎より数倍怖い佳織が凄んだ。
「ご、ごめんなさいっ!」
篠崎は再度二人を見比べて、首を傾げた。
……あんた、本当にお兄ちゃんが好きなら。救ってあげなさいよ。あの、たちの悪い人妻から!……