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他愛のない会話をしながら歩き続けると、重厚な日本家屋が出迎える。
立派な門構えを潜り、敷地内に入ると、屋敷というだけあって何坪あるのか分からないぐらいに広い。
見る者を圧倒させるだけの風格があり、お互いに見回していると―――
「何か御用でしょうか?」
「ッ!」
「ん?」
後ろから声を掛けられる。
振り返ってみると、いつの間にか出入口を塞ぐように佇んでいる青年がいた。
紺色の和服を着こなし、糸目のにこやかな顔立ちをしているが、何処か異様な雰囲気も醸し出している。
「おっと?」
加えて屋敷の隅や陰などから、次々とみすぼらしい格好をした厳つい男たちが姿を現し、徐に近づいてくる。
遂には逃げ場を無くすかのような状況を作ってきため、何とか取り繕うと試みる。
「わ、私は帝国血液銀行の水木と申します。こちらは……その……」
「親友の神谷と言います。旅行を楽しんでいた所、偶然彼と会いまして……数年ぶりの再会だったもので、せっかくなので彼の仕事が終わるまで、暫くこの村に滞在させていただきたいと思い、挨拶に参った次第なのですが……」
しどろもどろの答えとは打って変わり、至って冷静かつさらりと嘘を吐きながら丁寧に対応する。
すると取り囲んでいる者たちが、どうするべきかと悩みだす。
それぞれ目配せをしながら如何にするかと考えていると……。
「おぉ~!水木君じゃないか!」
「ッ、社長!」
直後、本家の玄関の方から野太い声が流れる。
改めて振り向くと、開いている引き戸の向こう側に喪服を着用しているちょび髭を生やした小太りの中年がいた。
龍賀製薬の社長を務めている入り婿の克典氏だった。
天からのお恵みとはまさにこのこと。
早速、事情を説明するために彼の元へと向かう。
「ご無沙汰しております。この度は誠にご愁傷様です」
「早速、駆けつけてくれたか!ところで………あの御仁は?」
「ッ……えっと……私の古い友人の神谷と申します。ここに来る途中、偶然会いまして……そうしたら少々強引について来まして……彼曰く、私の仕事が終わるまでこの村に滞在したいとのことですが……如何でしょうか?」
偽りの説明を活用しながら懇願する。
本当は友人という間柄ではないが、先程の出会った少年から、他の皆が余所者が村に入ってきたとの話をしていたと聞かされた。
即ち、一緒に集落に訪れたことが既に村民に知れ渡っていることになる。
例えば、ここで無関係の人間だと答えるとしよう。
そうなると確実に厄介なことになる上、自身も理不尽に怪しまれる可能性もなくはない。
いま思えば、夜行列車に乗り合わせた時点から、このような展開になるのは目に見えていたのにと、今更ながら己の不甲斐なさを恥じる。
もしこれが狙っての行為だとするならば、全くもって恐ろしいものだ。
「ん~……よし、わかった。この村に滅多に来ないお客様だからな。宿に案内させてやろう」
顎に手を当てながら考え込んだうえでの答えが返ってくるなり、安堵のため息を吐く。
快く了承してくれた懐の深さに感謝の気持ちが尽きない。
「あ~、長田くん。彼を宿まで案内してくれないか」
「分かりました。では、宿まで案内いたします」
「ありがとうございます。えっと……長田さん」
門に立っていた青年……長田が素直に承諾すると同時に、破落戸風の村人たちもまた離れていく。
各々の持ち場に戻るのか。
それとも別の仕事にでも取り組むつもりなのか。
どちらにしろ関係のない事だったため、手荷物の大きめの巾着袋を背負い直す。
一方の水木は、宿場まで案内されていく後ろ姿を見届けた後に靴を脱いでから上がり込む。
――――
「ここまで来るのは大変だっただろう?」
「社長が、ご当主となられる場に是非立ち会わねばと……その一心で」
「はっはっは!気が早いな君は……だが嫌いではないよ。その身軽さは。ん?……おぉ、そこの君。丁度良かった」
