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「響に欲情した」
と奏(そう)ちゃんは確かに言った。
嬉しいよ、奏ちゃん。
俺も同じ気持ちだから。
だけど奏ちゃんが抱えていた思いはそんなにシンプルじゃなかった。
「だから」
「俺の存在は響にとって悪影響だ」
は?何で?何でそうなる?
「どうして?俺だって…」
奏ちゃんが好き。
「響」
奏ちゃんが俺の話を遮る。
「男と女が付き合うのが健全なんだよ、まだ世の中は」
「何でだよ?同性愛者なんて今は普通だろ?」
「皆がそう思うわけじゃない」
「世の中の全員に納得してもらう必要なんてない」
俺は語気を強めて言う。
奏ちゃんが黙る。
「響に話してないことがあった」
「何?もう何も驚かないよ」
奏ちゃんを失わなくて済むのなら。
「中学時代ね、付き合ってた人がいた」
ほら、驚くことじゃないよ、そんなん。
「響にこの間は言えなかったからごめん。嘘ついた」
「別にいいよ、それで?」
「男同士でも好きだけで生きていけると思ってたんだ、少なくとも俺は」
「うん…」
「バレたんだ、相手の親に。付き合ってること」
「なんで?」
奏ちゃんが言いにくそうにしていた。
「俺が部屋に遊びに行った時、キスしてたところ見られた」
あーやっぱ俺が奏ちゃんのファーストキスじゃなかったか。
「それは、気まずいかもだけど」
「響、気まずいなんてもんじゃなかったよ」
「ごめん、続けて?」
「男同士で何してるの?気持ち悪いって。相手の母親がパニックになって」
ああ、そんな事があったんだ。
転校の理由はそっちが本当だ。
「その日から相手が俺と喋ってくれなくなった。そりゃそうだよね、親に悲しい思いをさせてまで続けるような関係じゃない」
「その程度の好きだったってことじゃない?」
嫌な言い方しちゃったな。
だけど、俺だったらそんな事で奏ちゃんを諦めたりしない。
「響…。あの子のお母さんの顔がさ…ずっと俺の頭から離れないんだよ」
「汚いものを見るような、失望したような…怒りと悲しみが入り混じった…あんな…人の顔初めて見たよ」
わかってる。
奏ちゃんの辛さ、絶望感も。
「俺は…それでも負けない負けたくない」
声を振り絞って、俺はそれしか言えなかった。
奏ちゃんへの想いだけは。
そんな事で負けたくない。
「響に同じ思いをしてほしくないんだ」
「俺なら親を説得する。わかってもらえなくても奏ちゃんを選ぶ」
「親を裏切るって簡単なことじゃないよ?」
「大人のために自分の気持ちを殺すの?」
奏ちゃんが黙る。
わかってるよ。
俺だって親のことは大事に思ってる。
だけど、それ以上に大事な気持ちだってあるんだよ。
「響はさ、この世界に何で男と女がいると思う?」
「子孫繁栄のため…?」
「それが正常で、俺は爪弾き者なんだなって思った」
「子孫繁栄のためだけに人を好きになるの?」
違う、絶対に違う。
「ねぇ、奏ちゃんはこれからも人の顔色をうかがって生きていくの?」
「生きにくいだろうね。俺みたいな人達は」
俺だって、そっち側の人間なんだよ。
「子孫繁栄のためだけに恋愛するなら、俺の奏ちゃんに対するこの想いは何なんだよ!?説明してよ」
感情がたかぶって涙が出てくる。
あぁ、みっともないな。
子供みたいだ。
「響は俺のこと買いかぶりすぎてる。大人になったらわかるよ。その気持ちも一時的な…勘違いだったって」
「勘違いなら、何でこんなに胸が苦しいんだよ…。奏ちゃん、説明しろよ!お願い…」
涙が溢れて止まらない。
「響、ごめん…」
奏ちゃんが指で俺の涙を拭う。
優しくするなよ、受け入れてくれないなら。
「奏ちゃんが好き…」
「うん」
「一緒に居たい…」
「うん…」
奏ちゃんは何も答えない。
「奏ちゃんのこと好きでいる気持ちぐらいは否定しないで?勘違いだなんて…お前が言うなよ」
「ごめん、響…」
奏ちゃんが両手で俺の頬を触る。
「響のことは大事に思ってる」
だったら…。
「だからこそ、将来後悔するようなことを俺は出来ない」
「後悔って何だよ?今、奏ちゃんと生きられなくなることが一番怖いよ!」
「だから言ってる」
「将来なんて不確かなもの…。オレにはどうだっていい…今ある気持ちだけは本物だ、大事なんだよ…」
確かに存在してんだ、奏ちゃんが好きでたまらないという気持ち。
奏ちゃんの全てを手に入れたいと思う欲望。
「響の将来はキラキラ輝いてる」
「奏ちゃんがいない未来なんて輝かない…」
終わりに…終わりにしないで、お願い。
この気持ちの持って行き場はどうすればいいの?
「響…先輩として精一杯フォローするから明日からも合唱部でよろしくね」
゛先輩として゛
それが奏ちゃんの出した答え。
もう何を言っても無理だ。
そうして、奏ちゃんは「お金払っておくから」と先に部屋を出て行った。
ひとりカラオケの部屋に残された俺は、涙で顔をグシャグシャにしながらパッドで曲を検索し始めた。
「はぁ…」
泣きすぎて頭が痛い。
こんな顔じゃ外に出られないな。
曲を選ぶ。
入学式の時に奏ちゃんが伴奏していた合唱部が歌っていた曲。
涙で体が震えて歌えるわけもなく。
ただ音源を聴いていた。
こんな傷に塩を塗るみたいなことをしている俺は、ミジメな悲劇のヒロインだ。
「奏ちゃん…」
奏ちゃん、奏ちゃん、奏ちゃん。
「奏ちゃん…。」
曲が終わる。
涙が枯れることはないのだと、この時初めて知った。