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父親との激しい近接練習を終わらせて、昼ごはんを食べた俺はぐっすりと2時間のお昼寝を取った。
前世だと昼寝なんて、昼ごはんを食べ過ぎたときくらいしかしてなかったんだが、この身体だと体力がないからかお昼寝は必須だ。
ちなみに、昼寝をしようと布団に入ると時々ヒナまで一緒に入ってくる。可愛い。
こうして昼寝を終えて、完全にすっきりした頭で母親に呼び出されたのはリビングだった。リビング、と言っても和室にテレビといまどき珍しいちゃぶ台が置いてあって、ご飯を食べるときに使うのだ。
「イツキ。そこに座って」
「はい!」
「あい!」
ちなみに俺の隣にはヒナが座った。
ヒナは治癒魔法の練習には関係ないのだがヒナは魔法の練習を見るのが好きなのだ。なので、俺の隣に座って治癒魔法の練習を見るんだろう。可愛い妹である。
そんなヒナの様子に微笑みながら、母親は口を開いた。
「今からイツキには『治癒魔法』を教えるんだけど……実は、治癒魔法には2つの方法があるの」
「2つ?」
どういうことだ?
俺は自分でも気づかぬ内に顔に『?』を浮かべていたのだろう。
母親は苦笑いしながら教えてくれた。
「えぇっとね、1つ目は『導糸シルベイト』を使って『形質変化』を行う方法。これはすっごく難しいけど、魔力の消費が少なくて訓練すれば誰でも使えるから『治癒魔法』を使う祓魔師はこっちでやる人が多いかな」
「もう1つは?」
「たくさんの魔力を怪我している人に流し込んで『共鳴』させるの。それで、怪我が治っちゃうのよ」
「……え? なんで??」
俺はさらに疑念が深まって、より大きな『?』を浮かべた。
1つ目の方法は、すぐにでも理解できた。
つまり、魔法は何でも再現できるんだから『形質変化』で怪我した部分の筋肉とか皮膚を繋いでやって、折れた骨をコーティングしてやるということだ。魔法を使った外科手術と言ってもいいかも知れない。
それは理解できる。
だが、問題は2つ目の方だ。
なんで、魔力を流し込んで『共鳴』させれば怪我が治療されるんだ。
全く理屈が分からん……。
「あのね、『魔力』は『生命力』なの。イツキは知ってた?」
「せいめいりょく」
「うーんとね。生きるために必要な力、かな。人は『魔力』があるから、生きていけるの」
「え、じゃあ魔力が無くなったら死んじゃうの!?」
魔力と生命力が同じなんだから、そうなるだろう。
俺は思わずびっくりして、ちょっと大きな声を出してしまった。
いや、俺は『第七階位』だから魔力切れなんて無縁の生活だ。
でももし魔力切れが死に繋がるんであれば普通の祓魔師たちは魔力管理が死活問題になるんじゃないのか。
そんなことを思ったのだが、母親は静かに首を横に振った。
「ううん。魔力が切れたからって死ぬことはないの。その前に気絶して魔法が使えなくなるから。でもね、イツキが言ってることも半分正解。死にそうな人はね、魔力がとっても少ないんだよ」
「……だから、分けてあげればいいの?」
「その通り。減っていた魔力が満たされれば、溢れた魔力が身体を治してくれるのよ。でも、ただ魔力を分けてあげるんじゃなくて、『共鳴』させてあげないといけないの。そうしないと、その人の魔力にならないから」
分かったような、分からんような。
俺は思わず渋い表情を浮かべてしまう。
それを見た母親は、俺が半分も理解できていないと思ったのだろう。
すっと手を差し出した。
「口であれこれ言うよりも見たほうが早いでしょ。イツキは『真眼』を持ってるんだから、よく見ててね」
「うん」
母親はそういうと、取り出したカッターで浅く指の腹を斬った。
「母さん!?」
「大丈夫。ちょっと斬っただけだから。それに、これくらいならご飯作ってたら怪我することもあるし」
そういって母親は軽く笑うと、俺に赤い血が流れ出す指の腹を見るように視線で促した。俺はそれに誘われるように、母親の指先を見る。
すると次の瞬間、指の腹から『導糸シルベイト』が出てきて、まるで手術で縫合ほうごうする時のように傷口を覆おおうと、怪我を塞いでしまった。
そして指の腹に溶け込むようにして『導糸シルベイト』が溶け込むと、完治。
「……治っちゃった」
俺はその過程を見ながら、思わずぽつりと漏らす。
その魔法には、説明を聞くのに飽きて俺の服を引っ張って遊んでいたヒナも思わず注視していた。
これまで母親から何度か『治癒魔法』を受けてきたが、その過程をちゃんと見るのは初めてだったので、思わず息を漏らす。それと同時に、俺は『治癒魔法』の明らかな難易度の高さを感じ取った。
「これはね、怪我を治す時に指の皮膚だけじゃなくて、血管も一緒に塞ふさいでるの。これが誰・に・で・も・で・き・る・『治癒魔法』。でも、使うためにはたくさん勉強しなきゃいけない。イツキは勉強できるかな?」
母親の説明に、俺は思わずこくりと頷いた。
いや、そりゃそうだ。これは確かに勉強しなきゃいけないわ。
だってやっていることが、自分で自分の身体を治療している医療なのだ。身体のどこに何があって、怪我したときにどこが失われて、どこを治さないといけないかを診みなきゃいけない。
……これ、今まで一番難しいんじゃない?
俺がこれまでの魔法練習で一番苦労したのは『絲術シジュツ』の練習だが、ここに来てその最難関が更新された感じがする。
だが、俺は何より早く『治癒魔法』が使いたいのだ。
1つ目の方法は確かに使えないかも知れないけど、2つ目の方法だったらどうだろう?
『第七階位』の魔力を持っている俺なら、『共鳴』さえさせることができれば他人の怪我を治すことができるんじゃないか。
分からないことは聞くに限るので、俺は母親に尋ねた。
「ねぇ、母さん。1つ聞いてもいい?」
「どうしたの?」
「たくさん魔力を持ってる僕なら、1つ目の方法より2つ目の方法がいいんじゃないの?」
「うーん。それはそうかも?」
首をかしげながら、納得した表情を浮かべる母親。
けれど、彼女は笑いながら続けた。
「でも、お母さん。2つ目のやり方で『治癒魔法』使ったこと無いからやり方わかんないなー」
「そうなの?」
「だってお母さんは『第一階位』だもの。誰かにあげちゃったら魔力切れで倒れちゃう」
……あ、そうだったんだ。
母親の階位なんて5年間生きてきて初めて知った。
それにしても『共鳴』か。
ヒナを助けるときに父親が同じようなことを言っていた気がするけど……もしかして、魔法って『形質変化』と『属性変化』だけじゃないのか?
なんかこう……もっと奥深いものがありそうだ。
それが相伝とかに関係してたりすんのかね?
「じゃあ、母さんは1つ目の方法を教えてくれるの?」
「そうよ。だから、今日は身体の勉強からしようね」
そういって母親がちゃぶ台の下から取り出したのは数々の図鑑たち。
それも人間の身体に絞ったものばかりである。
うわっ、懐かしい!
前世でもちょっとだけ読んでたぞ!!
「まずはこの『からだのひみつ』から読もうね。ヒナも一緒に」
「ゆ!」
ヒナはそういって母親のひざの上に座った。
そして、母親がページをめくるのに合わせて読み始めた。
当然、俺も母親と一緒に図鑑を見る。
こ、これが特訓か
地味な特訓が始まったなぁ……!