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賢者として権力を振りかざしていたリュクルゴスはただの兄に戻った。それでも追放された事実は変わらないし、疑いが晴れるのも時間が必要だ。そう考えると俺が当分帝国に来ることは無いといえる。
ただ、帝国にはまだ『聖女』という存在がちらつく。俺が直接どうこうされてはいないが、ミディヌにしたことが気にかかる。とはいえ、ひとまず終わったのは確かだ。
「あ~ああ~、お庭がすっかり荒れちゃってるじゃない! それに揃いも揃ってこんな所で昼寝なんて、いつからこんな風になっちゃったんだろ……そこのあなたもそう思わない?」
――甲高い声の女の子?
どう見ても迷い込んで来た見知らぬ子どもにしか見えないけど……。
でもどこから?
侍従が連れて来たでも無さそうだし。宮廷に属する者に少女くらいの年の子は存在しないはず。それにしても、白銀《はくぎん》の髪色。どこかで見た気がする様相なのは何故なのか。
人間のようなそうでないような?
「本当だね、庭園がこんなことになって……」
「ううん、そうじゃない。力を持たせたらこんなにもおかしくなるって話。せっかく禁忌の石を与えたのに力を恐れて拒まれて、負けちゃうなんてね」
「――え」
禁忌の石を与えた?
聞き間違いじゃないよな。
少女は地面に横たわる男たちを見た後、俺を一瞬だけ見る。
「まぁでも、いい主がいるならそれでもいいかな」
何を言ってるんだこの子は?
「え、あの……?」
この雰囲気、ただ者じゃないのは確かだ。だけど会ったことも見たことも無い。
目の前の少女が誰なのかを気にしていると、
「戸惑う必要なんてないよ? あなたはね…………」
急に少女の声色が変わる。
その小さな口から発せられる言葉は、
「……帝国はしばらく浄化の時に移る。賢者ほどではないにしろ、聖女も近づけさせぬ。そして、ルカス・アルムグレーン」
「は、はっ……」
何だ、この威圧感。思わず恐縮してしまったじゃないか。
これではまるで――。
「家名を名乗ることを許す。名乗ることでその罪は、じきに薄れる。アルムグレーンを名乗り、その威を示せ」
俺の罪のことなのか、それとも?
「聖女エルセの行方は?」
「アレはすでにラトアーニから離れた。あとは冒険をするなりして追えばよい」
もしかして聖女を意図的に遠ざけているのだろうか。
それにこの子の知り得ている話しぶりは。そう思っていたら口調が元に戻っていた。
「――さぁて、眠る者たちを運ばせないとね」
少女の言葉に草むらから数人の侍従が姿を現す。そして淡々と彼らを運んでいく。少女に対し、侍従が何かを言うわけでも無いままに。
「あの、あなたは?」
見たことも会ったこともないけど、リュクルゴスや聖女を知る存在、それは皇帝しか思い浮かばない。
「何てことない、ただの美少女宮廷庭師! 長く長くずっとこの庭園を見ていただけの存在! 見過ぎて罪を生ませちゃったけど、また長い目でみるから大丈夫! そういうことだから、あなたも負けないようにね」
少女が何の迷いも無く城に入って行く。
皇帝がまさかの少女?
何とも言えないし分からないな。とにかく帝都の外に行って合流しとこう。
宮廷魔術師がいなく静寂に包まれた帝都を通り、外に出てすぐ、俺の目に飛び込んで来た姿。それはかつてここの脇道で転び、怪我をしていたウルシュラだ。
俺がしたようにここで傷ついた宮廷魔術師を癒す彼女がそこにいる。
ウルシュラは魔力が無く治癒魔法を使えない。しかし園芸師スキルや魔道具を使えば、回復効果のある薬を作れると思っていた。まさに今、その光景を目の当たりにしている。
この辺りだけでもかなりの宮廷魔術師が膝をつき治癒を待っているようだ。
「あ~~!! ルカスさ~ん!」
俺を見つけ、嬉しそうに手を振っている。ウルシュラはいいとして、ナビナやミディヌ、それと協力者の爺さんはどの辺にいるのか。
「ルカス。後ろ」
「ん?」
ウルシュラを見ていた俺の背後に、気配をまるで感じさせないナビナが立っている。ナビナの目は何の変化も無く、妙な気配もしていない。俺がナビナを見た時のあの灰色結晶は何だったのか。
「ルカス、庭で会えた?」
「誰と?」
「皇帝」
「…………皇帝――皇帝!?」
俺の驚きを気にせずに、ナビナが軽く頷く。ということは、あの少女はやっぱりそうだったんだ。
「うん。ルカス、頑張った。だから姿を見せたと思う」
冴眼の力を使っただけで頑張ってもいないけど、まぁ今はそれでいいか。