「む? おい、特務隊! ここで何を呆けている? 侵入者の確認は済んだのか? おいっ! 何だ……オレの言葉が理解出来ないというのか?」
まずは特務隊の心配か。心にもない真似をするな、変わらずに。
「リュクルゴス。賢者であるあんたが、まさか俺の気配に気付いてないとか言わないよな?」
知ってか知らずかはどうでもいい。ここで煩わしいことはやめよう。ナビナの気配もそうだし、俺が来ていることも知っているはずだ。
「…………あぁ、何だそうか、やはりそうだったか。エルセが来ていた時の気配、やはりお前か。ルカス」
聖女エルセが城に来ていた時、俺はその様子を冴眼で見ていた。リュクルゴスはその時点で何らかの気配に気づいていたようだ。そうなると一応賢者の素質は備わっていることになる。
「あんたこそ、随分と遠くの方まで俺を追っていたらしいじゃないか?」
「随分と生意気さを磨いたものだな。……ふっ、お前の後ろに隠れているのは隷属のエルフか?」
「ふざけたことを言うな!」
「はっはっは! そんなものに手を出すとは、アルムグレーンの名をますます地に落としたな!」
賢者の言葉に当のナビナは気にもかけていないようだ。
そうかと思えば、
「ルカス。思う存分に冴眼を使っていいから。ナビナはウルシュラの所に行く。邪魔はしない。終わり方はルカスが決めていい」
「えっ、あ――」
ナビナなりの気づかいなのか、俺をこの場に残して眼下の帝都に向かって降っていなくなった。その動きだけ見ても、ただのエルフじゃないのは間違いなさそうだ。
「ふん、隷属を逃がして兄であるオレとやり合う……か。くだらん」
普段城から出ることが無い奴が庭園に来るのは、どういう風の吹き回しなのか。どうせ今の行動も、皇帝の意思に反してのものだろうな。
「……何だ、俺が怖いのか? リュクルゴス」
「追放されてなお、オレに背くか。まぁいい。オレも愚かではないからな」
この態度はまるで俺が許しを請いに来たとでも言わんばかりだな。
「オレが城を出て、わざわざお前の所に出向いたのには理由がある」
「理由?」
城を出たといってもここは城の中の庭園。帝都が見えるだけで出ていないのと同じだ。出れない理由があるかと思ったが違ったな。
「お前にくれてやった”呪いの宝石”のことだ。あれを持つお前を自由にさせたのは、間違いだったと気づいたのだ。あれはお前ごとき未熟者が持ったところで何の意味を持たない石に過ぎん」
呪いの宝石か。それならすでに俺の”中”にあるわけだが。全てを覚醒したわけじゃないにしても、それなりに使うことが出来ている。
「どういう意味の間違い――」
俺の言葉に、リュクルゴスは悪びれることなく手を差し出す。
「……ん? 何の真似だ?」
「分からないのか? 意味の無い石を今すぐ返せば、お前が侵した禁忌は全てオレさまが負ってやると言っている! お前がここに戻って来たのはそういう意味なのだろう?」
やはりそういう残念な思考になるのか。賢者だから自由に宮廷魔術師や特務隊を動かし、周辺に迷惑をかける。自分が間違っていることにすら気づいてもいない。賢者としての正しい知性もすでに失われているわけか。
ナビナの力で横たわる特務の連中のことも特に助けるでも無い。それはいないのと同じだ。
「兄きがくれた呪いの宝石だが、あれはもうない」
「――何? 売ることも出来ない石のはずだが……。まさか捨てたとでもいうつもりか?」
「……いいや、呪いの宝石ラピスラズリは俺が手に入れた」
理解が乏しそうなリュクルゴスに対し、俺は奴の真正面に立ってみせる。そして俺の目を見て、ようやく気づく。
「なるほど……、ありふれどもの報告は嘘では無かったわけか。その目でどうするつもりだ? ルカス」
俺に対する理不尽な罷免と追放。冒険者になろうと決めた俺に向けて、その後も執拗に不必要な真似を繰り返した。だがこんなことはもう終わらせる。相応の報いを味わってもらわなければいつまでも繰り返されてしまうからだ。
