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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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一話完結となっております。続編はありません。


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19世紀頃、俺達グレートブリテンは大英帝国いうなで世界に君臨していた。とは言っても、北アイルランドもスコットもウェールズも以前と大きく変わった事なんてなくて、今まで通りのらりくらりとシェアハウスでゆったりとして過ごしていた。

そんな中、イングランドだけが変わってしまった。いや、俺達が変わらなかったという方が正しいのかもしれない。どれだけ歪でも不仲でも血の繋がりがなくても、俺達は兄弟だったというのに、俺達は「大英帝国」という重すぎる荷物を、イングランドだけに背負わせてしまった―――

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「なぁ…最近のイギリスあいつ、どうしたんだよ」


寂しそうに眉を下げながら、ぽそりと呟いたのは隣国のフランスだった。

人の事を言えたたちでは無いが、普段これでもかというほど煩いフランスにしては、随分としょぼくれていた。


「なに、何かあったの?」

「最近のあいつ、なんか人が変わったみたいじゃん」

「ああ…」


なるほど、とフランスの表情の訳が理解出来た。


「俺は今まで通りに接してるのに、あいつずっとイライラしてるって言うかさ、人を見下してる感じの態度とってくるから」

「へー、フランスにもそうなんだ」

「…俺にもって?」

「俺も前、それに似た態度とられたんだよね」

「は?お前にも?あいつが?」

「そ、今までと同じようにイングランドーって呼んだら、なんて返されたと思う?『イングランドなんて名前で呼ぶな、俺は…ブリタニアだ』って言われた 」


近頃のイングランドは、何処か可笑しかった。誰対しても高圧的な態度で、ずっと俺達の事を睨み付けるような目で見てくる。

イングランドは、ずっと俺達に怯えていて、俺達の前では控え目なやつだった。なのに最近は俺達にもそんな態度をとるようになったし、口悪く罵ったりもしてくるようになった。

兄弟の中で一番怯えていたスコットにもそんな態度を出すようになったんだから、驚かない訳は無かった。

でも、イングランドがこうなった理由は何となく分かっていた。

俺達グレートブリテンは、つい最近「大英帝国」という名で世界に君臨した。その翌日辺りには、イングランドはブリタニアになっていた。

最初は世界へ大英帝国の威厳を見せるために、演技が得意なイングランドなりの魅せ方だと思っていた。でも、何時まで経っても前と同じようなイングランドを見られなくて、それどころかどんどんイングランドは俺達から遠ざかって行って、気が付けば目さえ合わせてくれなくなった所で、ようやく本気でイングランドという存在でなくなる気だと言うのが理解出来た。

最近のあいつは、ずっと苦しそうだった。やりたくもない役を無理にやっている様に見えて仕方がなかった。


「ほんと、単純だよね」


世界の醜さも、汚さも、苦しさも知り尽くしている筈なのに、純粋すぎる瞳が故に苦しむ道を進み続けてしまう。でも、俺達はそんなイングランドをどうすることも出来なかった。

最近のイングランドは、声を掛けても「話しかけるな」とだけ言って海を、他国を、世界を手に入れるための戦いに出ていってしまう。

最後にイングランドの顔をはっきりと見たのはいつ頃か、もう覚えていない―――

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「いーくん、血の匂いがするよ。また喧嘩してきたの?」


数ヶ月に一回という少ない単位で、イングランドはシェアハウスにやってくる。とは言っても、これといった会話をするわけでも、食事をする訳でもない。簡単な休息をとるためだけに帰ってきている。

でも、シェアハウスに帰ってくるイングランドの顔は来る度やつれていて、身体も痩せて、身体中から血の匂いがする。その姿は、まるで世界の覇権を握る国の実体化とは思えない程弱々しい。


「…何度言わせるんだよ、その呼び方を辞めろ。不愉快だ」


かっと睨み付ける、俺達と同じフォレストグリーンの瞳の奥は揺らいでいて、その更に奥には苦痛で泣いている子供の姿が見えた気がした。


「俺は、家でぐうたら過ごしてるような体たらくなお前らとは違う、それに、もう少しで七つの海がに入るんだ、ここで止まる訳には行かない。もう少し…少しで、名実共に世界一になれるんだよ、だから俺に干渉するな!」


