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一夜明けて、同じ駅で降りた二人は、哭倉村までの道のりの途中までタクシーを利用する。
のどかな自然の風景が広がる中、獣道を通るたびに揺れる車内の後部座席に仲良く座っていると、運転手が話しかけてくる。
「しかし、お客さん達も物好きですなぁ……あんな辺鄙な山の向こうの村まで。この辺のもんでもようけぇ近づかんとこですわ」
「へぇ……地元の人でも滅多に近づかないのか」
「えぇ。なんせあそこは、色々と噂になってますから」
舗装などされていない砂利道。
山の奥へと続いていることもあってか、片側は徐々に崖となっていく。
それでも尚、上手い具合にハンドルを捌きながら慎重に進んでいく。
道中、大きめのトラックとすれ違いそうになった際でも、慌てずにギリギリの所まで寄せてから凌ぎきる。
余程の技術が無いと出来ない技を体感したせいか、思わず拍手を送る。
「凄いな、運転手さん。この道を通ったことがあるのか?」
「あ~……ありますけど、最後に通ったのはもう何か月も前ですよ」
「………」
双方の会話を耳にしながら窓の外に目を向ける。
ふと、昔の記憶が甦る。
南方にいた頃のこと。
死屍累々と言っていいほど過言ではない惨状が広がる中、部隊の上司から宣告されたのは、このまま戦場に向かって突き進めとのこと。
大勢の仲間たちが重傷を負っているにも拘らず、死地に赴けと馬鹿らしい命令を下してくる。
であれば、自分はどうなのかと遠回りに問いかけた所、重要な役割があるため共に行けないと何かと理由を付けて逃げるばかり。
「――ぃ……水木」
「ん?」
「着いたぞ」
「あっ……すまない」
いつの間にか止まっていた。
本来の目的地までは、まだ幾ばくか距離があるものの、それでも此処まで来るのに大分時間がかかった。
着いた所は、山奥にある古びたトンネル。
所々ひび割れが入っていたり、苔なども生えている。
両者ともに降りた後、一仕事終えたタクシー運転手は、この先に例の村があるとだけ伝えてから来た道を戻っていく。
因みに運賃に関しては、神谷が纏めて二人分支払った。
「さぁて……ここから先には何があるのやら」
「……言っておくが、仕事の邪魔だけはするなよ?」
「分かってるって。偶々、目的地が一緒だけであって、決してお前さんの邪魔はしねぇよ」
本当にそうだろうかと疑いたくなるも、何とか気持ちを切り替えて足を運ぶ。
並んで歩いて行く中、トンネル内は灯りをともす電気などは点いておらず、昼前でありながら暗かった。
地面も水たまりが所々あり、泥濘も多少ある。
とはいえ、歩けないほど酷くはないため、足音を響かせながら進んでいく。
出口までは左程遠くなかったため、数分もした後に輝かしい日光を浴びる。
「綺麗な所だな」
「………」
「何の感想もなしか?」
「……別に普通だろ」
最初に出迎えたのは一面に広がる畑の数々だった。
蝉の鳴き声が何処からともなく聴こえてくる中、村がある所まで続く一本道の両端に広々と作物を耕している。
また耳を澄ますと、川のせせらぎが心地よく流れてくる。
正に絶景と呼ぶに相応しかった。
尤も、もう一人は見飽きていると言わんばかりの態度をとっていたが。
「……?」
辺りを眺めながら歩いていると、不意に足を止める。
何か気になることでもあったのか。
数歩先で同じく立ち止まってから振り返る。
「何か気になるものでもあったか?」
「……いや。何でもない」
ぶっきらぼうに答えてから再び動き出す。
今は仕事を無事にやり遂げる方が優先だと気を引き締める。
「………」
彼が通り過ぎた後に、視線を向けていた所に一度目をやる。
そして何かを理解したのか、軽く口角を上げてから後に続く。
――――
電線が連なっている下をひたすら歩き続けること数十分。
畑から離れたあと、お次は雑木林が覆い茂る獣道へと変わる。
天気が快晴ということもあり、日差し避けにはもってこいの環境となる。
「まだ大分先にあるみたいだな」
「そろそろ見えてきてほしいものだが……」
意外と道が長く、やっとのことで抜けると漸くお待ちかねの場所に辿り着く。
複数の家が建造されている小さな集落。
すぐ近くには巨大な湖があり、中央辺りには離れ小島が浮かんでいる。
他にも山側に目を向けると、赤色の鳥居が目立つように飾られている。
どうやらこの地には神社もあるようだ。
「漸くだな」
「あぁ……全くだ」
豊かな自然に囲まれている点から、随分と閉鎖的な村だと感じる。
「……ん?」
と、その時。
歩く先にて、道端にある大樹の下で困っているように立ち往生している黒い着物を身に纏った一人の少女を発見する。
後頭部にリボンを結んでいる淑女とも言うべき風貌をした人物の顔を遠目から確認するなり、ハッと気づく。
「どうした?……まさか、あの子のことが気になるのか?」
「ッ……そういうわけじゃない」
気になるとは少し違うが、重要人物であることには間違いない。
何故なら戸惑っている彼女は、以前拝見した龍賀一族の資料の古びた写真に写っていた子どもにそっくりだったからだ。
見間違いでなければ、急逝した時貞の孫娘にあたるはず。
少々下卑た考えを持ちながら身なりを整え終えると、自ずと声を掛ける。