「今のあんたにバルディン帝国を守る資格は無い。もちろん宮廷魔術師たちの意思を奪う権利もだ。国を疲弊させている行動全てを禁じる!」
かつて俺と同じ任務に関わっていた宮廷魔術師は確かな実力があった。だが彼らのように才能や実力を持つ可能性のある者。
その者を、賢者は皇帝の意思として必要以上に卑下し続け辞めさせるに至らせた。
それは全て賢者の驕りからくる行動だった。皇帝がついている、ただそれだけを枷にして。
「はっはっはっはっは! まさかと思うが、オレを改めさせるつもりがあるんじゃないだろうな? 皇帝付きの賢者であるオレさまを!」
「だとすればどうする?」
「そういうことなら決まっている。弟思いの兄自らがお前を始末するだけのことだ!!」
「……城の中が好きなあんたがここで?」
帝都を見下ろせる庭園とはいえ、完全な外でも無い。そうかといって城の中でやるつもりはないが……。
「城は帝国の象徴そのものだ。そこが破壊されればどうなるかくらい分かるはずだが?」
「……」
「それと、お前やエルセはオレが城から出て来れないと馬鹿にしていたようだが、城の中は賢者であるオレだけ永続的に加護を与えられる場所だ! それも皇帝の手によってな!! 悔しいか、ルカス?」
加護と言っても強さといったものというより、与えられる富で心を荒《すさ》ませてるに過ぎない。それは所謂典型的な強欲ってだけだ。
「もういい……それも、もう終わる」
リュクルゴスは呪いの宝石が俺の目になったことを知った。それでもこの態度を見せているのは、俺の以前の実力を知っているからだ。
しかし、
「――ぐぁっ!? な、何……? 何だ、この腕の痺れは……」
「……俺に魔法を放つなら今のうちだけど?」
「馬鹿が。ルカスごときの魔法でこのオレに傷を負わせられるとでも思っているのか?」
両腕の痺れは時間が経つごとに徐々に動かせなくなる。そして次は両足だ。
「む? これは……重力系魔法か? くっ、重しを乗せられているかのようだ……」
冴眼で見えているリュクルゴスの全身は脈打つ心臓はもちろんのこと、四肢、胴体、頭部……そして神経に至るまで全て支配出来る。
「ガ、ガハァッ!! 腹部に痛み……だと? まさかこれは……お前が?」
「俺は忠告したし、攻撃の猶予も与えた。弟なりの気持ちでだ」
「――ほざくな、ありふれが!!」
冴眼からのダメージに気づき、リュクルゴスはまだ動く手の平から風を起こす。そこから渦を巻く旋風《つむじ》を俺めがけて放った。しかし四肢の動きを封じられ体を前後に動かすことも出来ず、魔法は標的を失い弱まってしまう。
俺が正面にいるにもかかわらず攻撃を命中させることもままならない。
「……死なせるつもりは無い。が、賢者リュクルゴスとしてのあんたを終わらせる」
残るは神経と、賢者リュクルゴスとして有する力と人格だ。全てを失わせるつもりはなく、『人』としての姿だけは残す。
「ぬぅぅ、その目から呪いを放ち続ければどうなるか分かっているのか? 自分を狂わせることになるのだぞ? おい! 聞いているのか? 帝国を敵に回してどうするつもりだ! 言っておくが、これは兄としてではなく賢者としての忠告だ!」
最後の時にしてようやく”賢者”らしさを出したか。でも、もう遅い。
「俺はあんたとは違うし帝国に戻るつもりも無い。あんたは城の中で人生をやり直せばいい」
「ま、待てっ――!! や、やめろ! やめてくれ、ルカスーー!!」
残すは頭部、神経、そして――
「ルカ……カカカカカカカカ…………ヒヒ……ヒヒヒヒヒヒヒヒ」
ナビナが見せた精神破壊とは少し異なり、言葉そのものはいずれ思い出す。しかしたとえ城の中で加護を与えられても、何かをするまでに数年以上はかかる。それまでには良心のある宮廷魔術師が何とかしていくはず。
「人として動けばいずれ……じゃあな、兄き」
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