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「おまたせしましたー!」
元気に挨拶して現れたアカネは、昨日までの学校の制服姿とは打って変わり、白い半袖シャツにデニムのショートパンツという、いかにも若い女の子といった姿だった。
こんな若い可愛らしい子と待ち合わせだなんて何とも言えない気分になりつつ、俺はアカネに「おはよう」と返事する。
「今日はもう、はなっから学校に行く気ないんだな」
「へ?」
アカネはきょとんとした表情で口にして、それからアハハッと大きく笑うと、
「今日は土曜日ですよ? 学校は休みじゃないですか!」
「あ、あぁ、そうかそうか。すまん、どうも最近、曜日の感覚がなくなっちゃっててさ」
実際、体調を崩してからというもの、間違えて休みの日に出社してしまったことも何度かあった。そうでなくとも社会人になって微妙に休みが不定期になってしまったこともあって、余計に曜日の感覚が薄くなっていた。
「渋谷さんは? スーツ着てるってことは、今日はお仕事ですか?」
「……うん、まぁ、一応。お前が何とかしてくれるって言ってくれたから、期待してな」
「お! 期待してくれてたんですか、嬉しいです!」
ニッと笑うアカネは年相応の幼さと、そして元気な明るい子って感じが眩しいくらいに溢れ出していた。
自分がアカネと同じくらいの年のとき、果たして俺にもこれだけの元気があっただろうか。
……たぶん、ないな。
もっと若いころにこんな子と出会っていれば、俺の人生も何か変わっていただろうか。
そんなことを考えていると、アカネは肩から下げていた小さなバッグに手を突っ込み、
「そんなに期待してもらえるなんて、頑張って作ってみた甲斐があるなぁ~!」
ほらどうそ、と手渡されたのは、小さな透明の、スプレー式の香水瓶だった。
中にはうっすらとピンク色がかった液体が入っており、どうやら噴きかけるタイプの代物らしい。
惚れ薬、なんていうから、てっきり飲ませるタイプなのかと思っていたのだけれど……
まぁ、変な薬を飲ませるなんてこと、できるはずもないよな、普通は。
「これを、噴きかければいいのか? ちゃんと効くんだろうな?」
「たぶん?」
あいまいなアカネの返答に、俺は思わず脱力しつつ、
「たぶんって、お前な――」
期待して損したか?
「あ、今、期待して損したとか思ってるでしょ?」
頬を膨らませるアカネに、俺は正直に頷いてやる。
「あたりまえだろ、何だよ、たぶん? って」
「仕方ないじゃないですか、私も数えるくらいしか作ったことないんですから。なんせ弟子なんで。それに、本来惚れ薬って、基本的には飲ませたり食べさせたりするものなんですよ。そっちの方が効果も期待できるらしいです」
「やっぱりそうなのか。って言うか、そんなん犯罪じゃないか?」
「まあ、異物混入だからそうなるのかなぁ? よくわかんないですけど」
「魔法使いって、そんな怪しいもの売ってるのか」
「魔法使いってだけで十分怪しいですから」
「……自分で言うのか」
「だって、どう考えたって怪しいじゃないですか。魔女なんて」
「いやまぁ、そりゃそうだけど……これを、あの女に噴きかけてやれば良いのか?」
するとアカネは首を小さく横に振る。
「その女の人に噴きかけるんじゃなくて、渋谷さんが自分の身体に噴きかけるんですよ、香水みたいに。っていうか香水です、これ。惚れ薬入りの」
「自分に? でも、それってつまり、あの女以外にも効果が及んだりするんじゃないのか?」
「及びますね。匂いの続く限りですけど、モテモテになります。男女問わず」
「男女問わずって、お前……」
「だって、他人に変な薬を飲ませたり、わけわかんないモノ噴きかけるわけにもいかないじゃないですか。それこそ犯罪ですよ」
真帆さんならやりかねないけど、とアカネは付け足すように小さく口にしたのを、俺はあえてスルーしてやりながら、
「まぁ、いいか。わかった。ありがとう、とりあえず試してみるよ」
「効き目はだいたい二、三時間くらいだと思います。なので、その都度身体に噴きなおしてくださいね」
「うん、了解」
「それじゃぁ、お仕事、頑張ってくださいね! いってらっしゃい!」
にっこりと笑顔を浮かべて手を振ってくれる可愛らしいその姿に、
「あぁ、いってきます!」
思わず俺も、手を振り返してしまったのだった。