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学校からの帰り道。もう私の心は限界だ。
明日も学校なんて行きたくない。
私は気分転換に、家に帰るまでの間にある金白駅で下車して、パン屋であんバターを買った。
店を出たあとも学校であった嫌な出来事で、私の頭の中はいっぱいだ。
その時。
「危ない!」と、慌てた男性の声が聞こえる。
交差点の横断歩道が赤信号なのに、自分が飛び出してしまったことに、はっと気がつく。
しまった。そう思った時にはもう遅い。
車が猛スピードで向かってくるのに体が反応しない。
轢かれてしまう。そう思ったその時。
咄嗟に、誰かが、私の腕を引っ張って歩道に抱き寄せた。
車は、クラクションを鳴らしながら通り過ぎる。
「はぁはぁ。間一髪だった。危ないから気をつけなね」と、その三十代くらいの男性は息を切らしながら言った。
「ありがとうございます」と、ペコペコ私は頭を下げる。
「大丈夫?怪我はなかった?」と、男性は優しい爽やかな笑顔で微笑んだ。
「ど、どこも怪我してないです」と、私は少し早口に応えてしまう。
恥ずかしい。今まで男の人になんて触れたことなどないのに、抱き寄せられた時の、ぎゅっと包まれた感覚がまだ残っている。
その男性は、無造作な短髪の黒髪、オーバーサイズの白Tシャツに黒スキニー。
格好良い。これが運命の出会いだろうか。でも、年の差が。などと思っていたら、それは淡い期待だったとすぐに気がつく。
私を咄嗟に助けた時に、落とした自分の荷物を拾う、男性の、左手の薬指には結婚指輪がついているのだ。
この男性は、既婚者だ。
恋愛小説のような運命の出会いがあるわけがない。
現実なんてこんなものだ。私はそう思った。
「お、君もあんバター買ったの?俺もあんバター買ったんだー。ここのあんバター美味しいよね」と、男性が無邪気に言った。
男性の袋を見ると、あんバターが二つ入っている。
「私、この店のあんバター大好きなんです。奥さんにも、お土産で買ってあげたんですか?優しいですね」
私がそう言うと一瞬、間が空いた。その時、男性が悲しい表情を見せた気がした。
「まあね」
男性の笑顔がぎこちない気がする。奥さんとケンカでもしたのだろうか。
「ここの交差点、信号変わるの早いし、車もスピード出しちゃう道だから気をつけるんだよ」と、男性が私の頭をぽんぽんと撫でた。
男性の優しい笑顔、私を気遣う温かい言葉、物腰の柔らかい雰囲気。
全てが、私を傷つける学校とは違う気がした。
「もう、あのまま死んでも良かったかも」と、気づくと、私はその男性に思わず吐露してしまっていた。
見ず知らずの、女子高生に急にこんなこと言われても迷惑に決まっている。困らせてしまう。
そう思ったのに、その男性は「死んでもいいなんて絶対に言っちゃダメ。君が死んだら悲しむ人が沢山いる。学校で嫌なことでもあった?」と、私の心を見透かすような曇りなき目で、温かく、そして真剣な表情で言った。
私は、こくこくと頭を上下に振った。男性の優しさに涙が出そうになる。
「あ、俺のあんバター。一個あげる」
「え、これって奥さんのぶんじゃ?」
「あー。そうしたほうが嫁も喜ぶから」と、男性が、私に自分のあんバターを渡して、そよ風のように笑った。
その言葉の意味がわからなくて、私は首を傾げる。
「その制服。種千高校の子でしょ。俺、夕方とか近くの桜舞公園にいるから良かったら話聞くよー。今日はちょっと用事があるから話聞けないんだ。またね。悩み事は一人で抱え込んじゃダメだよ」
そう言ってから、男性は帰っていった。
一つ一つの言葉がどこまでも優しくて、温かくて、話していると心が落ち着いていく。学校しか知らない私は出会ったことがないタイプの不思議な人だった。