廊下を歩きながら雑談を交わす中、屋敷で働いている一人の家事使用人と出くわす。
そこで客人を後で離れに通すようにと頼み込むと、今夜は“御篭り”があるのではと問いかけられる。
「だから離れに通すんだろうが。料理も頼むぞ」
乱雑に再び歩き出した彼の後に続きながら、質問を投げかける。
「……あの、社長。“おこもり”とは?」
「あぁ……迷信がまだまだ幅を利かせている田舎の村だからな。さっきの御篭りというのはだな……」
要約すると、御篭りとは清めのため、葬儀の前夜は誰もが個室に籠り、潔斎するという伝統的な仕来りとのことを指す。
また龍賀家の代々の当主は、山の手にある神社の神職も兼ねており、怪しげな土俗の神を祀っているだけでなく、奇妙な儀式もしていたという。
だからこの村のことは、未だに苦手だと呟く。
「さぁ、ここだ。遠慮はいらんから入りたまえ」
「……ッ!」
辿り着いた大広間の襖が開かれると、親族並びに親戚一同が挙って対面式に正座をしていた。
全員が喪服を着込んでいる上に、見ず知らずの場違いとも言うべき人間が入ってきたことに宜しく思っていない様子で、睨むような鋭い眼光を放っている。
因みに一番奥には、急逝した時貞翁の遺影が飾られており、その手前には二枚の座布団が敷かれていた。
「どうした?早く入りたまえ」
「……失礼します」
一先ず入室するも、相変わらず視線が突き刺さる。
故に臆さないように胸を張りながら進み、遺影から少し離れた所で膝を折る。
反対に克典は、二つの内の一つの座布団に腰を落とす。
「……見かけない顔がいるようだけど?」
「私の客だ。東京からの立会人だよ」
刹那、襖側に座っている少々皺が生えている気の強そうな女性が口を開く。
棘のある口調を発する彼女に対し、綺麗な土下座をしてから自己紹介をするも、こちらの迷惑も考えずに乗り込んでくるのかと続けざまに嫌味を送られる始末。
無論、退いては思う壺だと、敢えて反論せずに誠意を込めた謝罪をする。
「不躾は重々承知しております。しかし、居ても立ってもいられず……ご心痛お察し致します」
「お察しします?貴方には分かるというのですか?お父様を亡くした私たちの悲しみが!」
「ははっ!」
怒りを露にするのは、龍賀家の長女にあたる龍賀乙米。
克典の妻に位置するが、先のやり取りからして些か見下しているような印象を受ける。
他にも独自の見解からして、家柄に強い誇りを抱いているようにも思える。
「ねぇ~……早く始めてよぉ。足痺れちゃったわよぉ」
「丙江さん!」
隣にいる厚化粧を施しているふっくらとした女が、だらしない態度をとる。
職場で拝見した写真と比べると、随分と容姿が変わってしまっている。
次女の丙江……若い頃に駆け落ちして、連れ戻されたと聞く。
素振りから察するに自堕落な生活を送っているのだろうと解釈する。
「……遅くなりました」
「失礼します」
「……あっ!おじさん!」
その時、近くの襖が開き、廊下から三名ほど入室してくる。
顔を上げると、そこには数十分ほど前に別れたばかりの二人に、神谷を宿まで案内した男がいた。
でもって幼い男子と目が合った際、若干戸惑いつつも小さく片手を上げながら返事をする。
(乙米の娘にあたる沙代と、時貞翁の孫にあたる長田時弥か……)
素性は事前に資料で拝見したものの、今一度確認する。
(そして、社長が長田と呼んでいた彼が……この村の村長で、龍賀家の三女の庚子の夫なのか!)
息子と共に気の弱そうな妻の隣に座る。
色んな情報が入ってくる中――――
「みな……揃うたか……?」
「時麿兄さん」
「ッ!?」
衝撃的な事実を耳にする。
開きっぱなしの襖の向こう側から流れてきた弱々しい声。
それに反応した乙米の言葉に思わず目を見開く。
龍賀家の長男。
健康面に問題があり、何年も表に出ていないと聞いてはいたが、まさかの健在に驚きを隠せない。
(聞いてた話と違うじゃないか!社長!)
