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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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試合時間は40分ハーフの80分で、その前半は0-0で終わった。

10分のインターバルを挟み、後半に入った途端、事件は起こった。


相手チームである赤目黒高校の生徒が永月と接触し、ドリブル中に足を射しこまれた形になった永月がグランドに転がったのだ。


「―――今のは……」

諏訪が顔をしかめると、


「ファールだな」

右京が腕を組んだ。


グランドに転がった永月は、そのまま軽く勢いをつけて立ち上がった。


部員たちが心配して永月の周りに集まろうとするのを手で制して止め、怪我がないことをアピールするように2、3回、ジャンプして見せた。


ボールは宮丘学園のものとなり、センターフォワードである永月がまた華麗なドリブルで緑色のユニフォームの中を抜けていく。


「ヒヤヒヤさせるぜ、全く。サッカーはこういうとこあるからなー」


諏訪がため息をつく。


「審判が見てなかったら何でもありだろ。だから苦手だよ。試合すんのも観るのも」


「――――」


しかし右京はグラウンドを見つめたまま微動だにしない。


「右京?」


諏訪が覗き込むと右京は眉間に皺を寄せた。


「……思い出した。赤目黒高校……。去年も全国大会に上がってきた学校だ」


「――――」


諏訪はつい最近まで熱烈な宮丘学園サッカー部の追っかけだった男を改めて見つめた。


「―――それで?うちとやったことあんの?」


聞くと、


「いや、直接は、ない。でも―――」


右京は緑色のユニフォームを睨んだ。


「去年、一番イエローカードが多かった高校だ……」


◇◇◇◇◇


嫌な予感は的中した。


後半に入って赤目黒高校は、宮丘学園から実力で点が取れないとわかるや否や、目に見えて永月を執拗にマークし始めた。


「永月一人に一体何人ついてんだ……」


諏訪が呆れて背中を反らせると、前かがみに見ていた右京が、


「4人だ」

グラウンドを睨みながら言った。


「そんなに永月君ってすごいのー?」

前に座っていた加恵が振り返る。


「センターフォワードですからね」

清野が横から会話に混ざる。


「センターフォワードって?」


「チームの最前線でプレーする選手のことですよ。スペースへ抜けるのが得意な選手、ドリブルで切り込める選手なんかが選ばれることが多いですけど、まあ、永月君は後者でしょうね。相手が何人かかってこようが、そのたびにドリブルで切り込んでいくんで………ほら、抜けた」


清野が言う通り、フィールドの永月は対面した相手、一人一人を確実にドリブルで封じ込めていく。


「宮丘の強みは、センターフォワードの永月君と、ストライカーである今井君の二大柱。永月君がドリブルでボールをゴールまで持ってきて、ストライカーである今井君がシュートを決める」


「んで、その今井君はどこ?」


オペラグラスを覗き込んだ結城が言う。


「あの緑色の集団の真ん中にいるのが、それだよ」


右京は横目で、相手チームに囲まれている今井を見た。


「あそこまで露骨にマークされてたらパスも出しにくいだろうな……」


諏訪がため息をつく。


「……後半に入って、赤目黒高校のフォーメーションが変わった」


右京はグラウンドに視線を走らせながら言った。


「今までは4-4-2のディフェンス、ミッドフィルダー、フォワードがバランスよく配置されているフォーメンションだったが、今はフォワードの2人にプラスしてミッドフィルダーまで前面に出てる」


「つまり、何だよ?」


サッカーのルールに疎い諏訪は右京を覗き込んだ。


「相手チーム、永月を狙ってきてる」


「それはわかり切ったことだろ。フォワードを抑え込むのは」


諏訪が言うと、右京は眉間に皺を寄せて振り返った。


「抑えようとしてるんじゃなくて、潰そうとしてるんだ」


右京が言い放った瞬間、


ピイーーーーー!



グラウンドにファールを知らせるホイッスルが鳴り響き、永月が脚を抱えながら倒れこんだ。


「……永月!」


右京が立ち上がるのと、女子たちの悲鳴が上がるのは同時だった。


応援団も吹奏楽部も演奏を辞め、ただグラウンドを見下ろしている。


「ちょっと……あれ……」


前で呟いた加恵が言葉を無くす。


倒れこんだ永月の赤いサッカーソックスが、見る見るうちに黒く染まっていった。


「スパイクが刺さったんだ……」


右京が犬歯を剥いた。


「スパイクって刺さるものなのか?」


諏訪はみるみるうちに永月のソックスを染めていく血と、慌ただしく出てきた担架を担いだ医療班を交互に見ながら聞いた。


「……刺さるもんか。刺そうとしない限り」


右京は両手を広げ、審判に何か抗議している緑色のユニフォームを睨んだ。


よく見れば先ほど階段で諏訪にぶつかった男だ。


「―――あんの野郎……」


怪我しているはずの右手を思い切り握っている。


「右京―――」

「4人が……」

右京は諏訪の言葉を遮った。


「4人が、1人をマークすること自体はものすごく珍しいわけじゃない。もちろん執拗にはなりやすいし、4人から邪魔されたらもちろん足は縺れるし、パスも出しにくい。それでも―――」