「お困りですか?」
「えっ……あの……」
「あぁ……鼻緒が切れてしまったんですね。これは大変だ。貸してください。直しましょう」
「ッ……でも……あの……失礼ですけど……」
「東京から来ました。龍賀製薬と取引させてもらっている会社の者です」
「………東京から………」
「さっ……お辛いでしょう。私の肩に手を。足も構わず乗せてください」
「……失礼します」
言葉巧みに手際よく距離を縮める。
尚且つ、相手を思いやりながら懐から取り出した手拭いを引き千切るなり、腰を落としてから切れてしまった鼻緒を結び直す。
対する少女はというと、最初は警戒していたものの、紳士に接してくる彼の心遣いに魅了され、素直に肩に手を置きながら膝の上に足を乗せる。
野心が無ければもっと良かったのにと、少し離れた所で見物している傍観者は苦笑いを浮かべる。
「よし……具合はいかがです?」
「……大丈夫そうです」
履物が直ったことで一安心したのか、嬉しそうに微笑む。
「さよねぇ~!」
「ッ、ときちゃん!」
刹那、幼い子の呼び声が木霊する。
三人揃って振り向くと、細道から元気よく駆けつけてくる少年の姿があった。
その子は近づくなり、彼女の元に飛び込むように抱き着く。
「やだもう驚いた。外に出ても大丈夫なの?」
「うん!……それより……」
純粋無垢な男の子の瞳に映るのは、見ず知らずの大人たち。
一人は、黒い洋服に靴を身に着けているが、もう一人の顎に髭を生やした方は、着物っぽい服を纏っている上、草履を履いている。
傍から見れば、妙な組み合わせだ。
「おじさんたちが余所者の人だね?」
「余所者?」
「ちょっと、ときちゃん」
「だって皆言ってたもん。余所者が村に入ってきたって」
「余所者か……まぁ間違いではないな」
子どもとの目線を合わせるために、ゆっくりと近寄ってから膝を折る。
でもって優しげな声色で話しかける。
「おじさんの名前は神谷って言うんだ。旅人をしている」
「たびびと?」
「簡単に言うとそうだな……色んなところに旅をして楽しんでる人って言えば良いかな」
「へぇ~……そっちのおじさんは?」
「あっ、あぁ……僕は、水木と言って東京から来たんだ」
「東京!?凄いや!」
憧れの街なのか。
抱き着いていたのを止めるなり、嬉々として尋ねる。
具体的には、とある野球選手の試合を見たことがあるかないかの質問だったが、興奮している様を見かねてか彼女が窘める。
「ときちゃん。お客さんが驚いてしまうでしょう。それにあまり興奮してしまうとまた熱が出てしまいますよ?」
「え~……大丈夫なのに」
「……僕はしばらくこの村に滞在するつもりだから、また機会があったら話そう」
「本当!?ねぇ、そっちのおじさんは?」
「ん?……あぁ、俺も暫しここに滞在するつもりだ。これまで行った旅先での面白い話を聞かせてあげるよ」
「やった!」
喜びのあまりガッツポーズを取る。
「えっと……沙代……さん?」
「はい?」
「龍賀様へのお屋敷は?」
「この道を真っすぐ行っていただけると……」
「いやぁ、どうも。またね、坊や」
「うん」
「沙代さんも、機会があったらまた……」
「はい……水木様。ところで、神谷様は?」
「ん?……あぁ……俺か?」
やり取りを見守ってから立ち上がる。
此度の来訪目的について、水木と違って些か分が悪い立場にいる。
馬鹿正直に話してしまったら、此処に住んでいる者たちから何かをされてしまう可能性も無くはない。
だからと言って、この地の権力者から隠れるようにやり過ごすと、返ってまずい展開になるのは目に見える。
ならばいっそのこと、堂々と挨拶に向かうのが一番適切だと判断する。
「俺はそうだな……そいつと一緒に屋敷の方に挨拶に行ってくることにするよ」
「お、おい。お前な……俺ならともかくお前は完全に余所者だぞ?」
「挨拶もせずにこの村でうろついていたら、それこそ完全なる余所者扱いだ。だったら尚更、挨拶を済ませておかないと駄目だろ?」
尤もらしい言い分を口にする。
自由気まますぎると呆れてものが言えなくなってしまう。
額に手を当てながら項垂れるも、致し方ないと腹を括る。
「じゃあ、そういうことで」
「はい。では、お気を付けて」
「ばいば~い!」
別れていく二人に手を振る。
やがて自分たちのみとなった際、共に屋敷がある所へと歩み始める。
「さっきの女の子の方なんだが……知ってたのか?」
「……どういう意味だ?」
「あの子と接するとき、身なりを整えていただろ?それに鼻緒が切れてしまっていたのを口実に、あの子との距離を縮めていた……違うか?」
「……あぁ、そうだよ」
見抜いた指摘をすると、否定することなく肯定する。
「そうかい……」
「……何が言いたいんだ?」
「……さっきのあの子、お前さんに脈があると見たが?」
「……今は関係ないだろう」
露骨に話を逸らす。
恐らく前に屋台で告げたことを言いたいのだと察する。
人の真剣な気持ちを弄ぶのは良くないと。
「お前さんが、どう考えているのかは分からんがな………女の子の気持ちを踏み躙るような真似は絶対に許されないことだぞ?」
「…………」
返事は無かったが、敢えて追及しなかった。
最後に決めるのは自分自身。
心の変化が訪れることを切実に願うのだった。