サッカー部の全国大会の応援に集まったのは、3年生50人を合わせた150人だった。
バス4台に乗り込んだ生徒たちは、ミヤコン時にあれだけ永月を嫌っていたのに、誰も彼を悪く言う人はいなかった。
少しほっとしながら右京がバスに乗り込もうとしたところで、
「―――右京」
後ろから声をかけられた。
「おお。はよ」
言うと諏訪は眠そうに欠伸で答えた。
「あ、おはよっす」
「おはよっす、諏訪さん!」
後ろから野球部と思われる後輩2人が追い越していく。
「あー」
諏訪はもう一度欠伸をしながら答えた。
どちらからともなくバスに乗り込み、当然のように隣の席に座る。
「そういえば」
諏訪が上の荷物置きに自分と右京の鞄を置きながらこちらを見下ろす。
「お前、身体大丈夫だったか?」
「身体?」
右京が窓際の席に腰を下ろしながら、180㎝の長身を見上げる。
「ああ。この間、俺が無茶したか―――」
「――――!!!」
慌てて立ち上がり、彼の口を塞ぐ。
「……大丈夫だって!」
真っ赤に染まった顔に諏訪が笑う。
「そ?ならいいけど」
そう言うと右京を席に押し込み、自分も隣に腰を下ろした。
「それにしてもたくさん集まったなー。あの騒動があったから、応援も閑古鳥が鳴くかと思ったぜ」
諏訪が頭を掻きながら言う。
「バス4台でギリだったな」
「ああ」
言いながら右京はふうと息をついた。
「あ、諏訪さん、おはようございます!」
前に座っていた男子生徒2人が振り返る。
「おお、はよー」
通路を歩いていく男子生徒も見下ろし慌てて頭を下げる。
「あ、部長!あ、じゃなくて、諏訪さん!おはようございます!」
「おはよー」
「………おい」
右京は諏訪を振り返った。
「野球部とサッカー部ってグラウンドの取り合いで仲悪かったんじゃなかったのかよ?」
「はは」
諏訪は笑った。
「もしあの騒動で応援の数が足りなかったら、かわいそうだと思ってさ。元部長の権限で強制参加にしてやった」
「…………」
言いながらも窓の外を走っていきながら諏訪を見上げてお辞儀をする野球部に手を振っている。
「それに、同じ高校から全国に行く奴らがいるのに、応援しないなんてスポーツマンシップに反すると思ってな」
「…………」
右京は朝日を浴びた爽やかな笑顔を見た。
「……すげえな。そういうとこ」
「はあ?」
諏訪が呆れたように目を細める。
「やっぱ俺、お前のこと好きだわ」
「…………」
呆れ顔は眉間に皺を寄せた怒り顔に変わる。
「今さら褒められたって何も出ねえよ、バーカ!」
右京は笑った。
いつも通り声をかけてくれたことも、当たり前に隣に座ってくれたことも、期待通りのつっこみをくれたことも、嬉しかった。
会場に到着すると、第一試合がちょうど終わったところで、会場内は入れ替わる高校生たちでごった返していた。
「右京、こっち」
諏訪が迷わないように先導しながら腕を引いてくれる。
「っと、悪い……」
右手ではなく左手に持ち替えると、彼は苦笑いをした。
「平気だって。物を持たなきゃそこまで痛くないんだ」
「……そっか」
諏訪はそう言って階段を上り始めた。
「うっ……!」
そのとき、どんと前方の生徒と諏訪がぶつかった。
「すんません」
諏訪が言うと、
「ってえな」
ぶつかってきた男は低く呟いて諏訪を睨んだ。
光沢のある緑色のユニフォームを着ている。
「あれ?宮丘の生徒じゃん」
隣にいた、同じくユニフォームを着ている男が馬鹿にするように言う。
「今日で終わるくせに、応援とはご苦労なこった」
男が馬鹿にするように笑う。
「どういう意味だ」
諏訪が眉間に皺を寄せる。
「わかんない?1回戦。俺たち赤目黒高校となの、宮丘は。秒で決着つけてやるぜ」
「あんだと?」
「諏訪」
右京は彼を見上げた。
「相手にしないで行こう。大丈夫だ。うちには永月がいるから」
それはそれで面白くないらしく、諏訪は今度は右京を睨んだ。
「―――永月、ね」
男たちが馬鹿にしたように笑う。
「今年はあいつ目当てのギャラリーが少ないんじゃないか?ギャニーズ張りの団扇をもったファンたちの姿が見えないけど?」
「そんな応援なくてもあいつは勝つんだよ」
右京が一歩前に出る。
「へえ?」
男たちは顔を見合わせて笑う。
「まともにプレー出来ればいいな?」
「――――?」
言われている意味が分からず、右京は眉をひそめた。
「ま、せいぜい応援、頑張ってねー」
「1回しかないんだから、出し切れよー」
男たちは笑いながら、選手たちの控室の方へと階段を下りていった。
「気にすんな。行こうぜ」
諏訪がため息をつきながらまた階段を上り始めた。
―――まともにプレー出来ればいいな?
