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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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間取りプランや外装のCG画像は確認していたのでわかってはいたが、八尾首展示場は実際に見ると圧巻だった。


せり出した二階リビングに奥まった玄関、中央には吹き抜けの大きなリビング、右側には大きなバルコニーと屋根のあるウッドデッキ。


見た目のインパクトもさることながら、素晴らしいのはALCパネルだ。

従来通り断熱性、耐火性に優れており、なおかつデメリットであった防水性を格段に上げた最新パネルだ。


「おおー、これが…」


展示場のカメラに写らないように注意しながら壁面を撫でる。


やはり新しい展示場はうらやましい。


この中には、これまた最新の低温でも部屋の中が温まる温水床暖房が入っているはずだ。


食器棚や洗面台などの設備も新設された新しいグレードのもので埋め尽くされ、床材も今年から新規採用されたラピス塗料を施したタイルが使われているはずだ。


今日はある作戦のため、拝むことは叶わないが、明日は中もじっくり見させてもらうことにしよう。


と展示場の電気が消えた。


紫雨はまたカメラの位置に注意しながら移動し、広大な駐車場の片隅に停めてあるキャデラックに乗り込んだ。



終業時間になり、展示場からちらほらと人が出てくる。


「お。来た」


何時間でも待つ覚悟だったが、彼は意外に早く事務所を出ると、足早に駐車場を縦断していく。


去年はサマースーツを着ている姿しか見たことがなかったが、夏用の半袖のワイシャツにノーネクタイで走る姿は新鮮だった。


「高校生みてぇだな」


ハンドルに頬杖をつきながら、そのサラサラと揺れる髪の毛を見つめる。


天賀谷にいた時よりも、ほんの少し伸びただろうか。その髪型が彼を一層幼く見せていた。



見慣れたコンパクトカーに新谷が乗り込むと、エンジンがかかった。

遠く離れた駐車場の端っこでこちらもキャデラックのキーを回す。


その車がゆっくり移動し、国道に出る。


紫雨は十分に距離をおいてから、そのコンパクトカーを追いかけた。




新谷由樹は、ハンドルを掴む右手を軽く突き出した。

そして腕時計を覆っているスーツの袖がないとわかると、染みついた自分の動作に思わず苦笑した。


改めて腕時計を見る。

この分だと、7時前には家に帰れそうだ。


◇◇◇◇◇


「お前、なんだかんだ、暮らしの体験会に参加するの初めてだよな」


先日、篠崎が、写真を見ながら丁寧にブースの場所とお客様へのアピールポイントをレクチャーしてくれた。


展示場では電話対応やら、来客やら打ち合わせがあり、集中して復習できなかったため、今日は早く帰ってそれを見直し、トークの練習をすると決めていた。


そのため、隣のデスクに座っている篠崎に、

「今日は俺、暮らしの体験会の練習したいので、寝室に籠っていいですか?」

と言うと、


「籠る?」

篠崎が鋭い目でこちらを睨んだ。


「つまり、立ち入り禁止ってことか?」


「そ、うですね。できれば集中したいので」


由樹の言葉に篠崎はため息をついた。


「じゃあいいや」


「え、何がいいんですか?」


「俺、遅くまで仕事して帰る」


「!そんな!」


カリカリカリカリ

カリカリカリカリ


向かい側に座っている、今年の春に入社したばかりで、篠崎が作った問題集に目を落としている二人が、篠崎と新谷の会話を耳をダンボにしながら聞いている。


「だって、寝室にお前がいるってわかってんのに、ちょっかい出せないんじゃつまんねぇし」


二人の耳が真っ赤に染まる。


「!だから、展示場でそういうことを……!」

「はい、ストーップ!!」


渡辺がクリップボードで上司と後輩の頭を交互に叩く。


「展示場でいちゃつかない。それが新谷君を八尾首に引っ張る秋山さんからの条件だったはずですよー?」


由樹は頭頂部を抑えながら、篠崎に苦笑いをした。


篠崎も渡辺と由樹を交互に睨んだ。


「とにかく、遅くなるから」


吐き捨てるように言うと、篠崎はうっかり口を開けてこちらを凝視している新人たちを睨んだ。


「お前ら、今日は全問正解するまで帰れねえと思え」


◇◇◇◇◇


思わぬとばっちりを受けた後輩に、心の中でもう一度手を合わせる。


(でもこうでもしないと、明日の体験会、成功できないんだ!!)


由樹は昨日、やけに優しく電話に応対してくれた元上司のことを思った。



『お前、2組もお客さん誘ったの?すごいじゃん』


(紫雨さんも、ああ言ってくれたんだし、結果出さなきゃ!)


由樹は久しぶりに会える紫雨の顔を思い浮かべると、口元を綻ばせながら帰路を急いだ。





マンションのエントランスにキーを挿し込むと、自動ドアが開いた。

その瞬間、何か気配を感じた気がしたが、足音は全く聞こえなかった。


「?」


由樹は首を捻りながらエレベーターのボタンを押した。

と、首筋にフッと熱い息が吹きかけられ、由樹は開いたエレベーターに倒れ込んだ。


「!!」


慌てて身を返すと、エレベーターの前で男がポケットに手を突っ込みながら笑っていた。


「久しぶりだね、新谷」


「し、紫雨さん!?」


紫雨はゆっくりとした動作でエレベーターに乗り込むと、「閉」ボタンを押した。


「な、な、なんで、ここに!?」

「なんでって前泊」


由樹はあまりの衝撃に起き上がれないまま紫雨の顔を見上げた。


「ほら、起きて。スーツが汚れるぞ」

言いながら紫雨の手が由樹の腕を引っ張る。


やっとのことで立ち上がると、紫雨はボタンを指さした。


「何階?部屋」

「えっと、あ、11階です。って違くて!」


無視して紫雨は「11」を押した。


「なんでここに来たんですか?!」


驚きと戸惑いで、由樹の声はもはや掠れていた。


「言ったじゃん、お前らの部屋に泊まってもよかったのにって」


「!」


紫雨は由樹を振り返ると笑った。


「……冗談だよ。明日なんてこっちに戻ってくんの20時だし。ゆっくり話す時間もないだろ?」


言いながら細長い紙袋を顔の高さまで上げて見せる。


「ワイン?ですか?」


「ちょっとくらい付き合えよ」


「ーーーー」


わざわざ自分たちのために、展示場のマネージャーともある人が、貴重な土曜日を1日潰してまでサポートをしてくれるのだ。


(とても、無下に断れない……)


由樹は一息つくと諦めて上昇していくエレベーターの表示を見上げた。


「それにそのうち、篠崎さんだって帰ってくるだろうし」


紫雨の言葉に、


「あ、今日は遅くなるそうです」


つい馬鹿正直に答える。


「へえ?そうなの……」


隣でディスプレイを見上げる紫雨の赤い舌が、上唇を嘗めたのには、由樹は気がつかなかった。



それでもいいから…

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