優しく掴んでいた腕が、乱雑に振り払われた。


「いーくんは特段世界一を求めてないでしょ?なんでそんなに必死になるの?」

「国民が求めるものが、俺達の求めるものだ!だから、俺は強さを求めなきゃならない!」


イングランドはこれといって世界の覇権などに興味を持っていない。平和に過ごせるなら、それが一番いいと思っているような、存外内向的な奴だ。

それでも、グレートブリテンの代表として生きていて、国民に強さを求められている以上、イングランドはそれに応えなきゃ行けない。

被りたくもない王冠を被り続けなくてはいけないんだ。


「兎に角、俺に命令するな!大英帝国はグレートブリテンお前らじゃない、このブリタニアだ」


ああ、その通りだ。俺達はお前の言う通り、何もしていない。したとしても、少し戦略を立てたりしただけ。争いに行くのも、功績を報告しに行くのも、捕虜役も、全てが全てイングランドが行ってきたし、きっとこれからも行う。今の 俺たちはきっと、大英帝国と名乗っていい立場に居ない。

イングランドの言ってることは、ごもっともなんだ。

それだけ吐き捨てて、イングランドは自室へ戻って行った。

でもねイングランド、俺は知っているよ。お前が部屋に籠った後、ご飯も、トイレも、風呂もすっぽ抜かして何をしているか。

自分を偽り続けなくてはいけないストレスに、本当は怖いと認識している相手に高圧的な態度を取らなくてはいけない恐怖に、” 友達を作りたい “という笑えてしまう夢を、本当に求めていたものを諦めて国民の求めるものを追いかけなくてはいけない事にすすり泣いている事に。

争いでついた傷に、捕虜として捕まった時の傷に、失敗の罰としてつけられた傷に悶え、呻いていることも。「早く終わりたい」と嘆いていることも。全部知ってるよ。

きっと今のお前に、休息の地という所は無いんだろう。唯一ゆったりと出来る場所のはずだったここも、今のお前には窮屈な鳥籠何だろう。

本来兄が背負うべきものを、しっかり者だから、代表だから、我慢強いからと、全てを背負わされたお前を、可哀想という目で見てしまう俺達は一体何故兄として生まれてきたんだろうか。こんな事になるならいっそ、立場を逆にして生まれていた方が良かったに決まっている。

そうだったら、今頃、こんな複雑な気持ちを抱くこともなかったのに―――

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「大英帝国万歳!」


高らかに上げられる歓声に、多くの者が喜びの笑みと拍手を送っていた。

今日この日、グレートブリテンは七つの海を制覇し、名実ともに世界の覇権を握ることができた。

多くの国民が、貴族達が、女王陛下が喜びに浸っている中、イングランドの表情だけがずっと暗かった。

皆々に祝福されている時も、感謝されている時も、女王陛下に感謝の印として王冠を授与された時も、一度たりとも笑みを見せることは無かった。それどころか、制覇したという実感が湧き上がる度アイツの顔は暗くなって、俺達に向ける背は弱く、そして寂しくなった。

やはり、イングランドは世界の覇権というものに然程興味が無かったんだ。ただ言われるがままに殺して、奪って、侵略してを繰り返した。

そして七つの海を制覇した。それはつまり、正真正銘、イングランドの本当の夢と求めていた物がその手に収まることが無くなった合図だ。だから、イングランドはずっと暗い表情をしている。自分の本当の願いを諦めて、周りの望む、純粋な強さだけを求めた先にあった結果は、ただの絶望でしか無かった。

祝福の鐘がなる。イングランドの夢は、言うまでもなく終わりを告げた。

でも、人間はそんなのお構い無しだし、そもそもお前の本当の願いを知らないから、これからも強さを求め続ける。きっと、お前はその鬱陶し過ぎる期待に応える為に、その漂う血の匂いをより濃くするんだろう。

お前はいつまで眠るつもり?イングランド―――。

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そしてどれだけかの月日が経った頃、大英帝国は終わりを告げた。世界の覇権はグレートブリテンの手から消えたのだ。