妙に耳に残る声が、右京の頭の中で反響していた。
◇◇◇◇◇
宮丘学園高校の観客席に付いた途端、前方の席を埋めた応援団と吹奏楽部の演奏が始まった。
「この応援合戦も、青春のシンボルだよなー」
諏訪が腕を組みながら言う。
「応援団と吹奏楽部とチアリーダーだけでも相当数いるよな」
笑う諏訪に、
「プラス野球部員だからな」
右京も笑みを返す。
「……プラス生徒会ですよー!」
いつの間にか隣にいた結城が微笑む。
「……なんか……久々じゃね?」
諏訪が覗き込むと、
「物語も終盤に近付き、もうラストまで出番ないのかと思いましたよ」
結城の向こう側で清野が眼鏡をずり上げる。
「まさか」
右京が笑う。
「最終章は生徒総会だぞ。出ないわけないだろ」
「―――何わけのわかんないこと言ってるの!」
前に座っていた加恵が振り返る。
「ほら!宮丘学園の入場よ!」
先ほどまで煩いまでに演奏していた吹奏楽部がいつの間にかシンと静まり返っていた。
「………いよいよだな」
諏訪が耳元で言う。
「―――ああ」
右京も目を細める。
えんじ色のユニフォームを着た宮丘学園の生徒たちが入場口から出てきた。
その輝かしい姿を見ると、昨日まで自分達のグランドで走り回っていた生徒たちが、途端に遠くに感じる。
その中心に立った永月が、会場に向かって頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
続いてサッカー部全員が声と頭を揃えて叫んだ。
「よろしくお願いします!!」
応援団をはじめ、吹奏楽部、チアリーダー部が彼らを見下ろす。
「?」
本当なら拍手喝采が起こるはずの会場に、不自然な静寂が訪れたことで、一般客からも相手チームの生徒からも、どよめきが起こった。
サッカー部、というよりは永月に対する皆の消化しきれない感情が、会場を包む。
「おいおい……!」
右京が立ち上がろうとしたその時―――。
『永月―!!』
拡声器を手に、一人の女生徒が立ち上がった。
「―――あれは……」
右京が口を開ける。
そこに立っていたのは、ミヤコンでマイクを握り、永月の悪事を暴いた響子だった。
「こんなとこでまで……!」
走り出そうとする右京を諏訪が押さえつける。
「待てって!」
「だってあいつ……!」
「いいから、見てろ」
「?」
諏訪の言葉に戸惑いながらも右京は、ただ一人立ち上がった響子を見つめた。
『……………』
彼女は夏の熱風を吹かれ、長い髪の毛を靡かせながら、静かに拡声器を口に当てた。
『―――負けたら、ぶっ殺す!!』
言いながら親指を下に向ける。
「勝てよ!永月!!」
他の女子生徒も立ち上がった。
「お前、立派なチンコついてんだろ!」
「このヤリチンが!!」
笑いながら他の女子生徒たちも立ち上がる。
「最低でも優勝してこい!」
「死んでも、勝て!」
「負けたら、学園に居場所はないと思えよ!」
一般客と相手高校の生徒たちが唖然とする中、次々に甲高い野次が続く。
「―――はは」
右京は思わず笑った。
「すごいラブコールだな」
諏訪も笑っている。
と、散々罵声と野次を一身に受けた永月が、彼女たちに向けて人差し指を翳した。
「かっこつけんな!」
「バーカ!!」
女子たちが笑う。
永月もふっと笑うと、
「優勝してやるから、黙って観てろ!ブスども!」
叫びながらその指を裏返し、中指に変えた。
「……ざけんな!!」
「死ね!!永月!!」
女たちが叫ぶ。
それでもその口は笑っている。
「なんかここまで来ると、女子たちも変な性癖に目覚めてそうだよな」
諏訪が笑う。
右京も、声の限り叫びながらも楽しそうな女子たちを見て笑った。
ドンドンドドドン ドドドド ドドン!
ドンドンドドドン ドドドド ドドン!
応援団の太鼓の音が響き始める。
吹奏楽部の演奏で、“You are スラッガー“の軽快な音楽が流れ始める。
曲に合わせて、皆が手を叩く。
高校生サッカー全国大会、初日第二試合。
宮丘学園高等学校 VS 赤目黒高等学校の試合が始まった。
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