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それから暫くは平穏な日々が続いていたので徐々に危機感は薄れていき、気付けば季節は夏本番。
「ねぇ葉月、夏休みどこか遠出しない?」
夏休みも間近に迫り周りが皆浮き足立っている頃、買い物帰りに寄ったカフェで杏子がそんな事を言い出した。
「遠出? 泊まりとか?」
「そうそう」
「まぁ、バイトも連休は入れてもらうつもりだからいいけど」
「本当? じゃあ浦部たちも誘って四人で行こうよ!」
「え、四人で?」
杏子と二人旅ならと思ってOKしたのも束の間、杏子はそういうつもりではなかったらしく、浦部くんや楠木くんも一緒にという事らしかった。
「旅館もいいけど、貸別荘とかコテージなんかもいいよね~」
「え? あ、うん……そうだね」
「じゃあ早速浦部たちに声掛けてみるね」
「うん、よろしく……」
浦部くんを杏子に紹介されてから何度かメッセージのやり取りをして二人で遊ぼうと言われたりしたものの気乗りせず、バイトが忙しいと断っていてあれ以来会うことも無く、最近では連絡すらとっていなかった。
(……何だか気まずいよね)
けどまぁ二人きりで会おうと言われるよりは四人で会った方がいいかなと今回は断る事なく四人での旅行に行く事を決めた。
それから更に日にちは過ぎて行き、夏休みに入った私は小谷くんを見習ってバイトに精を出していた。
「……疲れた」
二週間後に杏子たちとの旅行を控えていた私は、それまで入れられるだけバイトを入れて働こうと意気込んではみたものの、週の半分程で既に疲れが溜まり、気付けば溜め息が漏れ出ていた。
居酒屋のバイトを終えて帰宅した私はポストから手紙を取り出して階段を上っていく。
(そういえば、最近小谷くんに会ってないな)
お互いバイトで忙しい事もあって夏休みに入ってからというものろくに顔を合わせていなかった私たち。
(そうだ、旅行行ったらお土産買って来ようかなぁ)
何か理由を付ければ会うのも不自然にならないと考えた私はそんな事を思いながら届いていたダイレクトメールやら請求書に目を通していると、
「ん? 差出人書いてない……」
一通だけ、差出人の書いていない手紙を見つけた私は不思議に思う。
「……誰だろ」
少し気味が悪いと思いつつも、切手や消印はあるので開封してみると、
「え……」
中には一枚の便箋が入っていて、そこには赤いペンで一言、【好きです】と書かれていた。
「な、に……これ」
正直、気味が悪いという感想しかない。それにこの手紙には受取人である私の住所も名前も書かれていて、誰だか分からないこの手紙の差出人は私の事を知っているばかりか、このアパートに住んでいる事も分かっている。
そう思った瞬間、恐怖が一気に押し寄せて身体が震え出す。
(え? これってまずいよね……)
こんな時どうすればいいのか分からずパニックになりかけた、その時、
「おい、大丈夫か?」
バイト終わりらしい小谷くんが帰宅して来て声を掛けてくれた。
「あ、小谷くん……」
「お前、顔真っ青だぞ?」
「そ、それが……」
手紙の事を話さなきゃと思うも、パニックで何から話せばいいのかすら分からなくなる。
何事にも動じない小谷くんだけど、私が余程青い顔をしているのか、何時になく焦っている。
「落ち着け、何があった?」
「こ、これ……」
手に持っていた例の手紙を差し出すと、不思議そうな表情のままそれを受け取る小谷くん。
「何なの?」
私が手渡したのは『好きです』と書かれただけの便箋一枚。これだけでは何が何だか分からないのも無理はない。
震える身体を落ち着けようと一旦深呼吸をした私は息を整え、
「あ、あのね、差出人の書いてない手紙がポストに入ってて、開けたら、その便箋が……」
今置かれている状況を小谷くんに話した。