貴族達が終わりを告げている間、イングランドは心ここに在らずといった風に、ずっと遠くを眺めていた。ただ俺には、その瞳が喜びに浸っているように見えた。 立ちたくもない、自分を偽ってまで立ち続けた舞台ステージからようやく降りられる事へ、もうこれ以上血の匂いを漂わせなくていい事への喜びに、全身が浸かっているようだった。

終わりを告げた次の日からおおよそ1週間程度の間、イングランドは眠り続けた。1度も目覚めること無く、眠り続けていた。あまりにも眠り続けるものだから、時折死んでいるんじゃないのか?と不安になる事もあったが、ドアに耳を当てれば、規則的な寝息が聞こえてきてほっと安心する自分がいた。

でも、目覚めたイングランドがどうなるのか、俺には想像が出来なかった。夢を諦め、求めてきたものを諦め、周りとの友好関係を諦め、そしてその代償に得た地位も失ったイングランドが何をするのかを、分かることが出来なかった。

フランスやスペインからはさらに嫌悪されたろう。独立して言った弟とも顔を合わせられなかろう。親友には申し訳なさで言葉を交せなかろう。そんなお前は、一体何をする。それとも、このまま永遠の時間眠り続けるのか。

俺は別にイングランドが眠り続けたってどうでもいいさ。ただ、イングランドの淹れる紅茶は悪くないから、それを淹れる為だけに起きたって構わないさ。俺が誰に嫌われようが、誰と顔を合わせられなかろうが、どれだけの罪悪感に駆られようが、どうだっていい。俺とお前は所詮不仲な兄弟でしかないんだ。

そう強がっていたのに、2週間ほど経った頃、イングランドは目を覚ました。その事実を知ったのは、1階のリビングにイングランドを顔を出した時だ。その目は虚ろで、光がなかった。


「…申し訳、ありません」


その言葉はきっと、「俺が悪いから、今までの恨みとして殴っても構いませんよ」という言葉の略だったんだと思う。俺達に怯えて、俺達を立てて、律儀に振る舞うイングランドらしい行動だった。

でも、果たして俺達に今のイングランドに手を出す資格があるだろうか。国民の、貴族の、女王陛下の言葉に従い続けて、前に進み続けてたイングランドとは真逆で、進み続けるその背中を目で追いかけるだけで、震える手を、涙を貯める瞳を、痛む体を支えも、寄り添いも、取りもしなかった俺達にその資格がある筈は無かった。

寧ろ、殴られる立場にいたと思う。俺がイングランドの立場だったら、何も言わずに一発ぶん殴っていると思う。でも、イングランドは違う。こいつは、上下関係や兄弟間での兄と弟の関係を重く見ているから、それをしないし出来ない。

せっかく舞台ステージから降りられたというのに、まだ階段上にいるこいつを、俺はどうしたら降ろせるのかを知っている。 ブリタニアという名前で呼んでいた間は取れなかったその手を取ってやればいい。そしたらお前は、その手を引かれるがまま階段を降りられる。


「よかったじゃん、やりたくもない役を降りられて、俺はいーくんらしいいーくんが見れて嬉しいよ」


偉そうな大英帝国でも、強がりなブリタニアでもない。酷く疲れるその役が終わったお前は、前までの臆病なイングランドに戻ったんだ。


「手当してあげるから座りな?どうせ雑な手当しかしてないでしょ?血の匂いがする」


もう、振るいたくも無い剣を、構えたくもない鉄砲を持つ必要は無い。そんな舞台装置も舞台装飾も、もう必要ない。舞台で傷をつける必要も無い。


「今だけは、好きに泣いていいよ」


お帰り、イングランド。



英国様の心は此処に―――

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈END

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コメント

5

ユーザー

大英帝国単純に好きだったのが深く好きになりましたぁぁぁぁ!!まじ無名さんの小説やばすぎて全部読みました☆ありがとうございまぁぁぁす!!

ユーザー

好きだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!最高です!!!! ウェールズ視点なのがまた良いですね…超仲いいとかブラコンとかそういうのじゃない不仲だけど、心配しているような関係性が大好きです!!! 1話の満足感じゃない…短編の力量を超えている…天才ですね…

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