心の中で突っ込みを入れるが、次の瞬間には、大広間が静寂に包まれる。
というのも、件の本人がゆっくりとした足取りで入ってきたからだ。
だが、それだけではない。
見た目からして健康体とは思えないほど痩せ細っている他、直衣を纏っている上に顔面を白塗りしている。
明らかに異質な存在となっていた。
それでも尚、誰一人として異を唱える者はおらず、その隙に空いている座布団に座り込む。
「では、先生。よろしくお願いします」
「はい」
困惑が収まりきらないまま始まる。
息を呑む空気が漂うと、障子側に居た遺言者の口授を受けた証人となる年寄りが前に出る。
「では、これより……龍賀時貞様の遺言による龍賀家の新たな当主の使命を行わさせていただきます」
懐から封筒を取り出し、中から手にした書類を広げつつ、この場にいる者たちに高らかに伝える。
一つ。我が跡を継ぎ、龍賀家の当主となるのは長男の時麿を指名する。
しかし、時麿は長田時弥を養子にし、彼の成人後は自身に変わり、時弥が当主の座に就くものとする。
一つ。龍賀製薬の社長は克典のままとする。
但し、妻の乙米を会長とし、社の方針に関する一切の最終決定権は彼女が持つものとする。
「……以上です」
「い、以上!?そんな馬鹿な!!」
ざわめきが止まない中、克典が信じられないと立ち上がる。
義父が死ぬ前に、お前に口授を託すと言われたはずなのに、全然違う話になっている。
一体どういうことなのかと慌てふためくと、嫁からの嘲笑が届く。
「フフッ……お父様の口約束を真に受けるなんて………」
「ぐっ……そ、その遺言書は偽物だ!寄越せぇ!」
「それより私の取り分は!?」
「わ、わし等の分もどうなっとるんじゃ!!」
次第に騒動と化す。
我先にと、遺言書を奪おうとする輩が後を絶たない。
身の危険を感じた水木は、咄嗟に隅へと避難する。
「……沙代さん?」
「水木様……」
同様に安全な所に移っていた彼女が寄り添ってくる。
何かを思い詰めているような表情を浮かべていたが、意を決して言葉にする。
「助けてください」
「ッ……無論、僕は克典社長の味方です」
安心させるように返答するも、やや不満そうな顔になる。
期待していたものと違うのかと、首を傾げると――――
「「「ッ!」」」
突然、大きな物音が響きわたる。
皮肉にも、それが騒ぎを鎮静化させたのだが、音の正体を確かめるべく一斉に視線を向けた先にあったのは、実父の遺影に縋りつく時麿であった。
「とと様……まろは………まろは寂しゅうございます………とと様がおらなければ………まろは………まろは………ぬぅわぁあああああぁぁぁぁぁ!!」
涙を流しながら泣き叫ぶ。
と、唐突に地面が揺れ出し、更には悍ましい怪物のような雄叫びが轟く。
当然ながら何事なのかと三度騒々しくなるも、段々と収まってきたため、落ち着き始める。
「……一族の者は、御篭りを始めるように」
さっきまでとは打って変わり、元の面立ちに戻るや否や、優雅に立ちあがる。
そして最後に、仕来りを忘れぬようにと告げてから退室しようとするが、実妹が待ったをかける。
「時麿兄さん!今のって……そういうことよね?あなたに務まるのでしょうね?」
「まろはひたすらとと様の元で修行を務めてきたのだ。嫁とりも許されず……」
「お願いしますよ。本当に……沙代!何してるの。いらっしゃい!」
「ッ……それでは水木様。失礼いたします」
呼び出しを喰らってしまったことにより、母親と共に出ていく。
方や、今のあれは何だったのかと呆然と立ち尽くしていると――――
「東京から来たっていう客はあんたかい?」
「ッ!」
ひょうきんな声が耳に入る。