知成の家は、ずいぶんと山の近くにあり、仕事用として借りているアパアトとは距離がある為、管理が行き届かず、廃屋の様な見た目をしている。だが、先程、部屋を掃除してきたから、中身は綺麗になっているはずだ。しかし、名家のお嬢さんにとって、ここでの生活は厳しいものかもしれない。そう思い、力強く握ったままの彼女の顔を覗き込んでみると、あろうことか目をキラキラ輝かせていた。これには知成も驚きだった。
「……あの、大丈夫? 結構汚くて申し訳ないんだけど……」
ブンブンと首を横に振る。変わった人だなと思い、家に入ると、彼女はちょこんと立ったまま家に入ろうとしなかった。
「どうしたんです。ほら、汚いけれど、入ってもらっても構わないよ」
知成の言葉が入室の許可だととらえたのか、彼女は丁寧なお辞儀をした後、玄関に入った。訝しげに思った。いいところのお嬢さんがわざわざ古くさい家に向かってお辞儀をするだろうか。もっと文句を言ってもらっても構わなかったのに……。
「そこまで広いわけではないから、すぐに覚えられると思うけど……あ、君の部屋はここね、君の部屋だから、好きに使ってもらっても構わないからね。」
京佳は目をキラキラ輝かせて、ブンブンと首を縦に振る。廃屋の様な家に喜ぶだなんて、なんて変なお嬢さんだと思った。だけれど、嫌な顔をされるよりは幾分と楽だった。
「ここが居間だよ。台所も風呂場も近いから、好きな時に使うといいよ」
彼女の声が聞こえないから、今どんなふうに何を思っているかはわからないけど、嫌な気はしなかった。
君の部屋だと言った部屋以外の個人の一人の時間を尊重する空間はなく、他はすべて人と共有する部屋しかないことに、彼女は気がついただろうか。
(妻を家に残し、自分は家に帰らないのだと言っているようなものではないか……)
「京佳さん、すみません、俺は仕事の都合で家を空けてしまいますが、……よろしいですか?」
こくり。彼女は静かに笑って頷いた。どうしてそんな笑顔でいれるのだ、と知成は急激に申し訳ない気持ちが湧き上がる。なんだか自分が悪漢になった気分だった。
「……だけど、もし気に入らないことがあれば、なんでも私に言ってくださいね。君は僕の妻なんだから。」
京佳の目は、さらに輝いた。そして嬉しそうに、幸せを噛み締めるような笑顔で、知成の手を握った。その喜び方があまりにも切なくて、知成はこの家に京佳を置いていくことを強く申し訳なく思った。だけれど、元はと言えば、ここの二人の関係に愛おしい愛なんてものはない。ただ互いの利益のため、そう互いの利益のために結婚したのだ。だから、深く考えなくてもいい。浅くていい。一方通行の思いが一番、苦しいのだから。
だけれど、今夜だけ、今夜だけは、京佳と一緒に眠ってみよう、なんてことを思ったりもした。
コメント
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絶対京佳ちゃんまともな部屋に住まわせてもらえなかった的なやつじゃ〜ん!!!!知成!!!幸せにしろよ! ? てか、京佳ちゃんって小動物か?って思うくらいに可愛いな? そして羊右様がまだプロじゃないことに一生驚いてる… そして京佳ちゃんはとっても可愛い。京佳ちゃんの保護団体でも作ろうかな…