右京はグラウンドを睨み落とした。


「スパイクが刺さるなんて、ボールを追いかけているときに起こるわけない…!あいつらは、ボールじゃなくて、永月を追いかけて足を出してたんだ……!」


何かを必死にアピールしている相手選手の努力もむなしく、審判はイエローカードを掲げた。


「イエローか。甘いな……」

諏訪が眉を顰める。


「普通ならフリーキックですけど…」

清野はまだ倒れ、両腕で顔を覆っている永月を見下ろした。


「出来るのかな……永月くん……」

結城も眉間に皺を寄せながら、持っていた一眼レフでカシャリと写真を撮った。


「――――!」


右京は立ち上がった。


「あ、右京……?」


ぐんぐんと椅子から椅子を飛び乗って、前方に進む。

吹奏楽部の脇をすり抜け、応援団の前に立つと、フェンスに上がり、金網に指を突っ込んだ。



「永月ー!!」


倒れて動かなかった永月が、右京の声にゆっくりと腕を避ける。


「今まで一緒に戦ってきた仲間を信じろ!」


「…………?」


永月が肘をつき、上体を起こす。


「今まで、お前に必死についてきた後輩を、信じろ!」


永月は真っ直ぐにこちらを見上げている。


「ずっと……ずっとお前を、お前のチームを見てきた俺はわかる!宮丘学園の守備は最強だ!」


永月と、心配して集まってきたチームのメンバーが右京を見上げる。


「それは、お前が一人、センターフォワードで攻めてこられたからだ!だから守備練習の時間が多く、鉄壁の守りを身につけられたんだ!」


言いながら右京は片足をフェンスに掛けた。


「フリーキック決めて1点取れ!!そうしたらお前は休んでいい!あとはその1点を他の部員が守ってくれる!」


「…………」


永月は右京から視線を外し、チームメイトを振り返った。


皆、永月を見つめている。


「永月」


その中心で、ずっと同期でやってきたストライカーの今井が微笑んでいた。


「死んでも決めろよ……!」


「――――」


「そうしたら会長が言う通り、その1点は俺たちが死んでも守る……!」


永月は彼を見つめると、力なく笑った。


「――なんだ、死んでもって」


「永月……?」


「ここで死ぬわけには行かないんだよ。高校サッカーなんてただの踏み台なの、俺は。プロになるんだから」


「……………」


「だから…………優勝一択なんだよ。こんなとこ!!」


永月は立ち上がり今井に笑顔を返すと、すでにフリーキックに向けて壁を作り始めている相手チームを睨んだ。



ボールの前に立ち、スーッと息を吸い込む。



「………随分ふざけたプレーしてくれたな……」


独り言のように呟く。


「お返しに、こっちもふざけたフリーキックをお見舞いしてやるよ……!」



◇◇◇◇◇


「永月の利き足は?」


いつの間にか隣に立った諏訪もフェンスを掴む。


「右足」


「じゃあ、怪我した方じゃないか。あの足で大丈夫なのか?」

びっこを引きながらボールの前に歩いていく永月を見ていると、


「出血だけで筋までいってなければ動くだろ」

右京はこともなげにそう言った。


「でも相当痛そうだぞ?」


「ああ」

その口がふっと笑う。


「確かに痛そうだな……?」


「………?」



フリーキック開始のホイッスルが鳴り響いた。


永月は軽く助走を付けながらボールに向かっていく。


その顔が苦痛に歪む。


―――やっぱりあの足じゃ……。


諏訪が顔をしかめたところで、右京が口を開いた。


「蹴る足じゃないんだよ、諏訪。シュートの時に重要なのは……」


「は?」


「軸足だ」


永月が、ボールの真横に軸足をつく。


指で踏ん張りながら右足を振り上げる。


壁とキーパーが永月とボールの延長線上に固まる。


―――ダメだ。動きが遅くて、軌道が読まれている。やはり痛みのせいか……?


しかし―――。


「―――!」


遠くからでもなぜかわかった。


永月の口が………笑った。



そのまま力一杯蹴り上げるかと思いきや、彼は右足の親指の付け根でボールを擦り上げるように蹴り上げた。


「―――え?」


永月が振り上げた延長線上から大きく軌道を外したボールが飛んでいく。


―――すごい……。


動きを遅くしたのはわざとか。

わざと相手に軌道を読ませ、そこから外してボールを蹴った。


でもーーー


ボールが高く上がる。


軌道を外したのはよかったが、このままではゴールも超えてしまう。


諏訪は願うような気持でボールを目で追った。


「…………は?」


と、青空に向かってアーチを描いていたボールの軌道が、壁を越えたところで引き戻されるように下に向いた。


キーパーが慌てたときにはもう遅かった。

ボールは真っ直ぐゴールに落ちてきた。


「なんだよ…あれ……」


諏訪が呟く。


「……縦回転を加えた、ドライブシュートだ!」


右京が笑うのと、永月の放ったシュートがゴールネットを擦ったのは同時だった。



ーーーーーー宮丘学園の生徒が一斉に立ち上がる。


ーーー選手たちが駆け寄り、両手を握った永月を抱き上げる。


ーーーーーー吹奏楽部が「ウィー・ウィル・ロック・ユー」を奏で始める。


ーーー拍手喝采のなか、今井たちの手によって高々と持ち上げられた永月は、右京の方を見て、にこやかに人差し指を立てた。



フェンス越しに右京も笑い、親指を立てる。


「……俺、あいつのサッカー大好きだ……!」


永月に笑顔を送りながら、右京は叫んだ。


「俺、やっぱり、ここに来てよかった!あいつを、追いかけてきてよかった!!」



諏訪はフェンスに足をかけながら、目に涙を溜めて振り返る親友を見つめた。


その笑顔は、2日前、日が翳る生徒会室で、自分に向けたそれと同じだった。



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